第十二話
「殺せなくとも」

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 足元に無造作に置かれている木箱を蹴り開ける。
 中に入っているのは青白く色づいた水晶。それも一つ二つという数ではなく、たくさん。大きさもそれなりにあるのが二箱も。まあこのぐらいあれば足りるだろう。そんな見当をつけて、いまさら品を確認する。
 中に入っているのは全て月光石と言われる水晶だ。それも自然界で生産された一級品。すべてを確認するにはどうにも時間がないので適当に五個ほど手に取ってみてみる。この質なら、価値はある。
 こういう時のために金をためているのだが、どうして人は私に無駄な時に無駄な金を使わせようと日夜悪戦苦闘するのだろうか。その気心を一度確認してみたい。
「夜は……陰だっけ? 満月なんだから太陰で、陰陽を敷いて八極を書いて……五行は……廻らないから、あー、ケルトは月の加護があるからヤドリギに……」
 夜と言えば魔を思い浮かべる。その他に月や沈静、冷気という検索ワードに引っ掛かって記録を探る。無駄に多すぎてすべてやりきるのは不可能だから適当にピックアップして使用する。技術によってはこの地ではできない。必要な触媒がないとか、力が及ばない。加護が消滅しているなど、人ではどうしようもない事柄のせいで出来ない記録もたくさんある。
「――――では」
 可能な限り推奨に閉じ込められている月の魔力を使用するために準備に三十分ほどかかってしまったがまあいい。魔法がなければこんなもの一週間近くかかるところだった。
 特にヤドリギ。物言わずヤドリギ。他は血で代用が効いたりするのだが、この地に属さず天を目指す地に属すはずの木だけはどうしてもそれじゃないとだめだったんだ。まあ運よく近場に自生してくれていたからよかったが。なかったら、すっぱり諦める。
「はじめるか」
 水晶を全て麻袋に移し、その麻袋を金槌で叩いていく。元より内部崩壊によって砕けた水晶は脆く、少し高い所から落とすだけで軽く割れるほどだ。故に槌で叩けば、砕けるのが道理。槌を振る。水晶が砕ける。狙いを定める。槌を振る。この動作を水晶が完全に砕け、砂になるまで続ける。
 その間に少し月光石の説明をしようか。月光石とは自然界にできた水晶が偶々光を集積するカッティングで出来てしまい、その後、地殻変動でそれに光が当たるようにして存在するようになった。その水晶に月の光が力となって集まるのだが、当然日の光も力となって集積する。しかしながら二つの力は反発しあい、ごく近い距離で別々に分離して蓄積される。で、その反発力が限界に到達したとき、水晶は内部から破砕する。このとき力はきれいに別々に分かれ、月光石と日光石になるというわけだ。
「――お、月光石……お前、よくそんな勿体ないこと出来るな」
「時間がないから、仕方がないと割り切ったんだ。金のほうは問題ないから、心の問題だったよ」
「あっそ。まあオレには関係のないことだから別にどうでもいいけどな。てかお前そろそろ寝ろ」
「そうしたいのは山々だが、不思議と眠くないんだ。おかしいだろ。これは間違いなくあれだ。覚醒剤やりすぎた」
 覚醒剤とは麻薬のことではない。あんな麻薬は決してやらない。それではなくて、意識覚醒剤。いろいろと後遺症が問題視されている研究者と技術者にはどうしても離せない対徹夜用決戦兵器のこと。
 服用すると眠気と疲れが一時的に吹き飛ぶ。だが、その根本は感じなくさせているだけであるため、効果が切れるとどっと疲れと眠気が来て、ひどい時には切れると同時に死んだように眠る。当然これは無茶をしているため、服用しすぎると――――死にます。何をばかな。
「お前、本当にそのうち死ぬぞ」
「終わりは始まった瞬間に約束されている。その事象を回避しようなんて言うことは愚の骨頂にすぎないんだよ」
「きれいに言っているけど、お前の場合は死を恐れないというよりも生き急いでいるんだよ。そんなに焦ったところでいい成果は得られないんだぜ?」
「わかっている。わかっているが、"俺"たちの夢を叶える機会は"今"なんだ。この時のために俺は存在する。夢を叶えるために"俺"たちは存在した。ただ一つの夢、それをあきらめるのはどうしてもできないんだよ」
「ああ、オレも無理にあきらめろとは言ってねえ。ただ休めと言っているんだよ。本当に、何があるのかわからない世の中なんだ。少しは念のためをしておいたほうがいい」
「すまないな。それすらも、できないんだ。まあ安心するといい。俺は"まだ"死なない。まだ死ねない」
「いったい何の根拠があってそんなこと言えるんだよ?」
「ふむ……今まで一度足りとも20歳以前に死んだことがないからだな。それでも平均して25歳に死んでいるのだから早死にだろうか?」
「だからお前おかしいだろ。もしもお前の言う通り、お前が20歳以前に死んだことがないとして、それはつまりお前は20歳以降に死んだことがあるということになる。だけどそうなるとお前は、死んでいることになるだろうが」
「あー、まあこれは経験則だからな。少しわかりにくいか」
「詳しい説明を要求する」
「了解。考えるな、感じるな、わかるな。意味ないから」
「把握した。まずは手前を殴る――――!」
 おとなしく殴られるふりしてうまく多重魔力障壁のクッションで受け止める。小手先技において私に勝る人はいない。人生経験が違うのだから。私が経験したわけじゃないが。
「はっはっは、青い青い」
「てめえのほうが若いくせして何を言う!?」
「いやー、意外にこう見えても俺は年寄りだぞ。こう、濃密な人生を送っていたからなぁ。知っているか? 人生は関数で表した密度の曲線と時間軸との面積で表すことができるそうだぞ」
「だからわかるように言えってーの!!」
 小難しい話になりすぎたか? そんなことはどうでもいいからまずその手に持っている酒をよこせ。話はすべてそれからしようじゃないか。
「てめ、マジで死にやがれ」
「先ほどの言い分とは打って変わっての主張だな」
「はぁ…………どうしてこうもオレのところにはわけありの変人ばかりが来るんだろ?」
「それはあんたがまともなものを一つたりとも作らないからだろうが。異質は異端を呼ぶんだ」
「まともなもの、ねぇ……作る価値がないから作りたくねぇ」
「人はそれを自業自得という」
 日の出前から琥珀色の液体をのどに流し込む。
「大衆が作れるものよりも自分にしか作れない物を作るほうが気持ちいいし、何より楽しいだろうが」
「お前もやりすぎているんだから人のこと言えないだろう?」
「全くもってそうだから言い返せねぇよ。畜生」
 異質は異端を招き、異常は異才に繋がり、異形は異心を孕む。類は友を呼びて群と成す。まあそういうことだ。特にアルスメギストスではこれが顕著にみられる。


 
 
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