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第十二話
「殺せなくとも」
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東の空が赤く染まる。どうやら日の出が近くなってきたようだ。
砕いて砂となった月光石を敷き詰めた箱に蓋をする。その中には緋色金で作られた剣も入っている。あとはその箱を日のあたらない場所に保管するだけだ。もちろん炉の近くでもいけない。
「まあどれだけ文句を言ったところで、満足しているなら問題ないのでは?」
「だから嫌なんだよ。ちったぁ文句あるようにしろ」
「人にとって満足できてしまう生活は敵だったんだな。だが、その辺はほら、お前のことだろ? 俺がどうこうすることじゃないんだよ」
大昔に一度、それで失敗した。どうしても最善を尽くそうとして、尽してしまったために失敗した。それでも私は懲りることを知らないだろう。いつかは、自重したいと願っている。
「だけど満足できないともっとを望んでしまうからな……人は本当に訳のわからない生物だよ」
「全くだ。満足できるならそれでいい、笑って行けるならそれがいい。幸せを感じれるなら、と考えていたんだが……どうしてだろうなぁ……」
「あ? 何かあったのか?」
「いや何。昔の話さ。最善を尽くしたが故に失敗した愚者のことだよ」
「……お前にも色々とあったんだな」
「それなりにな」
昔のことで私にはまったく関係も実感もないことだが、いくらでも経験した事ならある。思い返すと幾千という出会いがあり、それと同じ数だけの別れがあり、悲しみが、喜びが、怒りが、憎しみが、あった。
たとえどんなにきれいな別れであっても後に残るのは涙で、別れを悲しむ心で、どれだけ枯れ荒んだ心でもそれはしっかりと刻まれている。本当に、よく私は潰れない。人の一生では決して経験できないこと以上を経験しているというのに、本当にそれに耐えられている。それはきっと、原初の夢があるからなのだろうか。まあ気にしても仕方がないか。
「それにしても、これきつくないか? 朝から飲むには問題があるだろ」
「いいんだよ別に。今日は仕事ない日だから、朝から飲まずして何しろと?」
「休日、か……」
懐かしい響きだ。役所仕事には定休日なんてない代わりに不定休となっている。それでも私のところはどういうわけか不定休すらない。時々別の部署から回ってきた仕事を送り返さないと本当に眠れる日なんてないのかもしれない。
「さて、俺はそろそろヤツラを起こしてくるよ」
「おー。頼む」
使った机の上はすでに片づけている。弓のほうもしっかりと保管している。部品も放置していないし、作りかけのものもない。今日は朝早くから眠ることになるだろうが、まあいいだろう。
「…………」
武器を鍛えるにあたって、工房に住み込みで修業している弟子たちの寮、そこの一室を私たちは利用させてもらっている。私の場合は来てからほとんど徹夜で行動していたために全くと言っていいほど利用していない。利用することがない。せいぜい、まともに利用しているのは一階にある食堂ぐらいだろうか?
「起きない奴が悪い……」
暗示のように廊下に突っ立ったままつぶやく。この階全体に防音壁を張り巡らせて、さらにアーク(修繕済)を取り出し、構える。
魔力の充填なんて持った瞬間に完了している。あとは魔法を選択し、規模を解析し、近頃軽く感じるようになった引き金を引くだけ。それだけできっと終わるのだから。
ではもう一度。
――定刻に起きない奴が悪い。
「 Bad morning, everyone!!
」
己にも耳栓をかけて引き金を引くと、辺り一帯に鳴り響く轟音。それも黒板を爪でひっかいたような、そんな不協和音を奏でる。音響兵器は意外と強い。一応抑えてはいるが、今もどこかでのたうちまわる大勢の音がする。うむ、良くは無いな。
「ふむ……反射的に防音結界を張ったのか……」
目の前で布団にくるまって寝ている存在が一匹。無駄に条件反射を叩き込んだために先ほどの高音波攻撃をしのぎ切ったようだ。仕方がないのでアークに弾丸を込める。
「いいから起きろ」
ゴム弾なので殺傷能力はないのだが、それでも痛いのは世界の物理法則のため。というより、死ねない分殺すよりも酷なのではと私は考えている。だがどういうわけか社会では人殺しは大罪となっており、それは避けて通るべきものと認知されている。
長き時は思いに重みを増させ、大衆の願いはやがて法になる。そのため、前世では殺人は最もしてはならない禁忌となっている。
こちらの世界では、まあできるなら避けなければならないが、前世ほど厳しく取り締まっていることはない。というよりむしろ日本が異常。あそこまで人殺しを忌避する社会というのも珍しいのではないだろうか? 何せ殺されない限り正当防衛で殺すことを認められないのだから。
「――――いだひ……」
それでも、この世界ならゴム弾ですらいたいで済ませれるような人種が極めて稀に存在する。その一部例外的存在の内容として、一つに私みたいな、生きる上でどうしても敵意や殺意に敏感になり、半径30m以内に誰か入ってこられると浅い眠りになってしまうような傭兵みたいな人種。これはまだ比較的まともであるといえよう。
それに比べて、目の前で当たったところを抑えて少しもぞもぞしている存在はどうだろうか。条件反射での防御をさせないようにたたきこんだ銃弾にすら何の対処もなしで痛いで済ませたこの生物は。とりあえず、起こしておく。
「さっさと起きて飯を作れ」
「うにゅ? もう朝なのぉ?」
「何だ? 昨晩何かあったのか?」
「うんとね……みんなとカードゲームしてた」
皆というのは住み込みで修業している人たちのことだろう。その人たちにはご愁傷さまと言うしかない。ゲームであってもこいつの運はありとあらゆるイカサマを超越してくれるから。
「それは自業自得だ。ほら、着替え」
「うん、ありがと」
ほかにここでやることは何もないな。
「あ、そうだ。朝食で何かリクエストある?」
「俺は胃にやさしいもの。他の連中はいつもどおりじゃないのか?」
「おっけー、じゃあ別々に作ればいいんだね」
「面倒なことを……」
本当に炊事においては敵なしだからここのお袋に嫁に下さいと土下座されたよ。実話です。どうして私に言うのか理解できないという突っ込み所をはらんでいるよな。
それ以前に……ああ、この世界では割かし同性結婚は認められているのか。
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