第十二話
「殺せなくとも」

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 蒼技祭・武芸の部の予選参加資格を勝ち取れた参加者のいる場所にまで行く。休暇を勝ち取るのは後でもできる。というより後のほうがじっくりできるので今は後回しにしている。
「長ったらしい前置きはなしにして、これから諸君らには直ちに予選を行ってもらう」
「ふざけんな! 少しは休ませろ!」
「何だ? 疲れているぐらいという理由で戦いを放棄でいると思っているのか? 現実はいつどこで何がどう起こるのか分からないというのに、貴様らいい御身分だな。甘ったれたことぬかすな、ガキが」
 何をいまさらといった感じだ。私だって常に戦場に行く気構えを心の一部で持っているというのに。本当に二、三度死地に送り込んだほうがよいのかもしれない。
「別に疲れた程度で勝利できないという弱音を吐く臆病者だと自己宣告するのならどうぞ。怪我する前に帰ってくれたほうがこちらの医療班としても仕事が減るので非常にありがたいから止めはしない。ただ無条件で失格にするだけだ」
 というより帰れ。休ませろ。という考えが私の思考の大半を占めている。そんなことはおくびに出さず、表情から徹底的に排しているのは長きに渡って培った経験のおかげだ。
 それにしても先ほど露店で買ったメープル味のベルギーワッフルのようなものというより正にそれがサクサクもふもふしていておいしい。こうなるとコーヒーがほしくなるのだが、ちょっと部下に使いを頼むか。もちろん駄賃は出すのだが……仕事が忙しいと言って買いにいきそうにないな。仕方がない。諦めよう。ちなみに外では現在ミス・コンテストをしているためここにいる男性に多くが殺気立っている。どうでもいいから暑苦しい。失格にするから出て行ってくれ。
「どうした? 行かないのか?」
 うわ、ものの見事に全員のこっているよ。そのくせして嫌な視線は一層強まっている。
「…………チィ」
 あまりの嫌さについつい聞かせるように舌打ちをしてしまう私は何も悪くないはず。何にせよ私たちの仕事を無意味に増やしているのはこいつら犯罪予備軍および予定者ついでに犯罪者なのだから。というか、ここで心やさしく百人ぐらい帰ってくれたら万歳三唱で終え……れない。
 この祭典の経費は八割方武芸祭のメインイベントである武芸者による戦闘の賭け金と会場入場料にかかっている。だからその八割を潰すような真似をしたら経費をこちらで負担しなければならないのだが、額がばかばかしくてやっていられない。だが、だからと言って残ってくれてありがとうという気にはまったくもってならず、矛盾した思考が私の思考をまた駆け巡ることになった。
「いまさらだけどお前らに諸注意。平穏無事に人間として生きて帰りたければ犯罪起こすなばかども。最悪ああなるぞ」
 なんだか向こうのほうで呻いている有機生命体を指し示す。最も重い罪を犯した者を拷問官に連れてきてもらった。うむ、ちょうど良い刺激にはなっただろう。
「別に参加者同士なら止めない。闇討ちも毒殺も勝つための手段として選択できるからな。汚名を被るだけの覚悟があるのなら止めもしない。
 だが、無関係の一般人に手を出すというのなら話は別だ。私たちは犯罪者に対し全力をもって潰しにかかろう。それを覚悟したのならば、よろしい。戦争だ。一方的な戦争を始めようじゃないか。正義は我にありなどという幻想は並べない。しかし、されど罪科は汝らにある」
「――調子扱いて逝っちゃってないで話を進めてください!」
「ハッハッハ、ぬるいぬるい」
 後ろから来たハリセンを軽やかによける。そんな攻撃は風の流れとにおいで普通にわかる。攻撃してきた部下である女官は非常に悔しそうに顔をゆがませている。ふむ、もうそんな時間なのか。それでは仕方がない。
「予選はよろしく。私は受け付けの厄介潰しに行ってくる」
「頼みました」
 どうせいるだろう締め切り時間内に受け付けに来れなかった存在その他もろもろをストレスのはけ口として利用させてもらおう。いない場合はそれはそれで仕事が減っているのでよし。後で休暇を勝ち取るための証拠集めにいそしむだけだ。
「いえ、ですからすでに予選が始まっていますので今からの参加は無理なのですよ」
「たかが五分の遅刻ぐらい大目に見ろ! てめえらだってよく時間に遅れているじゃねえか!」
 はい、どうやらストレス発散用消費物品がいくつか、お得価格で店頭に並べられているようです。とりあえず全部買いという方向でいいか。その前に一つ訂正。五分の遅刻じゃなくて正確には二十分の遅刻な。
「こちとら命がけで魔物を狩ってきたんだ! 少しは大目に見やがれ!」
 そういった男の手にあるのは一角狼(ヒトツノオオカミ)。魔物ではなく正確には魔獣なのだが。魔法使えないからちゃんと戦えば分かるはずなのに。こいつは本当に無知だ。そんなのではすぐに死ぬ。というよりもう死刑宣告済みだ。なぜなら一角狼の幼獣を殺したのだから。自殺志願者にもほどがある。
 彼らは単独では怖くないが、群れるとやけに連携が取れていて熟練の戦士でも手ごわい。特に幼獣を殺すと決して落とすことのできない匂いが体に付着するようで、その者には一切の容赦なく四六時中つけまわす上、50km先でも風下ならわかってしまい、いくらでも増えていく。その数は何と集団ではなく種族となり、さすがの悪魔種でも可能な限り、もしくは途方もない馬鹿でない限り幼獣には手を出さない。
 また彼らの走行速度は時速300kmオーバー。殺すか殺されるかするまで大概逃げられないということを訓練場で習ったはずだ。まあ今はもう遅く、ご愁傷さまと心の中で嘲笑うことしかできない。
「貴様では話にならない。あのいけすかない責任者を呼べ」
「エッジさまは多忙なのでこんな些事に駆けつけるわけありませんよ!!」
 いいえ違います。こんな事など相手にしないのです。具体的に言いますと――

――バチィ!!
――――バリバリバリバリ!!

「――ギィアァァァアアア!!?」
 一瞬で背後をとって側頭部に裏拳をたたきこむと同時に、"装雷"を付加して意識を強制的に終了させる。そして――
「塵はちゃんと分別して捨てるんだぞ」
「イ、イエスサー!」
 すなわち相手にしない。文句を言われる前にご退場させる。これが最も的確で最もたやすいクレーマーもどきに対する対処法だ。
 あんな奴らと話していたって何の進歩にもならないうえ、ただの時間の無駄とマイナス面以外の価値が存在しない。故にこちらの何の情報ももたらさないはた迷惑な存在に対し、私はいつだって彼らにとってはた迷惑な行動をとっている。因果応報、これなんと素晴らしきお言葉なるか。
「ああ、ちゃんと失格処理しろよ」
「はい。というかそれもう終わっています」
「OK、後は塵掃除か」
 問題解決まで約二秒。時間は大切だ。
「すまないな。こんな奴が試験をまじめにやるなんて考えていなかったんだ。いや、考えていても知らないふりをしていた。恨んでくれてもかまわない。責任は俺にある」
 とりあえず、この狼の墓を作ってから話を始めよう。


 
 
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