第十二話
「殺せなくとも」

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 祝賀会などという現世の苦行のあった冬も終わり、春も間近となった今日この頃。そろそろ花見でも陽光が計画していそうで不安だったりする。
 話が逸れたが、このころになると例年各国ではある行事が盛んにおこなわれるようになる。それは昔、とはいっても大体今から十九年ほど前に滅んだ国の、大規模な戦争の割に意外ときれいに残った首都を使用して開催される、各国の軍の質を図るための一つの指標となっている武芸者全員にとっての聖典。
 またあのひどい戦争を忘れないという意味で一応平和の式典であるらしいが、ならなぜあんな戦争のあとが刻まれたところで行うのだろうというのが私の中にある疑問だ。
 そんな世界規模の式典――「星天双極祭」の一部門である武芸祭の参加資格を獲得するための大会がある。
 もちろん、各国で行われる大会で優勝してもその星天双極祭に出場しなくてもいい。それでも別に各国の大会で優勝しただけの名誉と賞金が出てくるのだから。ただ、星天双極祭のほうが賞金の桁が三つほど違い、当然のごとく星天双極祭のほうが危険である。
 この時期に行われる大会でなくとも主だった大会の優勝者には参加資格が与えられることにはなっている。しかし星天双極祭の参加者には定員が定められており、上限に近くなると参加資格が発行されなくなる。
 故に確実に星天双極祭に参加したいのなら今行われる武芸会に参加したほうがよい。
「ここまでは理解したか?」
「もうすぐしたら祭りがあるんだね!」
「少し違うが、まあそれでいいか。とりあえず今のところは問題ない。で、今回お前を呼んだ理由なんだが」
 レーヴェ国の大会ではなく、星天双極祭のほうを指し棒で指し、目の前にいる陽光をにらむ。この条件を他の人に言ったら全員が全員激怒するんだろうなぁ。
「こっちで二勝して生きて帰って来い。それがお前に与える半人前認定の条件だ」
「うわ、簡t――「ちなみに、二勝するまでの死亡率は暗殺を含めると八割を超える。その前にここの大会でも例年三割の人が死んでいっているか、もしくは二度と戦闘ができなくなっている」――ん…………? ねぇ、死亡率八割超えって何さ? ねぇ!?」
「もちろんこれは敗者の確立。何、全ての戦いで勝ち続ければいい。それだけのことだ」
「ちょっとォォォオオオッ!? それに加えて僕はこっちでも優勝しなきゃならないんでしょ!? それって可能なの!?」
「安心しろ。こちらは今回でなくとも資格を与えてくれるかもしれない大会で優勝すればいいだけだ。だから機会はある。とはいっても数度程度だが」
「ほ、良かった……」
「まあどちらにせよ、時間があればの話だ」
「リィヒィトォォォ!?」
 まあ不可能じゃないと思う。やり方によってはきっとできる。可能性が低いが。
「しかも半人前って、一人前じゃないの?」
今更ながらの突っ込みだ。まあいいか。
「どこから一人前なのか、それは自分で決めろ。別のだれか、ましてや全てにおいて一流に慣れても超一流にはなれない俺が決めることじゃない」
「むにゅ……ぶー」
 いや、頬を膨らまして怒られてもただ単にかわいいだけでしかないのだが。それにお前、もう14歳だろうが。巷では花も恥じらう乙女と言われる年齢なんだから少しは年相応の振る舞いをしてくれ。
「ところで、リヒトはそれに出るの?」
「それとは……レーヴェ国の武芸祭か? それともこちら?」
「この国の方」
「いや、出場しない。何しろ俺はすでに星天双極祭の出場枠を持っているからな。出る意味がないんだ。賞金も、はした金だし、名誉は腐ってほしいほどある。いっそ腐れ」
「そういうのは君ぐらいだよ。本当に金や名誉には無頓着だよね〜」
「ム、最低限度は固執しているぞ。だがそれ以上を望んでいないだけだ」
「どっちも似たようなものだよ。それにしてもよかった。もしもリヒトが出場すると優勝する確率がなくなるから、あんまり出てほしくないんだよね」
「…………」
 酒を飲ませたら私が勝てる確率が著しく低くなっていることをちゃんと忘れているようだ。
 説明も終わったので手近にある山となっている書類の一枚を引き寄せ、内容を読んでからサインをする。
 思うのだが、この国は領土の割にまともに働く文官の数、質ともに低くないだろうか? 庶民も通える学校ができたのが世界初と言ってもほんの数年前の話だから仕方がないかもしれないが、知識層の歪んだ傲慢さがまた問題となっているのだろう。これだから脳脂どもは! 貴族どもはぁあ!!
「言っておくが、俺はお前が思うほど強くはない。だからと言って弱いというわけじゃないんだが。まあそれでも最強や、才能のある奴らの力量とはほど遠いな」
「え? そうかなぁ? だってこの前だって魔力なしの素手で鉄を切っていたよね?」
「あれは技術。それに魔力とは別系統の力を使っていたから割と楽に切れた。人によっては力を使わずに切るやつもいるが……」
 私はそんな器用なこと出来ないから。
「お前でも習えば使えると思うぞ? 技術というものは一概にそうであることを当然とした、概念みたいなものなんだから。むしろ才能を持てる分、俺よりもうまく使えるんじゃないのか?」
「無理だよ! 無理無理! 時間が足りないって!!」
 使いこなせれば柳の枝でも鉄を切れそうになりそうで教えるに教えられないという本音がある。そうはいっても一度見たのだからいつかは使いこなすようになるだろう。それはそれで困る。
 アレ、斬鉄閃と名打たれた技は連発するとまともな斬り合いにならないから。私は、私なら切り合いに持ち込めるだろうが、他には、そうだな、近衛刃之助、狂衛門、東風谷春花、藤原にも誰か一人ぐらいか。斬れない物は、あんまりない。事実的な意味で。
「その言葉を聞く限り、時間さえあればできると取れるのだが?」
「え? だってリヒトはそうなんでしょ?」
「そうなんですけどねー」
 髪の数以上に三途の川を九割渡る真似して身に付かないのは問題です。おかげで三途の川の渡し守とは将棋仲間になっていたのをよく覚えている。
 あの戦闘狂にしか見えない師匠のもとで生きるためにはどうしても強くなる必要があった。だから強くなった。それだけ。人間という生き物、特に生存欲が最も強い者は死が迫ると極端に強くなる。私は、死が迫っても才能がなかったからそんなことはなかったが。
 それに、あんまりにも修行が厳しい勝ったために同門の師である近衛家の者、東風谷、藤原とは本当に、どうやったらあの師匠を殺せるかという一途な目標のもとに莫逆の友になれたよ。
 てか、師匠、人に剣の才能がないとわかったなら拷問をやめませんか? 地味に死にそうで怖いんですが。
 全く、頼んできたから苦労して受け渡した刀を錆びさせた後輩には憂鬱という言葉を刻まれそうになったよ。

 
 
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