第三話
「末期の酒と作戦会議」


<4>



 全員を一睨みでイスやそこらのソファに座らせる。
「キュベリア国並びにアジュラス国が仕掛けた今回の戦争の真の狙いがわかった。それが何であるかはどうでもよいとして、キュベリア国の背後にはアジュラス国があると考えてよい。キュベリアだけで語るなら毎度のごとく土地と食糧だろうな」
「アジュラス国の狙いは何なのですか?」
「……お前バカだな。やはり呼ぶべきではなかったか」
「な!」
「そんなことはどうでもよい。とりあえず使える人員はアレ(セイン)とコレ(陽光)以外だ。
 まずは老王、エル、これに隠し通路をすべて書き記せ。それがわからないと相手がどのように侵入するのか予想が立てられない」
 酒はすべて引かせ、代わりに精神安定の効果がある紅茶を入れた。今この場で酒を飲ませる気にはならない。
「そんなことはできません」
「……本業の情報屋を甘く見るなよ。あいつらは本人すら知りえないことも知っている。今は秘密も何も関係ない。だからさっさと書き記せ。さもないと……」
「何ですか?」
「■■■■■■」
「!」
 耳元であることを囁く。そうすると急にエリュシオンは顔色を変えて地図に裏道を書いていった。老王のほうは笑顔と銃を向けただけでやってくれた。理解力のある人は使い道があるのでまだ殺さないよ。
「何分俺はここに来たばかりなので分かっていないことが数多ある。いくらか質問すらから正確に答えろ。まずレイ。この世界には転移魔法はあるのか?」
「あることにはあるけど、最上級の古代魔法よ。使える人はまずいないわ」
「錬金術、物質を創造する術は?」
「ある。ただしその対価となるものが必要よ」
「術式付加、刻印はあるとして……今のところはそんなものだな」
 今手元にあるこの銃はその付加術の一例だ。聞く必要もない。刻印もその付加と似たようなものであるから問題ない。
「セイン、貴様、戦争で手を抜くなよ。領地と食糧はキュベリア国の狙いだ」
 彼は鼻で笑った。自身に満ち溢れていることは決して良いことではない。ただし私は別格だ。私は自信に満ち溢れているとしても常に自分も疑い続けている。
「過信は己を滅ぼす。手を抜くなよ。貴様の死に時はまだ先の話だ」
「……わかっている。俺はまだ、死ねないさ」
 前半は嘘に違いない。今の今までたかがキュベリア国に負けるなどあり得ないと考えていた人間だ。ただ私のあまりの冗談のなさに少々怯んだためやっと負けないためにすべきことを考え始めている。
 そうこうしているうちに地図に隠し通路が記し終えたようだ。結構あるが、ここやこれ、それにあれなどもあまりに隠し通路があると言っているようなものだろう。それを考えると、割かし使えるものは少ないな。
「入口だけではなく出口も書けよ」
「…………」
「老人虐待じゃよ〜」
 私の命令に従順に従う二人。これはこれである時は便利だ。ただ、多くの場合で死ねといったら死ぬような者は使い物になっていない。自分で考え行動することをやめた人などただの物体にしか過ぎない。
「……なあ使徒様、姫さんに何をしたかわかるか?」
「うーん、たぶん催眠術か何かじゃないのかな? リヒトは何でもできるから、それもできるんでしょ。
 あと僕のことは陽光でいいよ。僕はまだ、使徒であると決まっているわけじゃないし」
「まあ、そんなことできても不思議がないような逸材だな……」
 何でもできるというのは間違いだ。さすがの私にもできないことはある。死んでいるものは生き返らせることは当然のように不可能等々、本当にできないことは私だけではできない。
 まあ一般大衆が言う不可能の多くは可能なことなので、一見では私は何でもできるように見えるのは致し方ない。ただ、カイエは書類を広げて何をしているのであろうか。
「…………貴様はこの場この時に何をしているんだ?」
「ん、ああ。誰かが城下町の賭場を一つ破壊したのでな、それの事後処理に追われているんだ。まったく誰がしたんだろうな? わかるか?」
「情報が少なすぎる。その話は明日でもいいだろうが」
 心当たりはありすぎる。それの犯人はまず間違いなく私だ。その事件は、アレだ。
「そうはいかない。目撃者の証言によると犯人は一人で少年らしい。その上魔法に長けているとある。もしこの城が狙いならかなり不味いことだ。それに、可能性としてその少年が敵かもしれないだろう?
 さらに……そこの賭場の後から見つかった地下室から違法な奴隷の売買痕が見つかった。これは違法なのでそこの賭場の主人、関係者らも処分しなければならない。全く、どこのどいつが私の仕事をこんなにも増やしたんだろうか…ああ、殴ってやりたい」
「…………哀れな」
 犯人を目の前にしても気づかないその鈍さと、目撃者の証言を鵜呑みにする無能さを私は嘆いた。それにしてもやはりそんなことをしていたのか。あんなにも儲けられているには何かしらの裏があるとは思っていたが、違法奴隷の売買とは。
 それは確かに腹に来る。潰して正解だったか。いや、もう少し絶望させておいたほうが良かった。ここレーヴェ国は法律により奴隷の売買が禁止されてはいないが、奴隷にも人権を与えている。故に人権を無視するような行為はすべて違法となっている。おかげでレーヴェ国は世界一奴隷も住みやすい国となっている。
 そうなった経緯は一応あるが、それをいま語る必要はない。時が来れば語ることにする。ちなみに、奴隷に人権を与えるようになったのは十二年ほどの前のことである。年表を見て知った。
「……ここと、こことそこ、念のためにあそこも。ほかは人影があるだろうからまず来ない。時間は、警備の交代の関係上手薄になる昼前。
 カイエ、お前の部下を数人ここらに配置してくれ。人選はお前に任せる。人数は多くて一か所四名でいい。ただし私服でいさせろ。あと、敵側が知っていない者を選べ。
 発見次第の伝達方法は……すぐに講じる。ああ、捕まえようとしなくてもいい。むしろ捕まえるな。捕まえるなら檻の中に入ってからだ」
 本当のことを言うと、私はカイエが使えることを知っているがカイエの部下すべてが使えるとは思っていない。もし使えるとしても使う気にはならない。
 その他大勢に敵が潜んでいないとだれも断言できないからだ。私は全てを疑うことで今まで生きることができた。その姿勢はこれからも変わることはない。
「捕まえる必要はないのか?」
「あるが、確実性がほしいだけだ。向こうから檻に入るというならそれを待つだけ。
 どうせこちらには向こうから来るという仮定以外はないんだ。受け身の戦いは嫌いなのだが……」
 私は主に攻めるほうが得意だが、守ることが苦手であるわけではない。さて、大体が決定したところで通信手段を考えよう。

 
 
←Back / 目次 / Next→