第二話
「旅立ちはまだ遠く」


<3>



 大きく伸びをしている陽光を視界から拒絶した私はこれらの元凶、エリュシオンらの方に向き直った。と同時にそこらの女官たちが震える。抱いた感情は恐怖、といったところだ。
「さて、今のは何だ? 率直に答えろ」
「今の、と言いますと?」
「過重装備」
 ほかに何がありようか。今の、といえば私がケチをつけたものではそれ以外にないはずだ。
「何をどう考えてもコウを殺そうと見えていたのだが、俺の気のせいか?」
「気のせいですよ。さ、ヨーコ様。次はこちらを……」
「ゲエ」
「――……斬る」
 陽光が俗に言うつぶれる蛙の出す音を発する。彼らが持ち出したのは先ほどのものよりさらに重そうな鎧だ。私はそれを何の迷いもなく、一刀のもと両断した。先ほどの鎧とは違い、陽光が中に入っていないため細切れにする必要はない。
「この進歩のないバカが。普通のバカよりたちが悪い」
 剣のさやでエリュシオンらの頭をたたく。
「使いこなせないものを持たせても邪魔にしかならないんだよ。無意味ならまだしもこの場合は重荷になるのみ。雑兵にすら敗れる使徒というのもまた滑稽なものだが、対象がこいつである限り笑えない」
 そろそろこの剣は耐久力の限界値に到達しようとしている。無理もない。むしろ今まで保っただけでも称賛に値する。私が剣を使うと、一部の剣を除いて容易く壊してしまう。その原因は私の力が強大すぎて剣を蝕んでいくことだ。そういうためにあの変態の刀の多くを再起不能にできたのだ。もちろんその行為は狙ってしたに決まっている。
「……ではどうすべきなのですか? ヨーコ様は剣も持てないので鉄壁の防御を持たせようと思ったのですが、いけないのですか」
 この人はそこの女官どもにいらない知恵をつけさせられたようだ。やはり不要なものは恐ろしい。そこらのガキではないのだから、エリュシオンも少しは考えて行動してもらいたい。
「全く愚の骨頂か。普通最初に……おい、何故逃げようとする?」
ゆっくり静かに陽光がこの部屋から退出しようとしている。私にも便利な探査能力があることを忘れたのかと聞きたくなったが、このことは皆に知られるべきではないと考え、踏みとどまった。
「いやぁ邪魔かなって。うん、そう思って。そうにだろう、違いない。というわけでさよう――」
――バキッ!(鉄扇が壁にめり込む音
「…………本音は?」
「いやな予感がひしひしする」
「フッ、安心しろ。簡単には死なせない。断言できる」
 俗に言う、新しい玩具を見つけた子供の笑顔、ただし目は魔王を浮かべて語りかける。今のところ私は何一つ嘘をついていない。
「さて、"どうするか"という質問だったな。当然使えないことは今までいた環境が環境なので仕方がないとして……コウ、これを持ってみろ」
 その辺に置いてあった剣を投げる。長剣のため重心を考えなければ重く感じるはずだ。
「よ、オモッ!」
 嘆かわしいまでに予想通りのことをしてくれる陽光は放っておく。まあ、なるべく重そうなものを選んで渡したのだ。こうならなければ若干おかしい。
「とまあこのように、剣一つもろくに持ち上げられない非力者を戦場に出しても、死体になって帰ってくるしかない。よってまずすべきは、基礎的な鍛錬をすべてだ。もちろん、この世界の言語、読み書き、魔法、常識、宗教上の制約なども含める。ああ、オレもだ」
 私は何一つ間違ったことは言っていないと思う。急に今まで殺し合いというものと全く関係のない場所から連れてこられて、即刻誰それを殺せと言われてもできはしない人の方が圧倒的に多い。故に、まずは知り、覚え、理解することが大切だ。どこぞのゲームよろしく、来てすぐに超人的な殺し合いができるわけもない。魔法も知識なので、理論を知らなければ使えるわけもない。その他諸々もそれと同じくである。
「そうですね。確かに使徒が魔法を使えないという前例はありませんし、才能をすぐに開花させないのは気がひけます」
「……やはり、こいつが使徒なのか?」
「確証はありませんが、導師様が調べられたところではそのようです」
この際、どのようにして調べたのかはどうでもよいことにする。しかし、気になることが別にある。
「俺はどのくらい寝ていたんだ?」
 本当にそのことが気になっている。そこまで長くはないと思うが、そのようなことを調べる暇があるということは少なくとも一日は寝ているだろう。その上、私がこのようなことになったとき、大概予想より長く眠るという習慣か習性がある。
「えっと……一週間ほどですね」
「……日換算で言うと?」
「五日です」
 やはり少しは向こうの世界とこちらの世界とでは時間的感覚が違うのだろう。後でそのあたりのことを確認しておかないといけない。週の感覚はどうでもよいが、一日の時間は大切だ。
「…………………………」
「どうしました?目が赤いですよ、リヒト。大丈夫ですか?」
「それは生まれつきだ。ただ、一週間も無意味に寝ていた理由を考えているだけだ」
 結論を言うと、肉体および精神を適性化していたのではないのだろうか。陽光は逆らわずに世界転移中からそれを行っていたのだろうが、私の場合は転移中も逆らい、それを行わせなかった。
 この行為は、水中で生活していた生物が地上に出るまでの進化、えらを捨て、肺を手に入れるまでの圧縮、またはコンピュータなどでのプログラムの更新に似ている。ようはその世界にあった肉体や精神構造に作り直させるだけである。またここは腐っていても異世界であるので、私が呼ばれてきたわけでも、ましてや存在を許されているところでもない。なのでそんなにも長くかかったのだろうと予測される。
 まあ普通なら死ぬか植物人間かのところを五体満足で生きているのだ。その辺は運が良いか、呪われているか、祟られているかと考えよう。またはこの世界はかなり甘受性が高いおかげで私という異質な歯車の存在を受け入れてくれとのかもしれない。
 ここで注意すべき点は決して神のおかげではないということだ。神は全知全能であるが故に何も必要とせず、何も必要とさせない。だから祈るだけ無駄なのだ。
「まあ、私としては永遠に眠り続けてほしかったですが、起きてしまったものは仕方ありません。
 レーヴェ国にようこそ、リヒト。貴方の来訪を私は純粋に呪います」
「効くと思うかアホウ……エルの名前にあるリヒトの意味は?」
 帰ってきた答えは予想通りにものであった。
「私は知りません」 

 

 
 
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