第三話
「末期の酒と作戦会議」


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 現状、戦況についてセインに聞いてみた。ふとネフィリムは要らない存在のではと思ったが、そこは空気を読み、敢えて放置しておく。
「今のところ北の関門とその周辺の村落を制圧されています」
 それはいただけない。喚問は砦の意味を持っているので攻めにくく守りやすい作りになっていることは予想がつく。いくらこちらがその設計図を持っているとしてもその事実は揺るがない。
「上からの勅命で明日から俺は戦に行く」
「ああ、なるほど。末期の酒というわけか。道理で高そうな酒ばかりが――」
「不吉な言い方するな!」
「事実だろうに……」
 何をどう見てもそうにしか見えない。不吉な言い回し方が嫌というならそういう環境を構築しなければ良いだけの話がなぜわからない。本当にバカだ。
「まあ、そんなことはどうでもよい。そんなことよりも戦況把握が先だ。地図と……あー……ケッセの駒あるか?」
 ケッセとはチェスに似たゲームのことだ。本当のことを言えばチェスそのものである。そんなものがどうして異世界にあるのかという疑問は後々わかるようになると思う。保証はしない。
「えっと、確かここにしまわれてあるはず」
「なんで知っているんだよ!?」
「卑猥な本の場所も知っているわよ。当然、初恋の人の名も、昔の片思いの人の名も」
 レイヴェリックが情報収集に優れているということはよくわかった。しかし、そんな他愛もない会話を繰り広げる前に早く教えろと言いたい。いや本当にここに鉄扇がないのは残念だ。拳が痛くなるじゃないか。
「嬉しそうに指を鳴らさないでください!すぐすみますから!」
「もう少しゆっくりしたら……どうなるだろうな、お前の顔面」
 "交渉"はどんな状況下でも必要なものだ。例えば課題の提出期限を守らせるために内申のほうで"お話し"する。このように世界には正しい意味での"交渉"で満ち溢れているのだ。
 レイヴェリックは戸棚から出した地図を机の上に広げ、その上にケッセの駒を置いて行った。
「黒が敵軍、白が自軍としています」
「北の関門は確かここか……敵の兵数は? 斥候で分かっているのだろ? 配置も教えてくれ」
「はいはい……セイン、いつまでいじけているの? そろそろあなたの黒歴史でも語るわよ? ――いえ、冗談です。冗談ですからその振り下ろしたくて震えている拳をしまってください! あなたも早く働いてください!」
 レイヴェリックは己の身の可愛さゆえにセインを働かせていく。誰でもそんなものだろう。自己犠牲の精神を持ち合わせている者は誰も知らない。ただ自己犠牲という言葉と額面は知っている。
 地図の上にボーン、キング、ルーク(らしき駒)などが置かれていった。
「ボーンは寄せ集め、雑兵。そこらの農耕民をひっかき集めた奴らだ。数は多いがそんなにも苦にはならない。数は1つ約2千。キングは敵の将とその親衛隊、数は5百ちょい。他は正規軍だ。数は1つ千ぐらい」
 敵軍総数約3万というところか。さすがは領地面のみ大国、数だけは桁が違う。確かこちらの軍は一軍大体6千から8千と資料に書いてあった。ここはそんなにも国民が多い所ではなく、国土面積からしても周りに比べて狭いため、全軍総兵数10万がやっとだ。しかし農民は使いたくない。居てもせいぜい足手まといぐらいにしかならないからだ。
「敵の将の名はジオール・ド・フィノペス」
「資料ぐらいは用意しているのだろうな? とくに戦争への出陣記録。名を言われても俺はわからないぞ」
「何でそうも想定したことを言うんだろうなぁ」
 そのぐらいは当然だ。私は彼らが私が尋ねるであろうことを予想して事前準備したことを予想して聞いているのだから。相手が自分をどうとらえているのかを認識することは内部に食い込むうえで重要なことの一つである。
「レイ、あれ」
 レイヴェリックから事前準備された資料が渡された。中の情報はその将の今まで出た戦争とその兵の配置、結果、実行した兵法などだ。ついでに学歴が書かれているがそんなものは実際どうでもよい。他に気になることは家系と家の位ぐらいである。
 簡略化して。
 ジオール・ド・フィノペス、キュベリア国の筆頭貴族第九家の第一子である。出陣できた戦争は全て勝利を飾っている。そのため性格は猪突猛進、慢心家、複雑な権謀術数交えた政界や戦闘を嫌う。六年前の戦争が最初に出陣したものである。文武両道ではあるものの、単純バカというわけだ。そちらのほうが扱いやすいのでよい。
「…………ふむ」
「補佐官のほうはこいつだ」
「今回だけなのか? それともいつも?」
「たしか、いつもだな」
 また別の資料が渡された。
 レイベルク・ジ・イザークという名の武官だ。キュベリア国の貴族の一家、頭はよい。しかしイザークという家名を私は知らない。どんな資料にも見たことがない名前だ。フィノペスのほうは存分に聞いたことがある。そこは好色で有名でもあるからだろうか。それとも筆頭貴族の息子だから?
 ふと追記のほうも見てみると、そこに書かれてあった。イザーク家はもともと平民の身分であったが、現党首レイベルクが近年まれに見るほど頭が良いので、文官であった彼に王が貴族の位を与えたとされる。それまでに十分な功績もあったため、その案は易々と通った、か。
 近年まれに見るほどが良いといってもそれは彼の国内においての話であるためこちらではそのぐらいの知力をもつものは探せば割といるだろう。
「セイン、ジオールとお前、単騎で戦ったならどちらのほうが強い?」
「当然俺(刹那の即答)」
(こいつも慢心の気があるな……)
 事実とするとジオールのほうに至っては楽に手を打てる。問題なのはこのレイベルクという名の若者だ。一応キュベリアという国は昔から血を重んじる傾向が強いため、それなりに頭が良くてもそれは権力の前には無意味となる事を知っている。おかげである程度はやりやすいが、私としてはもっと楽に勝利をつかみたい。続けてセインに聞いてみた。
「勝利条件は?」
「敵を関門から追い返す。手段は選ばないが、関門の損傷率が一割を上回らずに終えること、周辺住民への被害は最小限に抑えること」
「チ」
「…………何を考えていたのか教えてくれ」
 今だけやけに目ざといセインだ。別に教えてもかまわないことだ。
「今はドラゴンの繁殖期だからな。彼らの卵を一つ盗んで関門の中に放り込めば一夜のうちに殲滅できるのだが。関門の損傷率が定められているのなら無理か」
「冗談じゃ済まされないこと言うなよ。そもそもドラゴンから卵を盗むこと自体無理難題だ」
 そのあたりはセイン率いる軍隊の腕の見せ所だ。しかし、この戦法が無理となるとまた別のものを考えないとならなくなる。
 そこで私は自軍のことについての資料を読んだ。総兵数は6万5千である。これに対し、敵軍は20万だ。少々鯖を読まされているとはいえ、三倍近い敵と闘わなくてはならないが、こちらは全軍正規兵であるために何とかなるだろう。
 その上、敵軍の八割近くはそこらの農民である。自ら進んで兵に志願したわけではないため、ある方法を使えば闘わなくて済む。しばし考えていった。

 
 
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