第六話
「日常風景」


<3>



 この任務を朝から始めているのだが、夕暮れ時になってもまだ合成獣を9体しか片づけていない。
 一体目は全頭部の破壊し――
 二体目は塵と化すまで切り刻み――
 三体目は体内血液を全て氷に変え――
 四体目は空間圧縮してサンプル保存――
 五体目はゲヴェアの強度計算のため撲殺し――
 六体目は普通に過剰魔力で打ち砕き――
 七体目は罠にかかって死んでいるのを確認し――
 八体目は幻覚で九体目と闘わせ――
 九体目は弱っている所をスマートに抉り殺した。
 ちなみに目の前にある串に刺さっている肉はその九体目のである。意外と食えます。毒のない肉ですから。
 さっさと探査精霊が研究所を見つけてくれないだろうか。研究所の中には当然未完成のものも含めて最低20体はキメラがいるはずである。そこを襲撃したほうが任務達成も手っ取り早い――はず! 私の目的を達成できる。そう思いつつ、私は森の中で一晩過ごす。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 それが昨日の話だ。今日もまたキメラを殺しに森の中に入っていく。途中であった村人たちが行かないよう言っていたのだが、私はこの森に用事があるのでそのような言葉に耳を傾けることはできない。それにこんな面倒な任務はさっさと終わらしたい。
 昨晩は森の中央あたりを探査させていたのだが、施設の入り口らしい場所はなかった。日の出ている間は西から南、それから東にかけて探索していた。それでもないとすると、残るは北である。そういうわけで、今朝からずっと、今も北の方を探査かけている。
「…………」
 合成獣の素材として狩られたためであろうか、生物の気配というものが極めて薄い。この状態から昔と同じ状態にまで回復するのにいったい何年かかることか、研究者たちは考えているのだろうか。
 いくら自分らの研究を進めたいからとはいえ、後々のことを考えられないようであったならその人は研究者失格といえよう。後世に残す研究でなくとも、永続的にできるようにしておかなければ意味がない。
 ただこの森の生き物が少ないのは研究者が狩ったからだけではなく、キメラたちが食べるために狩ったせいもあるだろう。
「――……ん?」
 探査精霊がある怪しい雰囲気の壁を検知した。そこには明らかに隠された魔力痕がある。きっと練成術などで塞いだからであろうが、精霊にそのようなものなど意味がない。魔力障壁でなければ彼らの探索は防げないが、そんなことをすればここだと言っているようなものだ。
 それから、魔力痕を消すのはいいが大地の魔力まで消したのは失敗だ。明らかにおかしい雰囲気を醸し出している。
 ただ、この広域探査魔法は私オリジナルの魔法なので防ぐ手立てを考えれる人などいないと思う。精密探査であると言うのに広域であるという魔法は普及させた方がよいのかもしれないが、この魔法を扱ううえで異常なまでの魔力集束力と制御力が必要になる。
 さらに長時間行使するにはそれなりの魔力が必要となりなど、はっきり言って普通の人が気易く使うような魔法ではない。私は魔力総量が確かに人並み以上に多いが、それでも世界の大魔法使い程度、上級魔法を30発撃てたらいい方の魔力量しか持っていない。
 才能と言ってもせいぜい常時魔力回復率と集束力、つまりは魔力量以外のものが異常であるだけだ。しかしその異常な魔力回復率のおかげでほとんどの魔法が使ったとしても数分のうちに回復するので使ったことにはならない。この魔法もそうだ。これの魔力消費量など全くないといってもいいぐらいのものである。
 それでも欠点というものはあって、私は上級魔法の乱発ができない。陽光やレイヴェリックはそんなことはないのだが、私は違う。あんな規格外の存在と同じにしないでほしい。

「アレの調子はどうだ?」
「割と安定していますよ、先生」
 自動から手動に切り替えた探査精霊を通じて聞こえ、そして見える映像を見る。確かにキメラの実験のようだ。あたりには多くの実験器具があり、そしてキメラの失敗作が多くいる。数にして30はいるだろう。その実験を推し進めている貴族は他国に資金提供でもしてもらっているのだろうか。
 そうなると後が面倒なのでやめてもらいたい。右目だけはしっかりとある視界で安全かつその場所を狙えるところを目指す。途中あったキメラのことは完全無視していく。現状では魔力の浪費は極力避けたい。
「■■■■■ーーーー!!」
「ああくそうぜぇ! カートリッジ・ロード!」
 後ろからついてくる合成獣を振り切れないことに対して本当に悪態をついてしまう。どうして今の私にはこれほどまでに魔力がないのだろうか。その代わり不必要なまでに収束力や圧縮率が高い。もう少しバランスを取ってほしかったものだ。
 術式を組み込まず、ある特殊な刻印で魔力を圧縮し、保存したカートリッジを一つ使う。この弾丸は二通りの使い方がある。今回は術式を刻印し、魔法として使う方法をつかった。これなら刻印以外で魔力は消費しない。カートリッジは消費してしまうが、それはまたあとで作り直せばよいだけのことだ。
 アークからカートリッジが排出され、銃口の少し前に魔法が発生する。あとは引き金を引くだけでこの魔法は使える。引き金を引くとその魔法は光に分解され、アークに取り付けられた刃に集う。
 これに込めた魔力量は当時の私が一発に込めることができる現在の限界値――中級魔法一発分なので、断空斬・陣に使わせてもらった。まだその特殊な刻印は確立できていないので、それほど魔力を込めることはできない。それでも断空斬・陣には十分な魔力である。
「……フゥ」
 今回私が選んだ狙撃ポイント、この森から行く分はなれたところにある山の切り立った崖の上に着くまであとどれくらいかかることだろう。それまであの施設を調べておこう。私が左腕につけている腕輪の宝石を半回転させ、それから探査精霊とのラインを強化した。
 と、ニンフにもこの光景を見せておかないとな。いやいくらかはフィルターをかけさせてもらうけど。全部見せると国が脅される。
「――そうだ、君には良いものを見せておこう」
「え? よろしいのですか?」
「ああ、もうすぐ世界の公表するものだ。その前に君に見せておいてもよいだろう」
 研究者二人は奥へと移動していった。この場合の良いものとはたぶん成功体に限りなく近いキメラを示すのだろう。それは私も気になる。彼らが何のために研究し、何のために犠牲を払っているのか、知っておきたい。
 狙撃ポイントに到着するまでまだ時間がかかるので、その良いものとやらを一見するのもよい。

 かなりの強度があると思われる隔壁を抜けた先にある大きな円筒形のガラスがあった。中は薄緑の液体で充満している。何より驚くのはその大きさであり、何と水族館であるような水槽よりも一回り大きい。よくこんな物作る気になったな。
「これは……まさか!」
「ああそうだ。これこそが私たちの目指しているもの」
 そのカプセルの中には、竜の形をした合成獣が入っていた。しかもただの竜ではない。かなりの強さを持った竜だ。あんな生物が戦争に導入されたらほとんどの戦争が"アレ"を導入した側の勝ちで終わってしまう。それでいて主に従順であるというならば手に負えない。
最後の魔獣(ドラゴン)だ」
 それはまさに力の象徴であろう。確かに理論上それも生み出すことも可能だ。ただそれまでにかかる莫大な研究費と時間、そして素材と労力を考えても割に合わないのでほとんどの期間が手を出さない。
 その上作られた合成獣は魔法が使えず、基本的に弱い。あれらのような合成獣の失敗作は例外だが、このように特定の生物を模倣して作ったのは自然に生まれてきたものよりも弱くなってしまう。
 ただ竜であるならばそれでも充分に人類よりも強い。まだ完成していないようなので今のうちに片を付けなければならない。あんなものが目覚められたなら厄介だ。
 探査精霊との接続はそのままにしておいて、私はやっと狙撃ポイントに到着した。アークに私が今持つ最高のカートリッジを込め直し、カバンから紙とインクを取り出す。
 近くにいる第二軍の駐屯部隊に来させるためだ。ここに一時間ほどで来ることができる場所に待機させてある。彼らに研究者たちを捕縛させる。私は人を殺せないためどうしても研究者らを生かさなければならないのだ。
 そして私はアーク・ゲヴェアを構えた。

 
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