第三話
「末期の酒と作戦会議」


<3>



「雑兵と正規兵の区別はつくか? ならいい。雑兵はなるべく殺さず、そいつらを指揮している正規兵を重点的に殺して行け。
 死の淵に立った時に牙をむく獣は厄介だ。しばらく痛めつけて免死の旗でも掲げれば向こうから投降する。そのためには正規兵の数をなるべく減らさなければならない」
「そういうものか?」
「今まで土をいじっていたやつが剣を持ったからといって快楽殺人鬼になると思うのか?」
 その上、キュベリア国は税が非常に重いため、良くこちらに存命を図って逃げこんでくる民がいる。ほかにも盗賊まがいになるものもいる。レーヴェ国は働こうとする難民には広く門戸を開放しているため、年に千単位で来ているという統計結果がある。
「国のためにというこのない奴らの寄せ集めだから、割と楽に投降する。そのためにはジオールを殺すかとらえたほうがよい…………のだが」
 なぜ今頃になってこの国に攻め込んできたのかを考え始めた。斥候がまとめたある資料によると、現在彼の国は近年まれにみる豊作であったそうだ。
 食料がたくさんあるから戦争ができるとは限らない。向こうは不作の時も戦争を仕掛けたことがある。むしろそちらのときの方が多い。
 豊かな土地を手に入れるためという目的はあるだろうが、今回はそうではない気がした。またこちらはまだ刈入れもしていないので食料を手に入れるためとも思えない。
「今までなくて今あるもの、か……」
「いつものように食料だろ」
「バカ、まだ刈入れを行っていないんだぞ。そんな田畑を馬で、足で荒らすと手に入る食料は少なくなるだろうが」
 下らないことをほざく者には鉄拳制裁を加えておいた。単純バカはここにもいたようである。
「全く、少しはその足りない脳で考えろ。こんな魔獣や魔物の繁殖期、よりにも寄って10年に一度のドラゴンの繁殖期で彼らが凶暴になる今に来るのか、という点が納得いかないだろうが。余りに利と――」
「あ、顎がぁ!」
「――損が釣り合わない。明らかに損が多い」
 それもこんなにも堂々と、だ。ただ食料や土地のためというのなら今までのように宣戦布告しないほうがよい。関門にとどまらなくともよい。さっさと王都に進軍するはずであるのに関門にとどまっている。
「リヒトー、ここわかんないんだけど教えて……って、酒くさ! ちょっとつまみぐらい出しなよ! 酒単品で飲むと胃に悪いんだよ!!」(いいのかそれで?)
「――……ああ、いたな」
「ふぇ?」
 大方これに間違いないだろう。あまりにそこに存在していることが当然過ぎて気にしていなかった。そうなるとただ戦争に勝つと言うだけでは結果的に負けることになる。
 予測が当たっているとなると面倒なことになった。どうせ王城のことだ。隠し通路を一つや二つでは済まない量で存在していることだろう。
「ねえねえ、どうしたの?」
「お前は黙っておけ」
 私は陽光を引っ張って前に立たせた。陽光は私が酒をよく飲むことを知っているので、私も酒を飲んでいることに何一つ驚きはしない。
「つまりこういうことだろうよ」
「えっと、つまりどういうことなの?」
「わからないのか? おまえはそんなにも自分で考えない人なのか?」
「…………あ、ああ! そういうことね」
 何かと分からないものはそれで仕方がないとする。どちらにせよ強制的に働かせるのだから。
「確かにそれはのどから手が出るほどほしいものだわ」
 そう、のどから手が出るほどほしいものだ。さて、ということでいくつか考えなければならないことができた。
「キュベリア国と同盟関係にある国は? 特にここと近いところを教えろ」
「そこを確認する必要はあるの?」
「脳の足りないキュベリアの狙いは土地と見てまず間違いがない。あそこの歴代の王は呪われているぐらい大概バカだからな。アレに関しては別の国の入れ知恵だろう。まず一番に怪しむは同盟国だ。で、どこだ?」
「ここと、それからあそこ」
二か所あるが、片方はほぼ間違いなく違うと断言できる。理由は侵入経路がないところだ。そこの国からこの国に来る最短ルートは必ずキュベリア国を通らなければならない。ほかの道もあることにはあるのだが、かなりの難路しかないはずだ。それに比べ、もう一つの国は隣国であり、どちらへの移動もそれほど苦にならない。
「としたら、侵入場所はここか、ここあたり……距離からして宣戦布告の三日前に侵入、ここについたから宣戦布告したのだろう。目的は王都から少しでも兵を減らすためと診て間違いないはずだ。
 ……おい、何をボケっとしている? 貴様らも働け。そうだな、まずはカイエを連れてこいよ」
「軍はここに置いていたほうがよろしいのでは?」
「いや、そこまでの人員は邪魔になるからいらない。むしろ気づいていないふりをしておいたほうがいい。そちらの方が動きを読みやすい」
 いまさら気づいてネフィリムが外に出ていこうとしたので、どこに行く気だと聞いたら、皆に伝えにと答えたので殴ってやった。もっと状況を考えてもらいたい。
「もう中にいるかもしれないんだ。下手に広めたら相手の耳に入るかもしれないだろうが。信用できるものだけ連れてこい。言い分は、そうだな……セインの末期の酒ということにしておけ」
「だから……まっふぐぉ!」
「うるせえ黙れ主役」
「しゅ、主役なのに……」
 次、その無い知恵絞った無駄口たたいたら猿轡でもかませてやろうかとまじめに考える。ふと横から不穏な空気を感じ取ったのでそちらのほうを見てみると、レイヴェリックが何らかの術を行使していた。
「遮音と遮断の結界魔法よ。聞かれるとまずい話なのでしょう?」
「ああそうだ。ネフィリム、やはり王とエル、それからケル、ケルファラルもつれてこい。ただし走るなよ」
 縄をほどいて命令する。縄はセインのベッドの下にあった、妙に汗臭い麻縄を使った。なぜあるのかは考えたくも無い。予想はつくがどうでもいい。いつ縛ったのかというと、腹部殴ってすぐだ。
「わー、リヒトが生き生きしている」
「…………お前もここにいろ。そちらのほうが楽だ。レイ、それは? ……ああ、城内地図か。必要だな。隠し通路は、やはり記載されていないか。まあそうだろな。それはエルと王に聞くとして……」
 時間が惜しい。どうして私は一週間も寝続けされたのだろう。もっと早く目覚めさせてもらってもよいのではなかろうか。正直、今も体が重い。
 近くで足音が4人分する。ネフィリムが連れてきたようだ。レイヴェリックに目配せをし、一時的に結界を解かせた。こうしないと出入りができない。
「セイン、末期の酒とはフグァ!」
「屑が! さっさと入れ!」
 全員中に引っ張り込んだ。二度も言うが、時間が惜しい。相手が理由を知らないからと言って加減できない。時間制限は長くて深夜までだ。それ以上は怪しまれる。それまでにやれることをしていかないといけない。
 負ける戦いは、嫌いだ。

 
 
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