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10月3日、ルージュの邸にて礼儀作法というものを一通り教え込ませた日のことだ。その日の夕方、彼は唐突に私に部屋に来て、文句を言った。言っていた内容はこれだったと思う。
「リヒト、祭りへ行こう!」
「ハ? なんでまた急にそんなことを?」
「いやあ、近頃のトレーニングでストレスがたまり気味なんだよね。だから僕の心労を癒しに祭りへ行かないかなぁて、ダメ?」
「いや、別に行くのは別にかまわないが、どうして俺が行かなければならない? それにお前は昨日も行ったのだろう?」
「まあ、それはそうなんだけどね。やっぱり一人で行くよりもみんなで行ったほうが楽しいでしょ」
その後もかなりの駄々をこねられ、仕事の邪魔をされ続けられたためこれ以上仕事や読書の邪魔をさせられると何かに八つ当たりせざるを得なくなるので、仕方なく共にその祭りに行くことにした。
そういうわけで仕事服から普段着に着替え、エッジの姿からいつもの姿に戻る。
「よーし、いこう!」
「…………」
彼に連れられて城の門の前ある噴水の前に来たのだが、そこには他にも人がいた。
「どうしてあなたまでもがここにいるのですか!?」
「それはこいつに聞いてくれ」
どういうわけかここにはルージュ、エリュシオン、ドゥアン、それとどういうわけかケルファラルがいる。
一応突っ込んでおくが、ケルファラルは保護者になりえない人材である。今すぐ帰すか木に縛りつけるかはたまた茹でるかすることをお勧めする。
「みんなで回ったほうが楽しいでしょ」
「……というわけだ。俺もこんなことしていないでやることをやっていたかったさ」
「またつまらないこと言う〜」
彼を殴りたい気持ちを抑えつつ、私はそれを放っておいた。とりあえずケルファラルにしか見えないように魔力で強化した拳をつくる。脅しておいて妙なところに行かないようにするためだ。
ついでに変な者に手を出した場合の結果を見せておいた。その瞬間に彼は青くなって向こうの方で膝を抱えて丸くなった。その行為は非常に不快だったので意識的な方で消去しておく。
「せっかくの祭典が台無しですわ……」
「せっかくの休日が台無しだよ……」
ある日の御伽噺
「祭典な一日」
「まあまあそんなこと言わないで。少しぐらい良いでしょ?」
「むー」
帰れるものなら私も今すぐ帰りたい。
どこぞのバカな賊が問題を起こした処理と納税されているかの調査、不正を起こしている貴族がいないかの取り締まり、予算決議等々etc、etc。この時期の私たちの仕事量は半端ではない。
それこそ暇な彼らの手も借りたいほどだ。猫の手は常識的に借りれるわけがないので却下。借りたら紙が破けること請け合いだ。
「さ、行こうよ。時間がもったいない」
「仕方がないですね……リヒト、妙なことしないでくださいよ」
「迷子になるなよ。探すの面倒だから」
そうして私たちは祭りへと出かけた。
これまたどういうわけか代金はすべて私持ちである。ふざけるなと言ってもいいはず――なのだが、金が腐っているほどあるのもまた事実、反論することができない。
今回の私の懸念はケルファラルの癖や陽光の不確実性ではない。このガキ三人組のほうにある。少なくとも三回は迷子にならないと懲りないだろう。
深窓の令嬢どもであるため、こういう祭りに行ったことがないことぐらい事前に調べてある。ほぼ間違いなく空気に酔いしれてどこかに雲隠れするに違いない。神に誓うことはできないが、私が私に誓うことはできる。
「あ! アレは何ですの?」
「射的だね。こんなところにもあるんだ」
仕組みが全く違うが、そんなことよりもケルファラルはどこに消えたのだろうか。はて、そもそもあれから立ち直ったのだろうか。城門から出たときに一緒だった記憶がない。
とりあえず、気にしていてもきりがないことなので放っておくことにした。仮にも彼は教会の導師、不当に扱われることはないはずだ。それよりも出店で高いものばかり選んで行くこの四人組を殴ってもいいだろうか。
「やってみましょう!」
「うん、やろう」
陽光は射的の天才だ。そのあまりのすごさに見ている周りが驚愕するほどである。命中率はほぼ百パーセントだった。
なお、こちらでの射的というものは旧世界のものとは違う。細い杖に石がはまっており、その石には魔力が込められていて、杖に刻印された魔法が一定威力で一定回数使えるようになっている。もちろんその威力を変更することも可能だが、石に込められた以上の魔力を使うことはできない。
「あったれぇ!」
「どうして真後ろにいる俺に当たるのか因果関係を説明してくれ」
「リヒトは狙っていないよー」
彼は私に当てることに関して天才的だ。どういうわけかどこを狙っても私のところに跳弾して弾がくる。射程距離圏内にいるのなら確実にだ。特に今回は魔力弾ということもあり、射程圏内はかなり広い。もちろん当たると痛いので障壁を張って全弾防いでいる。
魔力弾はかなり早い故に制御することはかなり難しい。そのため故意ではないことぐらい分かっているのだが、それでもやはり腹立つ。
「丁度いいですね。リヒト、そこ(※屋台の内部)に立ってくださいませんか?」
「……エル、俺を殺したいのか?」
「そんなことは……ないです。きっと、たぶん、そう」
どうやらエリュシオンも陽光も私の命を仕留めたいようだ。この程度の魔力弾で私の障壁が破られることはない。破られる程やわないものを張れるわけがない。物理障壁と魔力障壁、精霊障壁に魔法障壁を重ねた構造である。これを本気でしたものは教会で張られている障壁並みに固い。
そんなものを破るには丁寧に何年もの歳月をかけて下準備した儀式魔法を使い、なおかつそれなりの代償を払わなければならない。それの弱体版とは言え、たかがあの程度の魔力弾で破られるわけがない。
ちなみに一回200クラン。それかけることの四人。さらにかけることの20回。後は計算してくれ。もちろんそれも私持ちであるところが嘆かわしいところだ。
「リヒト様もやりませんの?」
「……一度だけやるか……」
店の人に金を払って杖を受け取る。
さてここで質問。
一体いつ誰が魔力弾を制御することは不可能と言ったでしょうか?
少なくとも私は言っていない。難しいといったことはあるが、それは完全に陽光視点だ。
「――ああ、この店潰れたなー……」
「物騒なこと言わないでくれ」
店長が笑いながらそんなことを言ったのだが、もちろん私としてみては最初から潰す気である。彼らのせいでたまったストレスをここで発散するつもりだ。代償としてこの店がつぶれるかもしれないが気にしない。
「……喰らい尽くせ」
放った魔力弾を精霊に喰わして加工する。こうしたほうが操作しやすい。元の魔力自体が私の魔力ではないのだ。それが操作しやすいわけがない。
発想の転換。操作しにくいのなら操作しやすくすればよいだけ。故に精霊に喰らわせて違うものに変質させ、風属性の弾に加工した。それをすぐに終えた私は杖を降ろす。
風属性の弾は風を圧縮したものなので見えることができない。操作しているので私には感じることができる。だが他の人には何もなかったように見えるだろう。
「ちゃんと当てなさいよ!」
「今から始めるんだよ」
「――――え?」
陽光の言う通りだ。私の放った球はまだ死んでいない。その前に私はその弾を圧縮してさらに高純度の属性力の塊にした。そうすると緑色の発光が行われるようになった。
「行け」
「ひ、卑怯な!」
「テメエはこの行為を禁止していないだろうが」
こんなことをできるような人はたぶん私以外にはいない。この狭い範囲内でここまでの制御をおこなうとなると話が飛躍的に難しくなる。やれるものならやってみるといい。
秒速300m以上で飛行する直径50mm以下の物体を知覚することからできたなら可能性は微塵ぐらいにあるはずだ。
「あ……これ、固定してあるな」
絶対に倒れないように下の土台と接着し、倒れないようにしてあるのだが、私には問題ない。
「――噛み砕け」
属性弾を七つに分解する。それぞれを個々で操作する。狙いはあの接着している部分だ。あそこを集中的に狙って破壊する。分解したために一つ一つの威力は確かに弱くなったが、固さは変わっていない。あとは速度と回数の問題だ。
七つの属性弾は高速で回転しながらその部分を何度も何度も叩く。間髪入れずに叩き続ける。空中に残る緑の残光の線は重なり集い、そしていつしか面になっていく。
一秒間に1200回は叩いているので当然といえば当然だ。そして接着部分が脆くなってきたところで、七つを螺旋状に収束させて最後の的を弾き飛ばす。
「……潰れたね」
「――ああ……俺の、俺の店が……」
店長はもう放心状態であった。それは仕方がない。店にある景品のすべてのものを持っていかれても仕方がないのだから。
とはいっても、私が興味を持つものは全くない。少し興味引かれるものと言えばせいぜいあのきれいな緑色の宝石ぐらいだ。
「これだけでいい。他は荷物にしかならない」
「そ、それだけでいいのか?」
「言っただろう? 荷物になるだけだ、と」
「ありがとな! 兄さん」
「ただ、今後先のような不正をしようものなら――何が閉店するだろうな?」
「イ、イエス・サー!」
軍仕込みさながらの敬礼、ありがとう。
確実に私の肉体年齢はまだ14歳だ。このような中年男性に兄呼ばわりされるような年ではない。それはいつものこととして、そんなことよりもまず先にこの三人を止めなければならない。
「お前らの戦果ではないんだ。三つまでにしとけよ」
「うぅ、わかったよぉ」
彼女たちが好き勝手に景品をとろうとしていた。ドゥアンだけがそれをしようとしていない。彼は物に興味がないのだろう。私も同じようにほとんどない。
ただ彼とは違って一部を除いた全ての欲が全くない。絶望的に存在しない。存在させることができない。
「少しぐらい欲張ってもではないですか」
「…………お前なぁ」
「……何ですの? そのあきれ果てたような眼は?」
「こんなくだらないことで欲張るなよ。少しは節度をわきまえた行動しろ」
私には良くというものが全くなく、存在することを許された良くも欲張ることができないよくであるため、いまいち欲張るということが体感できない。理解はできるのだが、それで詰まっている。
「お前も、だ」
「いたぁ!」
ルージュの方にも拳を入れておく。そこまで強くは殴っていない。せいぜいこぶができる程度だろう。こういう時に身長が高いのは便利である。
ドゥアンの凄みのない睨みがなければ何の問題もないのだが、どうしようか。
「さあて、次行こうか」
「まだ行くのか……」
もうかれこれ二時間回り続けている。あの四人集も2、3回程度迷子になりそうであった。そのたびに私が縄で連れ戻しているのだが、本当にいい加減にしてほしい。
そして、私が菓子を売っているところで休んでいる時に本当になった人が二人いる。一人は陽光でまず確定できると思うのだが、もう一人はやはりエリュシオンだった。
どうせエリュシオンが陽光を誘ってどこかに行ったのだろう。仕方なくルージュとドゥアンにはさすがに家に帰るように脅し、あの土地勘全くなしの二人を探しに行くことにした。
こういう時にまずすべきことは情報収集だ。そのための今までの活動である。
「なあ、このあたりで銀色の長い髪をした女性とこんな髪形の茶色い髪をした人見なかったか?」
「ああ、向こうの方で見たよ」
「あいつら……ありがと、またな」
「あの人はお前さんの恋人かい?」
「いんや。手のかかるガキだよ」
そのおばさんに聞いた方向に行ってみる。その間にいる人にも情報を収集し、誤差修正を加えておいた。あのエリュシオンのことなので行くあては見当がついている。そちらの方に探査精霊を放っておいた。すぐに見つけてくれるだろう。
その間に私も好き勝手することにしよう。あの四人のせいで全く祭りが楽しめなかった。せいぜいストレスがたまったくらいのものである。
これからのことは探査精霊が彼らを見つけるまでできないのでただ待ち続ける。その間何もしないのも何なので、出店で適当に食べ物を狩って時計塔の上で食べて待った。
陽光がいるから感応が使える気もするはずだろうと思っていたのだが、今はどういうわけか感応がはっきりしていない。原因がかなり特殊で強力な結界の中にいるか、亜空間に閉じ込められているかなので、理由はおおよそ予想できている。
「さすがは生粋のトラブルメーカーか……」
近頃城下では風変わりなことがありすぎて少し向こう側に追いやってしまった。それにしても、近くにいても知ったことだが、これはかなり変わった祭りだ。
大通りに面した軒先には蛍石という淡く発光する宝石がつるされている。まるでそれはある者たちが迷わわずにあるところに行かせるための道標のようだ。
元々これはそういうことが目的の祭りだが、時代の変化によって今の収穫祭になった。それを考えるとあちらの方の可能性が高いとなる。面倒なことを起こさなくてはならないような気がするのは彼がそこに絡んでいるからに違いない。
「…………いた」
感応はこの空間この世界にしか適用されないが、探査精霊はそんなことは関係がない。この空間と――世界とどんなに小さな孔でも繋がっているのならその入り口から入っていくことができる。そして調べることができる。
そういうわけで亜空間にどういうわけか巻き込まれたあのバカ二人を殴りにその入り口へと向かった。ちなみにそこはある廃れた教会につながる道の途中である。
「……まあ、そうだろうな」
入口は人が入るには余りに小さい。私は人間なので精霊のようにどんな隙間でも入れるわけがない。
ではどうするか?
もちろんそんなことは決まっている。通れないというのなら通れるようにすればよいだけのことだ。無理やりという方法をとるのは致し方がない。
現在確立されている魔法で門を開けることははっきり言って私一人では難しい上に力の量が足りない。だが無理やり開けることは可能だ。ただし通り抜けるときにかなり危険がある。それは甘受しよう。
その手段はかなり単純だ。圧縮させた力を空間と空間の境の隙間に流し込んで爆発させる、それだけ。
他にはすることはない。少しでも亀裂が入れば勝手に壊れていくのでそんなにも力はいらない。
ほんの少しの力を効率的に使って空間に亀裂を入れるとットか何かで叩かれた無色のガラスのように見事に砕けた。先に広がるのはここと同じ道のようで全く違うところだ。
「…………」
それから装雷を第三段階まで開放し、たった一瞬で隙間を通り抜けることで危険を少なくした。
「――――ァツゥ!」
それでも少しは被害が負った。それでもすぐに治った。命を取られなかっただけでもまだましということにしよう。割と血を流したが、問題にはならない。
この行為をレイヴェリックの前で行ったら治癒ではなくもう再生の領域であると指摘された記録があるほど、強化した私の治癒能力は異常である。ただ、これの欠点は他人であると加減が難しいというところだ。
「……動かない? 俺がここにいるというのはあいつも分かっているはずだが……」
私も感応で感じているのだから彼も同じでないはずがない。この空間に入ってすぐにわかった厄介事の内容を完全に終わらすには彼の技量は足りなさすぎることも今までの鍛錬でわかるはずだ。
なのに彼が私のもとに来ないということはエリュシオンという足枷も共にいるのだろう。都合が良いといえばよいのだが、はっきり言って邪魔でしかない。足枷などの類の詰め合わせにしかならない。全く持ってそうだ。
どういうわけか私を否定していく上――いやそれだけなら大歓迎なのだが――陽光に付きまとうということが私に付きまとうということに直結していることに気付かない。頭足らずのおバカ姫様、アレで本当に大丈夫なのだろうか。
一度足りともそんな腑抜けになる教育を施した覚えはないのだが、歪んだ結果は仕方がない。今から補正していくか。
そういうことを考えつつ、大通りの方に向かう。ここは行ってみれば王都クローヴィアの鏡の一つ、部分部分を除けば全て王都の作りと同じなのだ。こういうところは世界のいたるところでみられる。
地味に王城の書庫も同じである。人工的か自然現象化で違いは確かにあるが、亜空間であるということには変わりがない。書庫の方で求められた効果は空間拡張と空間接続だ。ある一定の場所に空間の穴を維持し続け、接続させたままにするのが空間接続、空間拡張は文字通りのものだ。
これが自然現象の場合は時を選ぶので空間接続はない。そのあたりの違いが大きい。
「――うわ、バカらしい……」
この暗く歪んだ壁に囲まれた王都でまばゆい光を放つところは目立つ。その光は陽光が張っている障壁のせいだ。周りには黒い霧のようなものが形を持って張り付いている。
何か言っているような気もするのだが、如何せんここでは五感が遠くなる。あと加減するということが難しい。やはり空間が変わると世界が少々変質してしまうようだ。
「まあ、助けないといけないよなぁ」
祭りなので必要はないだろうとアークを置いてきたためにこの身一つで術を使っていかないといけない。特に相手の構成がアレなので、効かない攻撃と効く攻撃がはっきりしている。
とりあえず風の中級複合属性魔法"風火襲乱"を使う。この魔法には火属性も混ざっているが、風よりの力なので風属性扱いだ。
「――……吹け」
熱風のようなものではなく、風と火が螺旋して相手を飲み込んで斬り焼き殺すか窒息死させるというものだ。ただ相手は呼吸というものを必要としないので窒息死はあり得ない。
また風も効かないのだが、火を光の手前まで昇華させ、浄火にした。おかげで十分に効果はあるものとなっている。雷属性でも問題はないのだが、それを行うにはかなりの力が必要である。
「――オォオオォォオオオッ!!?」
「はへ、やっと来てくれた……」
浄火といっても"のようなもの"であるため、さすがにあれだけでは成仏しなかったようだ。それにしても、陽光は私に助けをあてにしていたようだ。少しは自分でやってほしいところだ。
「よ、バカ二人」
「リヒトー! 怖かったよー!」
「…………で」
結界を解かずに来ただけでも赤点の少し上をあげておこう。ただし後先考えずに私に飛びついて来たのは間違いなく減点だ。私はそんな彼にかかと落としを入れ、頭を地面にめり込ませておいた。
「お前らはどうしてここにいる?」
「き、気づいたらこちらに来ていたのです」
「ま、それだけしゃべれたら合格か……」
「リヒト、ここは――ここはいったいどこなのですか?」
やはり彼女の声はふるえていた。体も震えている。おまけに少し青い。これはかなりの時間ここにいたことを示している。
「ァァアア! コッコウ!!」
これは周りの黒い霧の叫び声だ。それなりの意味を持っているということはある一つの強い思いが中にあるということだ。
ちなみに、アレはいってしまえば怨霊というもので、行ってみれば何かの残留思念体の塊。だから魔法も物理攻撃も効かない。対処方法は何らかの方歩で鎮魂させて浄化するか、力技で消滅させるぐらいしか方法はない。基本的に。
やれやれといった感じで仕方なく私は彼女と目線を同じにした。陽光の方は、アレは本能でやっているから問題はない。日ごろの鍛錬で養った危機対処能力のおかげだ。
「リ、ヒト……?」
「全く、自分で悟れよ」
「ムゥ!? ムゥウウゥウゥゥ!!」
彼女の口の中に指を突っ込んだ。指の先は切ってあり、血が出ている。この空間内ではこうしないと彼女の魔力を操作できない。操作できないと彼女を生かすことはできない。
「――ケホ、ケホッ! な、何するのですか!?」
「魔力を微量だけ放出させているだけだ。そうしないと存在消滅するからな」
「存在消滅って、ここはどれだけまずい場所なのですか!?」
「あちら側に近いからな……あ、俺は少しゴミ掃除するからこれと共に結界を張っておいてくれ。
それに、どうやらアイツは俺に用があるようだ……」
「またあなたの客ですか!?」
「黙って結界を張れ……あと、迷惑かけるなクズ」
少しだけ脅し、さらに殴っておいた。こうしたほうが仕事をさせやすくなる。
黒い靄から浄火の劣化版が消え、形を取り戻していった。どういうわけかあのような死んでも死にきれないモノの集合体は核となっているものの形をとるという習性がある。つまり、あの霧が翼やら棘付きの尾やらを生やしている時点で元は人間ではないということだ。
「コッコウ!!」
すでに自覚症状すらないようだが、それは私を狙っているようだ。理由は私がそれを殺したからだ。殺した数が多すぎてどれかはわからないが、多分あの時の悪魔種だろう。
こういうことは非常に珍しいが、ないわけではない。退治方法は浄化するか消滅させるか堕とすか、今回は面倒なので消滅させよう。
「時間もないからさっさと済ますぞ」
左腕をポケットに入れたまま、右腕を横に延ばした。軽く広げた掌の前に今現在はどこでも使われていない文字が使われた魔法陣が複数発生し、それらの中心に真の無色の球が現れる。球の大きさはせいぜいテニスボールほどでしかない。
これをぶつけるということはできない。これはただの力の結晶体、攻撃にも使えるが、それでは望んだほどの効果がない。なにせこれはアレを理解できていないからだ。
理解しないものへの干渉は同じ理を有するものにしか干渉できない。霊などがこちらに干渉できるのも同じ理屈だ。彼らは私たちの理を知っているからこそ干渉できるが、我々があちらの理を知らないのであちらに干渉することができない。
というわけで、その無色の球体を握り潰す。なお、無色というのは透明色のことではなく、そこの空間が抱えているようになっているのだ。つまり何も見えない。故の無色だ。
「――発動
――刻威夢式――」
右手の部分までが侵食され、変質する。右腕の肘のあたりまでにに刻印に使われる文字が出現し、その文字から黒い炎のようなものが発生し、腕を包み込んで行く。
指全体が爪になっていく。まるで、そう悪魔のような腕だ。
軽く手を曲げ、左肩の上に持っていく。黒い霧がこちらに襲いかかってくる。普通ならこちらは相手の攻撃を防げず、攻撃することもできない。しかしこの式はそれを可能にする。
「オォオオ!」
殴りかかってくる。原型がないため射程距離は全く関係がない。それに関しては今の私の右腕も似たようなものだ。
「オオォオオオォォ!!?」
「――ハッ」
侵食された右腕で相手の腕をつかみ、握りつぶす。その部分にいた死霊を破壊したので切断された腕の再生は起こらない。そして私の目から血が流れる。
この式は異常な分対価がバカにならない。使っていると時間とともに自分を傷つけていくうえ、下手すれば最悪半径1000km内の空間を消滅させる恐れがある。どうしてこんなものを編み出したのか本当に謎な式だ。
ちなみに魔法ではない。
「オオォォオ!」
「喚くな死霊」
頭を抉り、腕を割き、翼をもぐ。普通ならこうなっても再生するのだが、この式の特性のせいでそのようなことは起きない。相手の攻撃を受け止めることもできない。今の私の右手は何にも触れることができないのだ。
「ほう……」
再生できないなら作りかえるのか。少しは頭が働くようだ。その死霊は再生をあきらめ、腕を剣にした。たぶんあれを構成している霊魂の中に剣を扱うものがいるのだろう。
本当に何でもありだ。そうなると完全に塵芥一つ、残留思念の一欠片に至るまで残さずに消し去るか、構成する霊魂の数だけ攻撃するかしないと消滅させることはできない。
顔の横を不快な風が通った。相手の斧が通ったからだ。ぎりぎりでかわしてその戦斧も消滅させる。私の後ろに攻撃を通すと彼らの被害が及ぶので避けるによけれないのだ。
「フ!」
死霊の腹を抉り、内部から破壊しようとした。しかし拡散して逃げられた。消滅できたのは百の死霊だろう。少しは大きさが小さくなっているが、今までであれだけとは空しい。
そして、その攻撃をするために一撃喰らったのは痛い。その攻撃の入った左腕のところはすぐに腐食していった。だから彼らと戦う時は守るものがない方が良いのだ。
後で陽光かケルファラルにでも浄化させようという悠長なことは考えられない。傷を負った部分を右手で触れ、破壊した。こうすることで再生が可能となる。
「シッ!」
実態のない右手を剣に変化させて相手を切り刻む。実態がないというのはある意味便利だが、自分の肉体を正確に思い出せないと二度と戻れない。しかし、疑似融合を完全に操れている私からしてみれば何の問題もない。
「オォォ!」
「フゥ……」
相手の袈裟斬りの攻撃をかろうじて受け止めた。その時に黒い粒子と無色の波動がまき散らされる。黒い粒子の一つ一つが死霊だ。この無色の波動は私が展開した防御壁のようなものだ。
もしあれの攻撃を受け止めなかったなら、それから繰り出される衝撃がいともたやすく彼女を死に至らしめる。よって私は避けることができない。このとき唯一の救いは相手が魔法などを使えないことだ。それのおかげで相手の攻撃方法は接近戦だけとなっている。
「さっさと終わらしなさいよ!」
「わかっている事の原因」
最初の状態ではあまりに資料の数が多すぎて一撃で完全に消滅させることができないと判断する。
しかし、今までの戦いでそれなりに減らせたのでそれほどの危険を犯さなくとも消滅できる。私は右手までの侵食を肘までに許す。
爪を左肩の辺りまで持っていき、そして――
「――――啼け」
素早く斜め下に薙いだ。
右腕から放出された強大な力は大気を震わせる。無色が轟音を響かせ、万物を善悪の区別も何の差別もなく全てを喰らい、無に帰させる。その無色の獣が黒い霧を全て喰らい尽くした。辺り一帯も見事に喰らわせてしまったが、まあ良い。
これが現実世界に及ぼす影響は限りなくゼロに近い。せいぜい、虫などの生命強度が脆弱なものがどういうわけか次々と死んでいくぐらいだと願う。
「フゥ」
刻威夢式、実は攻撃ではない。これは存在干渉式だ。どんな理にでも干渉することができる。つまりすべての物に防御力無視、防御性能無視の攻撃を与えることができる。
便利な式ではあるが、これを使うことができる時と場所は限られているためそれほど使うことはできない。今回は使えるとわかったのでつかっただけである。
また最後のあの攻撃は全てに干渉し、自壊を連鎖的に引き起こす式だ。そのために止めなければどこまでも愚鈍に全てに干渉を起こして破壊し続ける攻撃なのだ。
「おい、いい加減に起きろ」
「――フグゥ!」
私の使ってもよい力が残り少ないので出口を開くのは彼に一任することにした。エリュシオンがかわいそうにといって彼の看護をしようとしたが、それよりも先に彼は完全に起きた。
「は、腹痛い……」
「適当に魔力を撒き散らせ。そうすれば出口が作れる」
「うう、了解」
陽光は素直に私に言うことに従って魔力をまきちらしていく。私の残り少ない魔力では出口を作った後のことができないので彼に働いてもらった。
手っ取り早く意識の糸を延ばして彼に繋ぎ、彼の撒き散らしていく魔力を操作していく。彼の魔力は私にとって自分の魔力と同じぐらい使いやすいものなので簡単に操作できる。
それにまだ刻威夢式を解いていないのでなおさら容易く干渉できる。
陽光がまき散らしてくれた力を一点に集約し、空間に亀裂を入れる。あとは入る時と同じように出るのだが、その時に三人まとめてなので魔力がそれなりに必要なのだ。
刻威夢式を起動するとき、解除するとき、あの空間に存在するために使った魔力量とその魔力量を合わせると私の持つ魔力量の限界値に近いものになった。つまり今回は割と無理をしたということだ。
元の世界に戻った時に降り立った場所は私が入った場所の先にあるかなり高い時計塔の鐘の下だった。どうしてこのような場所に降り立ったのか、推測でしかないのだが、たぶんここから彼らが入ったからではないだろうか。
何のためにかというと、この時間帯ならばアレしかない。
「――あ」
「ほぉ……」
打ち上げ花火だ。ここは遮蔽物がないのでよく見れる。陽光はこちらに戻る時の衝撃のせいで気絶したエリュシオンの介抱をしつつ、その光景を見た。私は行く時も戻る時も同じようの魔力で身を包んでいたためそのようなことには陥らない。陽光も同じであろう。
ただエリュシオンはそのような知識を持っていないのでこうなった。あんな状況に陥ること自体珍しいことなので持っていなくて当然だ。
「…………ん……」
「あ、エル、大丈夫?」
「ヨーコ様……大丈夫です。あの、いったい何があったのですか?」
向こうからこちらに戻ってくる時の衝撃で記憶が駆けるのは基本的な事象だ。私でも呼ばれてもいないのに無理に旧世界からこちらに来たので記憶の混乱が見られたほどである。一般人である彼女がそうならないわけがない。それでも少しは記憶が残っているだろう。
「僕もあまり理解できていないんだ。リヒトに聞いたの方がいいと思うよ」
「リヒトに?
って、どうしてここに……なぜあなたがここにいるのですか!?」
「エル、感応のこと忘れているよ〜」
「あうう……」
さて、彼女にあの空間のことを話したところで一つも理解してもらえそうにない。自然現象でできるアレは今も解明されていない事柄だ。そのことについてなぜ知っているのかといわれるとさすがに返答に困る。今はどうすべきかというと、この場から逃げる。
「とりあえず、コウ、お前は城までの道はわかるよな?」
「うん、わかるけど、それがどうかしたの?」
「俺はもう帰るから今日中には帰ってこいよ。捜索部隊を編成して派遣するにも面倒な手続きが必要なんだ」
「えー、一緒に花火……また明日ね、リヒト」
「訓練できるぐらいの気力は残せよ」
そうして私は城へと戻っていった。この祭りの本来の目的は豊穣や収穫を祝うようなものではない。本来は一年の間に狩った魔獣、一年以内に死んだ人の霊を送るための儀式だ。
そのためこの王都では割とあのような空間が発生しやすい。だが先ほどのようなことが起こることはかなり稀である。その上この王都には当然結界が張ってあるため、まず繋がることはない。
なぜそんなにも珍しいことが起きたのかというと、張っている結界を誰かが綻ばせたためとここに偶然陽光がいたからだ。全く、誰がここの城を落そうと考えているのか、見つけ次第問いただしたいものだ。
ただもう逃げているだろう。もしかしたら近々国落しがあるのかもしれない。残念なことに私がここの結界発生装置をいじる権限がない。つまりこの結界の綻びを直すことができないのだ。全く待つしかできないのは非常に不快感がある。
ただ待つのなら良い。その何でもない空白の時を何かしらの時間にするという好意は好ましい。だがこれは違う。そういうものではなくそれしかない時である。他の何ものにもできない時なので私は気に食わないのだ。
何も出来ないといっても何かしらできることはあるだろう。今はそれをただひたすらに探していこう。そのときが未来である限り私にできることがある。
「うわぁ……」
「きれいですね、ヨーコ様」
「そうだね」
二人で静かに花火を見ているその光景に少し滑稽さを感じながら私は歩を進めた。
今は秋、落ち葉の絨毯を踏みしめながら城を目指す。
確か私の部屋に三十年物のウィスキーがあるはずだ。それでも飲みながら月見、星見をしよう。今日はなかなか良い夜なのできっと彼も呼べば来るだろう。
忙しくてもそういう自然を感じるときを大切にする。彼はそういう人なのだ。だから私は確信を持ってくるといえる。
もちろんの事ながらその人は陽光ではない。彼は酒に弱すぎる上、何より未成年だ。そんな人に酒を飲ますほど私は無配慮ではない。
その人は当然成人しており、割と酒に強い。その人とどこでどうやって知り合ったのか、それは秘密にするほどのことではない。私が所属しているギルドで受けた依頼をこなしているときに偶然出逢っただけだ。それだけの仲である。
彼ならこの城に忍び込むなど造作も無いことだ。そう思いつつ、この私の収穫祭――元鎮魂祭は私の中で終わりを告げた。もうしばらくすればきちんと死霊は昇天するだろう。
元からそういう祭りなので、今日は割りと溜まっていたのかもしれない。
全く、だからこの祭りには行きたくなかったんだ。
あんな面倒なことが起こることぐらいすぐに予想できたから。
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