第一話
「逢魔ヶ刻に」


<7>



 そのようなことを考えつつも呑気に学校指定の鞄から取り出していたある物でその西洋剣を受け止めずに受け流した。形通りの見た目重視の粗悪品を使っているらしく残響音もまた鈍い。
 宰相、もう名前すら聞きたくない、は私がいつの間にかどこからか取り出した鉄扇(長さ35cm)ごときで居合切りを受け流されたことか、私がのんびりしていたのにしっかりと反応したことか、はたまた必殺の一太刀をかわされたことかに驚いたようだ。
「何!?」
 という似合わない声を上げたのだが、私はすることを決めたので止まることはない。それよりもたかが驚いたぐらいで身を固くして動きを止めるとは余程死にたいようだ。
 もちろん私がその隙を見逃せるわけはなく、死なない程度に力を抜いて強襲する。本気で攻撃したら高確率で脳漿を散らしてしまう。片付けは面倒な上、今殺したら後々余計な事が起こる。故にあえて気絶程度で済ます。ただし記憶が少し欠けてしまうかもしれないが、その辺りは自業自得ということである。
 手に入れた回転力をなるべく損なわずに生かし続けつつ、さらに己の力を付け加える。右手に持った鉄扇を回転し、左から右斜め下に振る。実はこの鉄扇は主に防御を考えて作ったため、かなり固いかわりに見た目以上に重い。なので振り上げるよりは振り下ろしたほうが少ない力で高威力を生み出せるのだ。
 だが合気道やら中国拳法やらを習得している私にとっては力にあふれている世界にいるのであれば、使いやすい凶器になりうる。スナイパーライフルから発射された銃弾を展開させたこれで弾いてもかすり傷さえつかない。まさに攻防一体型の武器である。リーチが短いのが難点だが、そこは留め具の輪につけることができる鎖やワイヤーで何とかする。つまり、投げる。昔はこれで鉄筋コンクリートを爆砕したことが(ry
「二度と……俺の前に現れるな」
 鉄扇から分厚い脂肪壁の感触がし、続いて骨に当たる。振りぬき、回転力を殺さず、右足で蹴り飛ばす。
「ヒグ――――アガ!」
 壁に豪快に音をたてて当たった何かはもうピクリとも動かない。脂肪壁の厚さを考えて攻撃したのだが、骨の脆さを考慮するのを忘れていた。まあ死んでいなければそれでよしとする。死んでいたら素直に諦めてくれ。私を呪っても意味がない。というよりその行いは今さらという感じがする。
 私は無駄に重いうえ赤い液体をダラダラと流す何かを引きずってこの部屋から強制退出させた。後のことは全面放棄する。
 とりあえずこれで視界を汚すものはなくなった。はずであったら良かったが、あの香水のきつい臭いやら新たにできた赤い模様やらがアレの残滓を臭わせている。
「……実はあなたが無礼なのでは?」
「無礼には無礼で返すのが当然だ」
「確実にその原因はあなたにありますよ」
 礼儀には礼儀で返すのが礼儀であるとしたならその逆もまたしかりということだ。その上、そもそもむこうの方から攻撃してきたのだ。正当防衛になるのは当然だ。過剰防衛に近いが、明らかにむこうとこちらの武器の差を考えれば正当防衛にさせる。
 さて正直過去の遺恨などどうでもいい。そんなことは後で覆せれる。
 一国の宰相があんなものということはこの国の将来に不安を覚える要因となりうるが、ここは一時放置しておく。
「にしても……屑だな。左遷を進言する」
「ああ、わかっているが血と財がな。うっとうしくて仕方がない」
「ふぅん………」
 つまるところ触らぬ神に祟りなし、ということをしているわけか。私の場合なら死んだ神の災いなし、なのだが価値観の違いだろうか。アレの存在がここに残るという危惧は除去するに越したことはないので手を下す。完全に関与してやる。
「つまるところ、貴様らは臆病風に吹かれて病原体を放っておくというわけか」
 一人うなずき、独り納得する。
 ちといらつくから憤慨に値するになった。もしこの世界が私の考えるような世界であるとするならば、とても腹立たしいことだ。腐っている。それが部分的であろうがなかろうが、消えるのを時間に任しているという姿勢が気に喰わない。昔からこうであったということを否定したい。他人任せになっていないと望みたい。私が思い描いたそれでなくともいいから、せめて、一抹の、安息できる時を……。
「所詮貴様らにとっての国というのは亡くなっても良い物なのだな。建国した者への礼儀がなっていない。庶民への姿勢が腐っている。何のために……何のための今まで行き、知識を手に入れた? 何故今という状況を活用しようとすらしない?」
 どうしてどこの世の生命も待ち望むのだろう。想い描く神など存在しないこの世界という檻の中で、神に祈りをささげ、救いを求めるのだろう。あの黒くも紅き、残虐なる空間を知ってなお、変えようとしない、神を信じ続けるのだろう。私という存在は確かに異端の果てではあるが、しかしながら異常ではないというのに多くの人は何も見ない。
 大衆は私を知ろうとする者すら異常扱いする異常性を持ち合わせる。昔も今も、そこもあそこもどうせ変わっていることなどない。
「……どういうことだ?」
「……耄碌しているな、爺。そろそろ葬儀の準備をしたらどうだ? 何なら手配するが?」
 享年を今年にしても良い。私が引導を渡すのもありだ。
「いいか、あの宰相はあろうことかお前らの待ち望んだ使徒とやらに剣を向けたのだぞ。それが罪にならないわけがないだろう。むしろ極刑ものではないのか? 別に他国と打ち合わせていたのかもしれないとして家宅捜索しても良い。そこで別の罪状を見つけ出し、死刑にすれば十分だ。このぐらいすぐに考えろ。口が酸っぱくなるまで言ってやろう。常に疑い、そして考えろ。何もしないのであれば、何もないぞ」
 続いてカイエにも言う。
「カイエ、貴様とは気が合いそうだと考えたが、どうやら違うようだ。貴様は人間ではない。ただの諦めた死体だ。現状を変えようとせず、波風立てない方法しかとらない。貴様の世界は恐ろしく静かでつまらないものだな。言い訳しかしない木偶人形が人間らしく振舞うなよ? どこまでいっても今のままであるなら貴様は人形だ」
 しゃべりすぎてのどが痛くなるが、まだ大丈夫のはずだ。むしろ時間が迫っているのでさっさと済ませたい。
「お前にとってこの国は滅んでもいいものだから常に傍観者でいられる。静観できる。失うものなどないから、第三者でいられる。そして言い訳しかしない、動こうともしない。その姿勢、どの反逆者にも勝る」
「そんなわけがなかろう」
 あっさりと言うが、私は反論を許容しない。
「言い訳という面ではあの宰相とは相性が良かったのではないか? 家計と財力があるので仕方がないと唱えれば少なくとも今この時ばかりは自分を正当化できる。今のままでいられる。
 本当に貴様も腐っている。どうせこの国が滅んだとしても貴様は何も変わっていないだろうな。今のまま"仕方のない"と呟き続けることだろうよ。全く貴様は何度繰り返してきた? 逃げてきた? 不愉快だ。この国は死ぬ前に死んでいやがる」
「違う……違う! 私はそんなことは言っていない!」
 否定するができていない。どうでもよいことか。
「言い訳というのはどこまでいってもそういうことだ。自分の責任を他人のせいにするということだ。この国が内側から崩れていくのを貴様は黙って見ているだけなのだよ」

 「ならさ、救えばいいじゃん。
    まだ死にきっていないんでしょ?」


 
 
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