第十二話
「殺せなくとも」

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 武芸祭、まあ一種の祭りであるそれは祭りであるが故に城下は賑やかになる。だが他の式典祭事とは異なり、国が行う騎士の式典であるため古に置き忘れた幼き頃の夢を再び思い出す騎士が続出。普段なら確実に紛れ込んでいる塵屑が入ってきにくくなっている。いつもこうなら私は嬉しいのに。
「ようこそ諸君。本日はこの蒼天祭事前説明会に集まっていただき、ありがとう。これより諸君らには予選をし、本選出場資格を取り合ってもらおう――――」
 練兵場近くにある大ホールの壇上に立った私ことエッジ特別執務官が目の前にひしめく肉達磨どもに言う。時に陽光は来ているのだろうな? 何も伝えていないし、今日姿を見ていないから何とも言えないんだが。来なかったら予選ですら出場できない事態になるぞ。
「――――と、本来なら言いたいところだったのだが、非常にめんどうなことに今年は例年の約二倍近い人が集まってしまった。これでは予選を行うのに差し支えてしまう恐れがある」
 今回の強制集合は一応町の各所にある掲示板やギルドの掲示板に張り出しておいた。見ていなかったら来ないだろう。そういう奴は自己責任で片を付ける。己の足を使って情報収集をするのは生きる上で至極まっとうなことなのだから。
「そのため、今年は予選にも参加資格の条件を設けることにした。これは私個人の独断による決定だ」
「ちょ! てめえふざけてんじゃねえぞ! なんで俺たちがそんな面倒なことをしなくちゃならねえんだ!?」
「そうだそうだ!」
「いやなら帰れ。止めはしない。別に貴様らが何を言おうがこの決定は変わらないし、変えもしないんだ。だから文句があるなら――――他国の武芸祭に出場すればいい。間に合えば、の話だが」
 可能性は無きにしも非ず。だが可能性の確立の全体量を億とみるとせいぜい683。かなり難しい部類に入る。
「ふむ、退場する人もいないことだ。話を続けさせてもらおう。では参加資格争奪戦の説明を始める。まず期限なのだが、今日から三日後の明朝十時まで。遅刻は一切認めない。来なかった場合、遅刻した場合は容赦なく失格だ。
 次にその時諸君らに持ってきてもらわなければならないものを。今持っているだろう受験票。そして受験票の裏に出ている何かの二点。書かれているものは人によって違うが、運も力ということで納得してもらいたい。力無き者から死ぬ。それがこの世の法則なのだから、潔く納得しろ」
 実はこれにはさらに裏ルールみたいなものがある。というより抜け穴。ただ意図的に定めなかった卑怯技が。観察眼と記憶、思考力がある人か、もしくはひねくれた悪ならきっとわかってくれる。ヒントを言うなら、ここに入る時参加するかどうかを聞かれ、"はい"と答えて受験票を適当に取っただけである、ということだ。
「それでは三日後の明朝十時にまた会おう」
 ちなみに陽光に意図的に出したのは最高難度である飛竜の卵の奪取。そうはいっても旅人の中で任務を依頼する、受託するうえでの一つの指標となっているレベルで35なら可能と言われるぐらいだ。
 ちなみにレベルの上限は100。設定はされているが、そこに至った人はいないとされる。
 ここで注意するところは竜ではなく飛竜であるということ。この差は火縄銃とアサルトライフルぐらいに違う。少なくとも人と戦うことにはならないからまああいつにとっては些事にもならないだろう。そのぐらいになるまでは鍛えたつもりだ。
「…………うん、気にしない」
 飛竜は見通しの良い岩山、それも標高700mぐらいに巣を作る。それは外敵の接近をいち早く近づくためと自分の巨体さを戦闘時に不利にさせないためと言われている。それが事実であるかどうかは分からない。
 そして彼らの卵が孵るのは確か春先、つまり今頃のため、相当に運が良くないと見つかることはなく、また卵がかえっているところの飛竜は洒落にならないほど好戦的、むしろ子供を守るために近付く者には容赦なく牙をむく。それも決死の思いで。
 そのため普通にやらないようなことだ。まあ彼女なら、運の面において問題ない、だろう。


 ああいや待てよ。内容は簡単だが実行に移すのが非常に難しいのがいくつかあったな。
 一つはファティオという獣の子供を一匹狩って来いというもの。ファティオという生物は兎みたいなもので攻撃力が皆無の食肉生物。ただ、その幼獣を殺すことがとてもじゃないができない。なぜならそれは逃げることもせず、無意味に懐く究極の愛玩動物。完成形と言っても問題ないほどかわいい。それはもう、美的感覚が絶望的に壊れているか、そもそも心がないととてもじゃないが戸惑いを感じずに殺すことができないほど。魔物ですら例外はない。だから、やりにくい。
 ただ、成獣になるとそれがなくなって途方もなく逃げ脚がはやくなるから不思議だ。とりあえず、窮極の萌えは最高の防御となるということをあいつらは体現しているわけだ。
 え? 私? 何故一々食い物にそんな面倒な感情を抱かなければならないんだ?
「エッジ様」
「ん?」
「あの試練はどのような基準で決めたのですか?」
「あー……十分の一ぐらいしか残らないようにと祈りをこめて」
「……あなた、鬼でしょう? 人の皮をかぶった悪魔でしょう?」
「いや、悪魔の皮を被る人のつもりだが」
 現実に対して優しさはありません。世界が、周りが裏切り続けているのだから当然だ。
「さて、今年は何名死ぬだろうな?」
「死ぬこと前提なんて間違っていますよ」
「人はすべて死ぬことを前提に生きているのさ。だから間違っていない」
「はぁ、どうしてこんな人が私たちの上にいるんだろう……?」
 それは私としても不思議でたまらない。是が人とも私より優れた為政者を私の前に連れてきてくれ。そうすれば楽ができるから。
「なら探すための休暇をください」
「アレが完全に終わったら常識の範囲内でいくらでもくれてやる」
「……ちょっと他所を絞めに行きませんか?」
「いいなそれ。それじゃまずはリストを作るか」
「仕返しは十倍で足ります?」
「いやそこは私たちの気が晴れるまでだろう。常識」
「ですね。まずは王あたりから始めますか」
「…………だな」
 私の部署(急造した)は結構結束力がある時がある。同じ苦労をしているからな。

 
 
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