第三話
「末期の酒と作戦会議」


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 軽い運動を終え、地元の酒場で食事を取り終えた私は城に戻った。城壁をまたよじ登り、腹立つことにまだ気絶している見張りを元の位置に戻し、侵入は成功した。このナイツ・オブ・フヌケのおかげで容易く脱出侵入ができているので愚痴ることはやめておこう。
 不味いぐらい血臭漂う私は体を洗うことにした。このまま誰かに見つかったら何があったどころでは済みそうにない。一応酒場では他人の腐臭のおかげで誰にも悟られることはなかったが、このような香水の匂いがする所ではそうはいくわけがない。
 浴場や衣類については出かける前にそこらの使用人に聞いておいたので問題ない。私は誰にも見つからないように浴場に移動していく。誰かに見つかりそうになったならそいつを気絶させ、物陰に隠す。覆面をしているので問題ない。こういうロングコートを着て、覆面をし、なおかつ黒いグローブをしていると本当に盗みをしに来たような気分になる。
 本来の目的を間違えない私は問題なく浴場についた。時間の関係上まだ誰もいない。誰もいない間にさっさとこの返り血を洗い流す。今まで来ていた服にも血が付いてあるので焼却処分する。どういうわけか先ほどから城内がうるさいのが何があったのだろうか? 聞き耳を立てると賊が出たと聞こえる。まあ気にしても仕方がない。
 誰も来ないうちに体を洗い、浴場から脱出する。新しく与えられた私室に移動し、煌々と燃える暖炉の中に血濡れた服を投げ捨てた。それにしても、私のあの鉄扇は今どこに行っているのだろうか。今日起きてからずっと行方不明だ。いい加減戻ってきてほしいものである。
「……あ、ああ」
 鐘の音であることを思い出した。セイン将軍に酒を誘われているのだった。というわけで頃合いかと思って彼の自室に行くことにした。場所は近くにいる使用人に聞けばよい。
「遅かったな」
「文句はこの無駄に広い城に言え」
「それいっても仕方がないことだろ。何せ相手に意思はないんだぜ」
「そうか? そうとも限らないだろ。聞こえていないだけかもしれないぞ」
 着くのに以外と移動に時間がかかった。使用人の歩速に合わせなければならなかったためである。もしも私一人ならもっと早く着いてもおかしくはない。
 立ち続けるのもアレなので整理整頓の行き届いていない部屋の椅子に腰かける。すぐに私の前にグラスが置かれ、琥珀色の液体が注がれた。
「……自己紹介をしたほうがいいな。俺の名はリヒトだ。よろしく」
「私はレイヴェリック・シア・アーエールです。よろしく」
 若草色の髪に黒色の瞳をした女性だ。不思議な感じのする人、である。
「現宮廷魔術師だ」
「……ああ、明日から俺たちに魔法を教えることになった人か」
「ええ、そうですよ。使徒とはいっても手抜きはしませんから覚悟しておいてください」
「その程度、当然だ」
 もう一人、先ほどから自棄酒に陥っている男性がいる。この国の人はそんなにも酒に強いものなのだろうか。一応追記しておくが、この酒はそんなにも弱くはない。私にとってはどちらでも問題ないが。
「えーと、こいつは財務卿を務めているネフィリム」
「仕事はもういやだー!」
 泣き上戸だろうか。絡み上戸よりもましであるが、うっとうしいことには違いない。どこの世でも仕事好きというのは極稀だ。
「あとはカイエと、この国にはいないがあと一人合わせればコールテル国立学院第二百十七期問題児四天王ができるな」
「私は違うわよ」
 コールテルは学問と芸術の都であり、高山都市だ。一つの都が一つの国となっている珍しい都市国家である。常春の気候、魔力を持って生まれる魔獣や魔物の出現率の低さから古来より学術国として発展しているためか、軍というものが全くなく、また豊富な地下資源を有している。
 そのような国が今まで他国の干渉がなかったのかというと、そこが学芸都市であるからだ。コールテルの秀でた学問は各国王家に重宝され、王家などは競って後継者をそこに留学させる。また後継者の留学期間中は我が子の命のためにそこが侵略されないように目を光らせ続ける。
 王族だけでなくそこには有名貴族や商人の子を通わせることがよくあるので、さらに注意深くなる。そこで育った後継者らは己の後継者をまたそこに通わせることになる。
 このサイクルのおかげで今もどこにも侵略されずにいるわけだ。もしも侵略されても、その国の人を人質にもできる。見方を変えてみると非常に狡猾な国であることが見て取れる。
「問題児というのは?」
「ネフィリムは破壊魔。こいつは呪われててもおかしくないまでに魔法がへたくそで暴発させまくっていたんだ。カイエは院内屈指の頑固者で、もう一人は主席だけど不良な優等生」
 となるとセインはあれであろう。
「――追試王」
「――サボり魔」
二人に指摘された。本当に予想通りである。
「……ん? エルはそこに通ってないのか?」
「ああ、なんか必死の抵抗されたんで地元の学院に通っている。知識についてはここでも申し分ないし、姫も頭いいから問題ないらしいぜ。一応そこには姫の妹さんが通っている」
「お前とは大違いというわけか……」
「そのとおり! て、何言わせやがる!」
「行ったのは貴様で、それが事実だろ?」
「……口の減らないが気だなテメェ……」
 バカは感染する前に放っておこう。ここでふと疑問がわき起こる。
「先ほどレポートがどうとか言っていたぞ? あれは幻聴か?」
「いや、姫は古代語が全て苦手の」
「…………そんなにも難しいものなのか?」
「一部人種を除いて、大方そうよ」
 その一部人種の中にはもちろんセインも入っていることだろう。私は旧世界で母親とその仲間たちにこれでもかと刻みこまれたため、そう苦にはしていなかった。ただ、後遺症として時々現代語をヒエログリフやルーンなどと間違えてしまうことがあった。それほどまでに古代語に対し違和感が存在しない。
「ところで、今回俺をここに呼びつけた理由は何だ?」
「たぶん聞いているだろうが、先日キュベリア国から宣戦布告があった」
 聞いてねーよ。初耳だよ。
 とりあえずこの短期間で手に入れた事前知識として。
 キュベリア国は痩せているが広大な土地を保有している国だ。地下には莫大な資源があるとされるがそれを掘り出すだけの技術力がない。また魔獣が多く発生しているため掘り出した儲けと採掘中、魔獣から身を守るコストが等号関係になってしまうため、掘り出せないでいる。
 その代りに見事な織物や毛皮等々民族工芸が主な財源という国である。地理的にここレーヴェ国から見て北にある隣国だ。でいいはずだ。
「三日前に侵略があったわね」
「そうだな」
 宣戦布告は侵略と同時に見るのが妥当だ。軍事的に見て、向こうは数が多いが長期戦は無理であり、正規兵は少ない。
「つまり、俺に戦略を考えろ、と?」
「ま、そうなるな」
「…………わかった。酒の対価として考えよう」
 景気づけにグラスに残っている酒を飲み干す。さてと、まずは戦況確認からしていくべきだ。続いて今ある情報を知る必要がある。

 
 
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