第一話
「逢魔ヶ刻に」


<4>



「…………んみゅう……ヒギャッ!」
 そう思索していたときに彼が目を覚ましそうになった。自分でもあの時の反応速度は異常であったと思う。気付いたのか否かにかかわらず私は陽光の首に手刀を入れていた。あたりにドス、という鈍い音が響く。陽光の首が深く垂れたのを確認してから私は一息つくことができた。それにしても彼が起きるときの声はこんなものだとは初めて知った。あっているといえばそうなのかもしれないが、何か、アレだ。
 とりあえず気絶させただけなのだが、ここの足場が不安定なので少し力みすぎたかもしれない。何か得体の知れないものをつぶしたような音がしたが気にしないということで。たぶん死んではいないだろうから。そう簡単に死なせもしない。
「…………良し」
「何が"良し"なのですかっ! そんなことして許されると思っているのですか!?」
「別に誰かに許してもらおうなどと考えていない」
 一々世界の全下等生命体にそんなことを聞こうなどとは考えていない。
「正直そんなことはどうでもよい。何よりもまず召喚術(?)を行使したのは貴様らか?」
「……はい、そうですが何か? それよりも彼は大丈夫なのですか?」
「聞きたいことはいくらかあるが今はさておき、当然のことながら衣食住は確保しているのだろう? ここでは何かと危険なのですぐに離れたいのだが、案内しろ」
「……無視ですか……図々しいですね。少し態度を控えたほうがよろしいのでは?」
「貴様に発言権はない。さっさと働け」
 こういうときは目つきの悪さが役に立つ。彼女は少々腹を立てた様子をさせつつ、私たちを別の場所に案内した。同伴には使用人らしきものが一人いる。この腹立たしいほど長い階段を降り切ってさらに馬車で十分行ったところにある豪邸に入った。石造りで、古い作りの家屋だ。建築されて間もないと思われるのだが、読み間違えたか。いや、どうでもよいことか。応接間に案内されたのでそこにあるソファに荷物を置き、私は椅子に座る。結構いい椅子である。
 部屋を見渡したところ、この世界の文明水準は私たちのいたところ、旧世界の歴史の中でいくらかは符合するところはありつつもやはりどこか食い違うところがあるのに気付いた。それに普通には作れない作りもある。召喚術もあるくらいだ。魔法の一つや二つ、あってもおかしくはない。
 彼女らの服装、建築技術、知識。どれ一つとして旧世界と全く同じものはなさそうだ。相当遠いところに来たと確信できる。
 いや、同じなのはメイドの服装と、茶の味のみか。下らない。
「……さて、何から聞くべきか?」
 私の考えはまとまっている。私の前にいる彼女はどうなのだろうか。
「わたくしもあなた方に聞きたいことがあります」
「ふむ、なら……順番に聞くのはどうか?」
「ええ、それでよろしいです」
 相も変わらず陽光は寝続けているので視界から外しておく。
 私は空になったコーヒーをお代わりする。使用人に注いでもらう必要はないのだが、義務というものだろう。それにしてもうまいコーヒーだ。天然ものだろうな。
「俺から言うぞ。先はお前が最後だったからな」
「……わかりました。いいでしょう」
 レディーファーストという言葉は知っているが、世の中はそれほど甘くはない。必要ならば何にだって暴力は振るう。たとえ平和の女神であろうとも悪魔王であろうともだ。
「そうだな……まずはこの世界の魔術、いやここ・・ では魔法か? どちらでも良いが、それがあるのか? あるならそれの種類と属性を教えてくれ」
「それが人に教えを請う態度ですか……しかも一度に三つも」
「次に貴様が三つ質問すればいいことだろう」
「チ……この人は」
 存分に舌打ちが聞こえたのだが、少しは気品を気にしたらどうだろうか。それにしても眼前で舌打ちをされるとはかなり嫌われているようだ。好かれるのもまた困りものなのでこちらの方がまだ良いのではある。
「あなたとは反りが合いそうにありません」
「…………この世界には日本刀の概念があるのか? ……」
「何か言いましたか?」
「なぜ質問に答えられないのか、と」
 そりとは日本刀のあの独特の曲がり具合のことであり、それが鞘の反りとあっていないと刀が鞘に収まらないことから反りが合わないということは互いに性格などが相容れないということになった。ここで反りという言葉が表れたということは少なくとも日本刀に似たものがあるということであり、また反りというものがあるということだろう。ないしは同じ意味、言葉を持ちつつも別のものを指していることも考えられる。例えばソリという名の生き物が存在する等々。可能性は否定できない。
「属性は主に地水火風、そして光と闇があります。詳しく言うとほぼ無限なので基本的にそれら六つです。なお、先の四つの属性のことを総称して四大属性と言います。
 魔法の種類は一般に普及している精霊魔法――精霊を使役して使うものです。
 司祭など神に仕え十分な祈りをささげている者のみが使うことを許されている神聖魔法。
 現存し、解読し終えている数が少ないですが、威力が他の何ものよりも高いためそのほとんどが禁忌とされている古代魔法――あなた方を召喚するために行使したのもこれの一つです。
 他には細々した物ですが、血で受け継がれる血継魔法、魔族が好んで使う天葬魔法、主に現在確認されているのは以上です」
 魔法は確か悪魔や魔族が使うものであるから魔の文字が入るのだから、魔族が使うものが本来の魔法のはずだ。そこは人間のエゴ、同じにしたくはないのだろう。それにしても本当に同じ世界ではない。望んだことだが、仕方がない。大いに楽しむことにしよう。適応しないと死ぬこともある。
 もしも、ないであってほしいことだが、この世界が旧世界と同じ宇宙にある一惑星なら同じ物理法則に従わざる負えないため彼女らの言うような魔法というものは存在できない。しかしここにはさすがにオーパーツもありそうにない。あっても解読できる科学力もないだろう。故にここは異世界だと考えられる。
 さてはて私はそれらの新しいことをどこまで行使できるであろうか。最終的にそこが論点だ。
「次はわたくしの番ですね。あなた方は本当に神世から来られたのですか?」
「…………」
「……何ですか、その馬鹿にするような眼は」
「そんなことは断言できないが……三つ、確かなことがある」
「確かなこととは?」
 質問二つ目だが、注意せずに見逃して置いておこう。面倒なことになりそうだから。謀ったのは私であるのもある。
 私は皮肉気に彼女に押し付けた。見て見ぬふりをしている現実を、目をそらせられない犠牲を、彼らのけがれきった行為を。罪の意識を目覚めさせ、呪いと断罪を求める時を与えてやる。

 
 
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