第六話
「日常風景」


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 特別執務官の席についている私は同時に別の職、ハンターズギルドのようなものにも所属している。
 確かに私は人を殺すことはできないが、人以外なら殺すことができる。故に軽い小遣い稼ぎの意味合いも兼ねてそのギルドで渡される数々の任務、クエストをこなしていることがある。クエストによっては最低人員数を定められているクエストもあるが、私はそういうのはあまりしないようにしている。まあ日帰りのできる魔獣討伐にそんな最低人員数なんて定められているクエストはめったにないがな。
 今回引き受けたクエストはそういういつもどおり一人用の依頼、魔獣討伐だ。倒さなければならない魔獣の数は多くないので問題はない。念のためにカートリッジは多めに持ってきてあるが、使うことはないだろう。
 ついでにある地方貴族の捕獲も兼ねている。情報屋から仕入れた話によると何かしらの違法実験をしている。詳しい情報は現地で収穫していけばよいのだ。その捕獲に行くついでにこのクエストをこなすつもりである。
「――……このあたりでいい」
「ええ!? こんなところでですか?」
「ああ。少し散策しながら進もうと思ってな。お前らは予定通りに行動しろ」
「……わかりました。エッジ様、お気をつけて」
 カイエ将軍に二個小隊を借り、その部隊の馬車を使ってここまで来た。そして馬車から下りて近くの森の中に入っていく。こう行ったほうが早いうえ、この森が今回のクエストの舞台なのだ。
 その貴族が行っているという違法研究と魔物の大量発生と何の関係があるのかまだわからないが、それでも関係がないとは言い切れない。ならばこの森を怪しむのは当然のことだ。
「――アーク・ゲヴェア、起動」
 レイヴェリックに入荷を頼んだ素材がついこの前届いたのでアークを大幅に改造した。
 待機状態の形はチェーンのブレスレットにしたため持ち運びが非常に簡単となっている。しかしこのように起動させると定められた形を取り戻す。
 最終改造を加えたアークの形状――その状態がデフォルトであり、他にも各戦闘距離対応の形がある。
――接近戦高速戦闘、一点突破を主にしたフォルム・シュヴィアト
――中近距離、全距離全戦況において十全には届かなくとも八全の威力を発揮するフォルム・ゲヴェア
――中距離から超長距離狙撃、情け無用の殲滅戦を主にしたフォルム・ツァウベル
 その他に二形態ある。今の状態はゲヴェアだ。今後も使い勝手次第では変えていく。
「さて、はじめるか……」
 広域探査魔法を展開させつつ、私は森の奥に潜っていった。捜索は可能な限り迅速に、相手に悟られないうちに済ませることが定石。
 ここの貴族は私がエッジであることは知らないのでせいぜいまたハンターが来たのだろうと思っているだろう。もしも向こうが私の力の異常さを不審に思い、エッジであることに気付かれたなら逃げられる。そう推測するのは非常にたやすい。
 アークに6発のカートリッジを込めつつ、私は森の奥に向かう。広域探査魔法とは別に風の精霊に洞窟などがないか、魔力痕がないかを調べさせている。
 私が受け持った任務ではこの森にいるある未確認の魔獣もしくは魔物を最低25体葬り去ることが成功条件である。判断基準は私のすぐ後ろについてきている小さな妖精――ニンフが映す映像である。
 この妖精がほぼ全てのことを映しだすのだが、こいつは非常にか弱くできているため死に易い。もしも死んだならどれほど敵を狩り、その証拠を提示しようが任務成功にはならない。しかも死んだなら弁償しなければならない。本当に腹の立つシステムだ。
「……何だ……?」
 どういうことかこの妖精は私の後ろを飛ぶことをやめ、私のコートの胸ポケットの中に入った。寒いのが嫌なためか、はたまたそこが安全だと本能的に悟ったためか、わからないがここなら守りやすい。
 というわけで褒美に今も食べている梨をひとかけ渡した。ニンフは人懐っこく、基本雑食であり、どのような環境であっても生きられるとあるが、やはり果物の方が好きであるということが図鑑に載っていた。それは本当のことのようだ。美味しそうに食べている。
――ぐじゅ
 あ、古い死体踏んだ。むぅ、相手はどうやら唯の魔獣ではないようだな。普通の魔獣ならばこんな人の死体を肉の人欠片たりとも残さず食べる。残してもどこかに埋めている。特に今の季節冬に近いので冬眠のために埋めることが多い。
 …………割に合う仕事だよな?

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 薄暗い森の視界は悪い。妙な気配も立ち込めているので正直気配を読んで行動するには少々難儀するだろう。全力――つまり人も殺してもよいのであればそんなことはないのだが、陽光のせいで人は殺してはならないとなっている。そのためこの任務は苦労しそうだ。
 この任務を受けるにあたってもらった資料には当然対象の魔物の姿が乗ってある。その姿は正しく異形。どの図鑑にもこのような魔物の姿は載っていない。部分部分では似たような姿の魔物のいることにはいるが、それでも違う。
 となると合成魔法獣――キメラの失敗作あたりと考えるのが妥当だろう。失敗作と言ってもそこらの魔獣よりの何倍も強い。何せ作られる目的は大概戦争、戦闘で使うためであるからだ。時々道楽目的の見世物。例えば件を与えた奴隷と戦わせて楽しむだとか。そこ、狂っているのは我慢しろ。そちらの常識はこちらの常識ではないんだ。
 戦闘に長け、生きる必要を失わされた生物兵器の歴史は長く、そして暗いものであるが、今はそんなことは関係ない。今は――目の前にいる"こいつ"を殲滅することに集中しなければならない。

 それぞれ違う四つの頭――胸の部分には獅子、頭は三つに分かれており、一つはグリフォン、一つは飛竜、一つは首の長いオオカミ――胴体は獅子のそれで、翼は飛竜のそれ、足はグリフォンの鋭く研がれたそれに近く、尾には蛇が三匹。
 体長は二メートル強といったところだ。資料よりも若干大きいことに文句を思いつつ、私はアークを構えた。
「――■■■■■■ーーーーッ!!」
「……やはりそんなに効果はないか」
 急に地面からは水の槍が、空からは風の刃が降ってきた。私が紋章魔法を使ったためだ。
 地面から無数の水の槍が生える方は水属性初級魔法"水樹"、天空から無数の風の刃が降り注ぐ方は風属性初級魔法"秋嵐"である。この二つの魔法はそれほど難しいものではないが、こめた魔力によって威力が変わるので割と便利である。
 材料の一部に飛竜がいるのでそこそこの抗魔力は備えているのだろう。それを考慮して初級魔法とは言っても中級に近い威力を持つ魔法を使った。さらに収束させたため、実質的には中級魔法の上の下の威力と遜色のないものとなっている。しかしながらせいぜい足止め程度にしかなっていない。
「■■■■ッ!! ■■■■■■ーーーーッ!!!」
「ま、この程度だろうな」
 私はその程度の足止めの効果しか期待していないので別段驚いてはいない。動きの止まったキメラの全ての眉間に貫通の能力を付加した魔力弾を撃ちこんでいく。
 多重殻炸裂弾頭弾、相手の内部に入ると爆発するというまさに一撃必殺を目的とした特殊弾。さらに炸裂すると内部で魔力の粒をばら撒くようにしたため、どこであっても致死性は高い。故に如何に合成獣と言っても所詮生物の範疇内である"それ"は生命活動の基点である頭、脳を全て潰され、なんだか痙攣している。
 確かに見た目生命活動は停止しているようだが、相手は失敗作といっても合成獣なのだ。念には念を入れて心臓及び四肢ついでに翼も壊しておく。
「あと24体……もいるのか?」
 今までの暗い過去から合成獣一体を作り出すのに多大な労力と時間、そして金がかかることを知っている。故に25体も作り出すとしたら、もしも金と労力を無視できるとしても最低10年はかかる。この任務が表に出たのはつい一カ月ほど前のことなのであるため、私は非常に怪しんだ。
 もしかしたらギルドに依頼した人は金を払いたくないあまりこんな数にしたのではなかろうか。本当にそんな気がする。その場合は、般若が遊びに行くよ。
 さて、私はそんな生きる権利も奪われたキメラの始末をしている片手間、精霊たちにある場所を探させている。キメラの失敗作がこんなところにいるには当然近くにその実験施設があるからだろう。あの失敗作には護衛でもさせていると考えて妥当。
 それにしても、いくら素材が近くにあるからといってこんなところにあったらベタすぎではないだろうか。
 まだこの森にあるとは限らないが、それでも失敗作の廃棄場所とその護衛場所、そして素材の入手場所が同じであるとすればこの森の内部もしくは付近と仮定してまず間違いない。
 ちなみに、どうしてこんなところが護衛場所と判断した理由は簡単なもので、彼らの心臓にこのあたりを徘徊するよう命令する刻印がされていたからだ。そんなこんなで――
――キン!
「――■■■■■■ッ!!」
――ガキキキキキキキィイン!!
 キメラの内部から多重殻弾等弾に込められた凍り系統の魔法が発動され、内部から相手の血が氷柱化したものが大量に生える。

――今三体目を片づけた。

 血の雨は降るものではありません。
 降らすものです。

 
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