第二話
「旅立ちはまだ遠く」


<8>



 知識欲を満たしている内に時間は流れ、夕食となった。
 物覚えの悪い陽光に言語を教えていたらいつの間にか日は暮れていた。結果として公用語だけでも全種使えるようになったので良しとする。地方のものなどは旅の道中で教えればよいことだ。今は公用語だけで事足りる。
 私もほぼすべて完了したので次のことに移ることができる。だがしかし今は食事だ。隣にいる陽光がかなりうるさい。とくに飢えを訴える獅子の様に鳴る彼の腹の音が。まだ食堂に移動中であるにもかかわらずだ。
 少し時間を遡り、書庫で陽光に言語をたたきこんでいたころ。一人の使用人が私たちのもとに来た。要件を聞くと夕食の時間だそうだ。食事は決まった時間に取る必要はないが、出来立てのおいしい食事をとりたいのなら今しかないらしい。出来立てと言っても毒見が終わった後なので少し冷めているがな。
 ちょうどよく陽光の頭も暴走寸前であったためここでいったん止めることにした。なので、現在その使用人に案内されて食堂かどこかに行っている。
「ここになります」
 ついた先は大きな扉の前だ。装飾も過多に施されている。金細工や銀細工がないだけでもまだましである。宝石が埋め込まれていることは少し耐えられる。
 うん、入り口が大きいならば当然のごとく中も広大なわけで、金持ちの家で見かけてしまいそうな無駄に横に長い机があった。その上に織り上げるのにどれ程の歳月を要したのかわかりたくもない純白のテーブルクロスがある。
 用意されている席には既に老王フェイタル、エリュシオン、その他まだ名も知らない大勢が座っている。余っている席は二つあり、片方の席の前に彼の名前を間違えて発音したときのスペルが刻まれたプレートが置かれてある。もう片方には私の名前が――――何でさ?
 私個人の感情としてそれは非常に好まれないことだ。こんな型式ばり過ぎて息が詰まる上に豪奢な装飾が精神を蝕んでいくところに食事中ずっといたくはない。
 そんなことをしたらこのアークという銘を持つ銃が吼える。それはもう冬木の獅子が食事を無駄にするやつらに制裁を加える並みに。
 さすがの私もここに来たばかりなので城の修繕費などそう容易く払うことはできない。それが真に悔しい。そんな縛りさえなければこの城の不必要な部分など破壊し尽くして見せるというのに。故に見なかったことにして逃げる決意をする。まずは銃で席にあるネームプレートを最速で撃ち砕け。吼えろアーク。
――ズガォン!
「どうやら俺は招待されていないようだな。ではコウ。後は一人でどうにかしろ」
「え? ちょっと待ってよ、リヒトー!」
 脱兎のごとく去る。何が楽しくてこのストレスを募らせる空間を視界に入れたがるのか私にはわからない。
 そういうことがあって夕食をどうしようかと考えている。本当に食べる必要などはないが、こういうものは食べられるうちに食べておきたい。現在の所持金額がゼロなので城下町に行っても無駄であるが、ここにいても何も始まらないので城下町に出かける。何かあったときのためにも土地勘は持っていたほうが良い。
 出る前に念のため装備を確認する。アーク、縄が三本、投擲用ナイフ×15。十分とは言い難いが足りないことはない。では出かけるとしようか。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 まずは城壁を攻略しよう。
 手始めにそこにいる見張りの兵士二人を昏倒させる。このとき思ったことは訓練が足りていないである。たかが私一人も感づくことができないとはとんだ腑抜けだ。というわけでこのナイツ・オブ・フヌケの二人に猿轡をかまし、毛虫やナメクジといった生理的嫌悪感を催す存在が多い所に隠し置いた。
 安全が確保できた私は階段を使って城壁にのぼり、ロープを垂らして降りていく。ロープの端にかぎ爪がついていることぐらい当然のことだ。ないならあの兵士の剣を一本奪い、ロープの一端に結んで使え。そのぐらい思いつかなければならない。飛び降りてもいいが、音がな。
 それにしてもこのようなステルス任務みたいなことをするのは久しぶりだ。体が鈍っていないことを素直に喜んでおこう。
 誰にも、とは言えないが見つからずに城下町にたどり着いた私はそのあたりを散策する。見たやつ? その辺で理想郷でも見ているのでは?
 いやはやさすがは夜の城下町、かなりの人で賑わっている。笑い声もあれば喧嘩もある。窃盗強盗は影の中で犇めき、表に笑顔、中に下級悪魔という外道自称紳士が徘徊する。明日を生きるために体を売る者もいれば、今日の快楽のために体を買う者も存在する。罪と罰が交錯し、天使と悪魔が駆け引きを、損と利が交わっていく。死体は貧民街へと流され、金は賭けごとに回される。
 さて私もまずは金稼ぎといこうではないか。相手の財を奪えれるだけ奪い去ろう。私はこう見えても結果的に負けることができない。ついでにもう一つの目的も果たせれたらなお良い。
――ペキリ♪
――指、俺の指がぁぁあああ!!
――何があったんだ?
――わからない。どうせ誰かにすりをしようとして返り討ちにあったんじゃないか? ほっとけ。
 軍資金ゲット。でも少ない。
 ああ、あの喧騒? どこかの屑が右手の指を全てあらぬ方向に捩って曲げるという面白おかしいことをして騒いでいるだけっすよ。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 ちょうど良いぐらいに繁盛している賭場に目をつけて入っていく。ルーレットは勝てるが儲けが悪い時があるので好きではない。するとしたら、やはりポーカー、もしくはブラックジャックだろう。イカサマできるから。都合良く似たようなものはあるのでしばらく今行われている対戦を眺め、ルールを覚えていく。
 すぐにルールは覚えた。カードは違うが、ルールはポーカーとほぼ同じなのですぐに覚えることができた。負けすぎたのか酔いがまわったのか、都合良く一人抜けた。その空いた席に私は入る。最初に浴びせられた言葉は予想されているものだ。
「ここは遊ぶ場所ではありません」
「……ゲームをしよう」
 この店にいる人から軍資金の銀貨を五枚、机の上に載せる。これだけでは五ゲーム負け続けたら終えてしまうだろう。それに金額が小さいため、もしかしたらやらせてくれないかもしれない。だから挑発する。
「ガキに負けるのが恥ずかしいのか?」
 宣言しよう。このゲーム、私に敗北はない。

 ――30分経過
 私は久しぶりに命の危険(?)に晒されている。完全に引き際を間違えてしまったようで、私が軽くひねってやった貴族の雇っている親衛騎士改め掃いて捨てれる893に囲まれている。イカサマしたのがばれたわけではなく、イカサマしたと適当に言われた。その上素人目でも明らかなイカサマさせられた。
 本当に何をしたのか悟られるほどの腕ではこの世界で生きていけないのはとうの昔に学んだことなので、もちろん相手は気付かれてはいないが、まさかさせるとはな。フ、面白い。
 簡単に言って、たとえ儲けが良くとも貴族や金持ちは相手にすべきではない、ということだ。負けぐらい素直に認めてほしいものだ。全く美しくない。私が39連勝したぐらいで向こうが難癖つけだした。もしかしたら私の隣にある金貨の山がうらやましいだけなのかも知らない。
 さて、どうやってここから抜け出すか模索する。剣を腰につけている893の数は25名、魔法使いらしき者が7名、その他野次馬40名弱。非常に暑苦しい。たとえ相手が優男や厚化粧の女であったとしても暑苦しいことには何ら変わりない。
「――……チィ
 実を言うと、この程度の人数では話にならない。普通にしても楽に勝てるだろうが、つまらない。少し遊んでもらおう。
 アークを抜き、魔力を装填し、躊躇いもなくトリガーを引き――たかった。私は契約のせいで人を殺せないことを思い出したので、今のままでは殺してしまうので引き金を引きたくとも引けない。というわけで魔力を再装填し、引き金を引いた。
 銃口からは拡散粒子砲、みたいなものが放たれる。それを考えたので当然だ。放たれた拡散魔力は対象その他を包み込み、暴力をふるっていく。壁を破壊し、木をなぎ倒し、人を呑み込む。効率はアレだが、この武器はやはり使えるものである。
「死ねっ!」
「…………」
 振られた剣が私の頭の上を通り過ぎる。
 その程度の剣筋など風の流れや殺気でわかる。私には未来が見えているとは言わないが、シミュレートしてみたらわかることだ。
 893は話しにできないので無視し、まずは力量が正確にわからない魔法使いらしき者から倒す。一発一発装填していくのではなく、チャージした魔力を分割して使っていく。時には銃身で殴ったりもする。その時は魔力を注入している時だ。このチャージは結構時間を食う。欠点だ。後で直しておこう。
 魔法使いを掃討し、装填完了したらまた広範囲攻撃を仕掛ける。こちらでしていく方が気持ちがいい。まるで塵のように――正しく人類の塵だが――吹き飛んでいくその光景は清々しさがある。時には収束させ、上のシャンデリアを敵に頭上に落としたりもした。
「――もういい。終われ」
「げひゃぁあ!」
 この銃の自由加減は本当に良い。断続的に連射していくことを想像したらそのようになった。銃弾の形状も収束光線、拡散光線、圧縮弾、炸裂弾、貫通弾に貫通型光線、太さも思いのままだけでなく、今現在しているように短槍のような弾も放つことができる。しかもそれは何かにあたってもしばらくそのままで存在し続ける。残る問題は近接戦闘のみだが。
(拒絶する)
「なぁ!?」
 賭場からも敵の増援が来て少し楽しくなってきた。稀に来る避けられない道を沿う斬撃を私は魔力を圧縮して作った壁で防ぐ。
 まだ展開速度が遅いが、使えないことはない。言霊があった方がやりやすいのもまた問題があるが、それは後々の鍛錬で何とかしよう。やはりこういう未知の力を上手に扱うようになる最短の方法は実戦だ。
「次々行くぞ。最後までついてこいよ」
 一定時間が経過したら着弾場所が炸裂する光線を想像し放つ。もちろん横に振っているためその範囲は広い。続けて拘束弾。当たると縄状になって少しの動けなくする。動けなくなった者には言霊"衝"を与えて気絶させる。私は殺すことはできないが、重傷を与えることはできる。結果として殺すことが駄目なのだ。
 増援を含めた敵側の人数が過半数を切ったこの時点でこの店はもう二度とその機能を果たせなくなったと判断できる惨状に陥っている。そろそろ飽きたので締めといこうか。
 アークに魔力を込めていく。今までの遊びの量ではなく、許容値限界までだ。込め終わるまで結構な時間がかかるのでこの間は徒手空拳で相手をしていく。
 アークの銃身から嫌な音が聞こえ、琥珀がありえない色で発光している。銃身も妙に振動し、周りの空間が歪んで行く。ついニヤリとしてしまうじゃないか。
「―線は千となりて殲を纏え―」
 異能というものは強い願いが形になったものにすぎない。それを確かにするために詠唱を唱える。
 ならば私も謳おう。これも一種の魔法であるなら形を持つことによって力の損失が少なくなるからだ。
「―我望むは戦、我願うは閃―」
「―センを以てセンを成せ―」
 詠唱で大体がわかると思うが、そんなものである。天に向かって放った高圧縮極太砲撃は途中星の数ほどに分裂し、個々が天空から雨のように、縦横無尽に迸りながら敵に襲い掛かる。
 貫通能力と着弾と同時に衝撃に変わる能力を付与している。避けるなどと言うレベルの話ではない。そんな桁の数ではない。量が多すぎるので障害物が次々と消えていく。私はここにいた人々は全員重傷にならなければならないと保証しよう。やった本人が言うのもなんだが、これは割とひどい攻撃だ。
「フッ、ククク……」
 残されたのはクレーターと灰塵、ガラクタ。肌をなでる夜風が心地よい。先ほどまでの香水と血と体液、葉巻の臭いとは大違いだ。
「クカカカカ……」
 私は今隣の建物の屋上からその惨状を眺めている。もちろん稼いだ金はすべてこの革袋に入れている。さて、かなり倦怠感が体にあるのでどこかで食事をとろう。魔力を使いすぎたためかもしれないが、あまり支障はなさそうな気がする。
「ああ、つまらないなぁ」

 
 
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