第一話
「逢魔ヶ刻に」


<5>



「俺たちが異界から来たかなどとは本当はどうでも良いこと。
 貴様らにとって俺たちは所詮壊れても良い捨て駒にしか過ぎないこと。
 むしろやる事を果たし終えたらすぐにでも死んでもらいたいこと」
 どんなところでも大概はそう考えるようになる。最初はそうでなかったとしてもだ。大衆にとって勇者(必要善)というものは魔王(絶対悪)が滅ぶまでは必要な力であり、英雄であり、自分らの望んだとおりに動いてもらわないと困る使い捨て道具だ。
 しかし、魔王(相対悪)が滅んだ後は勇者(過剰暴力)の存在というものは飾りか問題になる。人として生きるには異常な力を持つその存在は社会に受けいれられることはない。社会に組み込まれることも人として認められることはおろか、生きることさえ受け入れられることはない。
 語ってしまえば、勇者(完全善)に世界が求める理想像というものは結局のところ魔王(強制悪)を滅ぼすための希望と暴力であり、絶対服従奴隷となる消耗品であり、期間限定の便利な政治的道具であり、不必要な塵となる厄介者だ。
 至高にして劣悪、宿願にして絶望、歓喜悦楽にして憤怒悲哀、真の願いでありつつも穢れの集大成なる、これ以上ない究極のエンディングはやはり、魔王(架空悪)と勇者(死望善)の相討ちであろう。
 笑うことすらできない。
 だから私は彼女らが勇者を望んで異界の門を開けたと知ったときからずっと侮蔑の視線を発しているのだ。
「そんなこと思っていません!」
「今はまだな。そのうちわかるようになる。自分らが勇者や英雄に願う真に願望というものが」
「そんなこと、ありません……お父様だって、そんな望まれて死んだわけがあってなるものですか」
「…………、か」
 彼女の過去に何があったのかはわからないが、どうやら私が語ったことに似たような状況があったようだ。だからと言って何か言うわけはない。何か言ったところで私が部外者であることに違いはないのだから。そう、たとえ何を言っても、だ。
 私はこのままにしても進展がないことを知っているので言い放った。ちなみに私を駒や道具にできるなど人間風情が思う権利などない。
「ほらさっさとしろ。時間は有限だ」
「……………」
 どういうことか私のコーヒーカップに亀裂が走った。心なしか空気に別の何かが混ざりこみ、重くなった気がする。それと彼女から陽炎のようなものが出ている。目の錯覚とは思えない。魔力の類のものだろう。
「ハッ、これしきの事でこのようになるとは度量の狭いやつだ」
「……今、バカにしました?」
「いや、見下した」
 これで一応残り一つも埋まったのだが、それを言ったら何か良くないことが起こりそうだ。
「……フゥ……あなたが聖約である神世の使い、使徒なのですか?」
 使徒、つまり勇者のことだろう。他はありそうにない。ところで。
「さあな。その聖約というものを知らないのでどうとは言い切れないが、大方こいつのことだ」
「ではあなたは何者ですか?」
 連続四つ目である。彼女の方が汚い。
「アー、こいつの、保護者のようなものだと思う。実際はかなり違うかもしれないが、こいつはかなり精神的に脆い上異常だからな。壊れるのを防ぐ抑止力として、というところかな」
 強いか弱いかというところを聞かれると正直返答に困るところがある。ある一面からみると全くの無能者にしかなれないが、それ以外の、一部例外を除いた面からみるとまあまあのものであり、残りのある一面からみると、これ以上ない逸材となる。というわけで私が過去に下した彼の評価は"欠陥完成品"。深い意味はない。直感的にそう思い、見えてしまった。矛盾している言葉のようだが、どういうことかしっくりくる。
 本当に稀にこういうようなことがある。人の本質を見てしまうようなことが。ただその人がその人で確立していないと見えない。あのときもそうであった。今はもう懐かしい記憶だ。
「さて、やっと俺の番か……チ、誰か来たな」
「え?」
 私の五感はかなり鋭いうえ、生命体に対してとても鋭敏になっている感覚がある。つまり気配を非常に正確に読むことができる。その上気配を断つ人がいないので容易くわかってしまう。ぎりぎりまで引き延ばしてみたのだが、無駄であった。かなり腹立つ。指向性から察するにほぼ間違いなくこの室内にいる者の誰かに用がある。こちらに向かっているのは少なくとも七人だ。耳を澄ませば聞こえる足音から判断した。あとだいたい三十秒もすればこの部屋にたどり着くだろう。
 そして大体その程度の時間が過ぎたころに部屋の扉が開けられた。使用人が開けたので割と静かなのだが、せめてノックはしてもらいたいものだ。
「貴様が使徒か?」
「どうだろうな。何にせよ関係のないことだ」
 メタボリックシンドロームになり終えた豚らしき者にそう言われた。低身長、過体重、短足禿頭とくればそう思わざるを得ない。どことなくその存在の醜悪さに嫌気を覚えたので、見下しつつ言い返す。
「ならば貴様は何者だ?」
 かなり重そうな装飾品や服を被っている生命体はこれしきの事で息を荒げつつ、上から物を見下すような態度で言う。確実に私の方が身長は高いのだが、今は椅子に腰かけているからそうではないためかなり腹に来る。私はわざとらしくため息をつきつつ、小さくぼやいた。わざとではない面もある。
「……ああ、下らない」
 神と呼ばれる何かを徹底的に惨殺したいという欲求が沸々と生まれる。この世界はこれほどの世界にどうして成り下がったのであろうか。どうしてこうなってしまったのだろうか。堕落三昧だ。真摯に過去現在全可能性を破壊殲滅し尽くしてもかまわなくなりそうだ。
 ゆっくりと茶を楽しませやしない人たちであふれている。私はいら立ちを心の奥底に隠しつつ、机の上にあるお茶請けのクッキーを一つほおばる。それからエリュシオンを見て訪ねた。
「貴様らはこんなものばかりなのか?」
「違う、と言い切れません」
「……そうだな。堕落しきっている」
 昔もこうであったのかはどうでもいいが、どうしてこうなってしまったのだろうか。それ以前にこうしたのは一体誰だろう。こちらに来てから今までにあったこちらの生命体の多くがこんなものである。
 自分が何者であろうがなかろうが、そんなこと話すわけがない。私は人よりかなり隠し事が多い。もちろん自分が何者かもそれに入っている。説明できないからという一面もあるが。
「……フゥ、皆様、自己紹介をしないのですか?」
「ム」
 砂糖とミルクがたっぷりと入ったコーヒーで息を整えたエリュシオンは彼らにそう言った。そんなことより、このお茶請けはなかなかのものだ。特にココナッツ入りチョコチップクッキーが良い。

 
 
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