第一話
「逢魔ヶ刻に」


<6>



 傍観するにどうやら髪はたくさんあるが、その全ての毛色が白色である老人は彼女の祖父である。確かに親子ではあるようだ。無礼なところがそっくりである。親子なのであの白髪は生まれつきのものであるかはわからない。目の色は、老人は翡翠色であり、エリュシオンの蒼天色とは違うが、その辺りは彼女が母親似であるだろうということで片を付けれる。
 他の周りの人は、人によって鮮やかさに差異があるものの髪は赤みがかった金髪、瞳はグラデーションのある碧眼だ。見事な人もいればそうでない人もいる。
「王姫様とはいえ口が過ぎますぞ。控えなさい」
「宰相様、王の礼儀がなっていないのは孫娘としても、一国民としても見過ごせませんわ。わたくしたち、王侯貴族は人の上に立つ者として常に礼儀は守るものですよ」
 なかなか良いことを言っているが、先ほどのことがあるので褒めることに対し若干渋る。
「つい先ほど無礼をした者が良く言う」
「根に持ちすぎですよ、貴方は」
「そうだな、少し見直しておこう。……俺の名はリヒトだ。貴様らの名は何という?」
「……わたくしの時とは態度が違いますね」
 それはそうだ。エリュシオンは見下したが、この者たちのうち少なくとも一名は何もない。使用人を除く、他の人たちには少なからずはある。詰まる所その一名が一目でわかる途方もない屑であるということだ。
 私は王と宰相、武芸者二名、ついでの一人を眺めまわした。無礼さを見すぎたためか目が痛い。
「…………どうした? まさか貴様らは己の名を名乗ることすらできないほど卑しい者なのか?」
「貴様っ! 王に対して無礼であるぞ!」
「そいつが貴様らの主であっても俺の主である理由はない。道理もない。だから関係がない」
「呼ばれたものが何をほ――」
 何のためか、宰相になれた生物の汚点が過剰反応する。ここは予想通りだ。こういう俗物のなれの果てという者は侮辱するような言葉に過敏である。権力や名誉、地位、財宝に固執しているからであろう。汚らわしいからそれ以上近づかないでもらいたい。衝動的に殺してしまいそうだ。
「良い」
「ですが王よ!」
「良いと言っておる」
「グッ」
 己より強い権力に逆らう度胸はないか。私なら暴力で圧倒するが、何か変である。こう、気分というものと環境というものが何か変である。とりあえず今はそんなことはどうでもよい。今の私の問題は前方にある究極の汚濁をどのようにして除去するか、である。しつこい油汚れよりうっとうしいこと間違いなしだ。
 さて、どうやらこの宰相はかなりの家の出であるため権力が己の手にあることは当然であると考えているような人種にいるようだ。
 軽く侮辱しただけでかなり激情している。となると、どうやら見当違いだ。うっとうしいだけで軽く落ちる汚れだ。
「所詮、お飾りの宰相か……」
「貴様!」
「近づくな。ただでさえ醜いのだ。さらに体臭を加えるな」
 香水でごまかしているようだが、私は過剰につけた香水の臭いも嫌いだ。
「この場で切り捨てるぞ!」
「……ほんとに醜いな。おい、あれは本当に人間か? 自分が惨めになってきだすな」
 この生命体の言うことなどは無視する。だいたい斬ると言ったところであの体型から繰り出せれる剣速、残線をなぞる正確性、集中力は高が知れている。三回振ればもう駄目であろう。あの肉のつきすぎた手を取っても、剣の柄をとっても、簡単に知ることができよう。なので私は非常に余裕で在れるのだ。
「言うな。認めていられないのだ」
「……惨めを通り越していっそ哀れだな。それにしても現状すら認めることができないとは……本当に宰相なのか?」
「残念なことに事実だ。なにせ私腹と家系だけは群を抜いている。と、そうそう、私は第三軍将軍を務めているカイエ・ギア・ワールシュナだ」
「記憶した。一応敬っておくべきか?」
「私にその価値があるならな」
 その考え方は好ましい。カイエとは気が少しは合いそうな予感がした。私とカイエが密やかに話している間、宰相は何かを言っていたようで、かなり赤くなっている。誰かに無視されるということが全くなかったためだろう。
「どうした?赤くなっているぞ、豚」
 見た感じも中身もそのようなので今後から食えない家畜扱いすることにする。そのようなことをしたためかさらに紅くなりだした。茹でられた蛸のようである。何にせよ醜いことには変わりない。
 しかし一度豚と認識するとますますそう見えてくる。不思議なものだ。きっと家畜と深い関わりがあるのだろう。
「餌がほしいなら豚小屋に行け」
「愚弄する気かぁ! 貴様!」
「なっ……気づいていなかったのか…?」
 そちらに驚くのが一般的である。今までの態度などで気付かない方がおかしいが、嘆かわしことに脳まで豚と化したか。元とはいえ一応人間の尊厳はどこにやったのだろうか。それ以前に人であったことはあるのだろうか。諦めがつきそうだ。それよりも本当によろめいた振りをしたのはどうしてだろうか。
「成敗してくれる!」
 それは時代、もとい世界錯誤のセリフだ。いったいどこの豚であろうか。
 見た目以上に機敏であった豚は、まず利き足であろう右足を大きく前に踏み出しつつ、抜刀した。
 いわゆる居合切り、抜刀術である。"よくこの世界にそのようなものがあるな"と感心しつつ、この世界に日本刀のようなものがあることを確信にかえながら、どうしようか考えた。
 こんなことができるのは擬似的な走馬燈のようなことができるからだ。走馬灯は本の刹那の間に多くのことを考えることであり、人の脳は本来そのようなことができる。しかし長時間連続でし続けていると頭痛がするので注意が必要だ。どうせ過負荷がかかるからであろう。情報処理能力がついていけなくなるだけの話だ。しかし短時間であるなら問題はない。
 それに、だ。この程度の居合切りなどあの人の平手に比べたら、音とナメクジの差がある。思い出すだけでも嫌なあの人は多分もう死んでいるような気がする。なんとなく、わかってしまうことだ。
 それにしてもあの人の平手は本当に見えなかった上に、避けたりでもしたら武器を振り回す困った癖があって避けるのも少し悩むものだった。それでも私は平然と避けていた。なにせその時は周りに良い羊たちが群れていたからである。

 
 
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