第三話
「末期の酒と作戦会議」


<5>



 今回必要としている通信方法に複雑性はいらない。何人来ようが結果を同じにするのでそれほど高度な通信手段はあるだけ無駄だ。
「確か、使用人を呼ぶための呼び鈴は鳴らすとそれと呼応したものがなる作りなんだよな?」
「ええそうよ」
「それは、壊すと対になるものが鳴るようにできるか?」
「んと……できるわ」
「……作るのに何分かかり、何が必要だ?」
「そうね……それの大きさによるけど、これほど大きくはないなら……一つ二分ほどね。対価はアレで五対分ほどかしら」
 あれというのはセインの部屋に飾ってある剣のことだ。装飾が甚だしいので使ってくれて構わない。セインの許可なんていらない。あんな剣はあるだけでこの世には害悪だ。
「個数は25対もあれば足りる。片方はこのぐらいのひし形、もう一つは猫の首にかかっているぐらいの鈴型でいい。色で呼応するようにしてくれ。似た様なものが別に二種類必要だ」
「それじゃセイン、これとこれ、それにこれをもらうわよ」
 セインが文句を言わないのは良い心がけだ。レイヴェリックは場所を少し他所に移して製作に取り掛かった。時間内には間に合ったようだ。
「……ああ忘れていた。"エリュシオン"」
 行動を命令して、そのあとも放置したままだ。あの行為をするのは久しぶりなのですっかり忘れていた。名前を呼ばれた彼女は一度ビクリと体を震わせ、自意識を取り戻した。
「……あれ、私は今まで何を?」
「…………」
「……どうかなさいましたか?」
 アレの素晴らしい点はかけられている間とかけられた直前の数分の記憶をなくすことだ。
「……さて、俺は今日からコウと寝食を共にする。おい、何妙な方向で想像している。護衛のために決まっているだろうが。
 相手も知らない探査機能があるから俺のほうがやりやすいんだ。期間は、そうだな。長くともセインが帰ってくるまででいい」
「なぜそう思う?」
「期間のことか? アジュラスの戦いの意味はこの王都からできるだけ多くの兵を戦場に行かせることだぞ。それができないならここにいるのは危険すぎるだろうが」
 私は来れば捕まえていくつもりなので、捕まえたら即時終了だ。
「というわけでセイン。勝てなかったなら――締める。赤い布で蓑虫にして凱旋してから門前に飾ってやるよ」
「無駄に殺すよりヒデエな」
「まあ、ジオールについてはとことん挑発すれば表に出てくるだろう……これの中から適当に選んで言えば問題ないだろう」
「これ? さっきからお前が書いていたやつか……ハ?」
「何が書いて……え?」
 キュベリア国が攻めてきたと聞き、その将がどのような人か知った時から書いていたものだ。大体羊皮紙一枚分しかないので、納得のいく物にはなっていないがこの程度でよいと思っている。
「……内容エグイな」
「そうでもないと挑発にならないだろうが」
 相手を小馬鹿にするのではなく、神経を逆なでするような言葉のほうが望ましい。自意識の高い者はこういう言葉に弱いというのは知っているので割と早くできた。他の人もそれを覗き込んで口ぐちに文句を言う。
「うげ、何だこれ。やんわりと言いつつ、確実に無用扱いにしている表現」
「そ、そんなこと! ……」
「初々しい反応だな、姫さん」
 彼らにその紙に書かれてあることはどうでもよいことだということに気づかないのだろうか。それにしても煙草臭い部屋だ。私はこの匂いが好きにはなれない。空気洗浄機を作らないのかという思いが起こったが、そもそも原理がないのかもしれない。
 私はハーブティーをもう一杯飲むためティーソーサーに手を伸ばした。
「……もうないか」
 最後の一杯を飲む。陽光にはしばらく残ってもらうとして、王とエリュシオンにはもう帰ってもらってもよい。カイエにはまだ残ってもらう必要がある。今回の通信機を手渡さないといけないのだが、特にカイエに渡す量が最も多いため最後に後回しだ。
「レイ、今どのくらいできている?」
「今のところ、7つね」
「そうか。セイン以外蒼いペンダントと紅い鈴のほうを取れ。レイ、あとこれを二対作ったら紅いペンダントと青い鈴でいい」
「わかったわ……」
「……何だ、その手は?」
「仕事代……」
――カチリ
「……冗談よ」
 本気で魔力を装纏していた。最低でも2、3年は眠りこみたいのかと考えてしまった。
「鉄扇を貸してあるだろうが、阿呆」
「あれ? ばれてた?」
「気づかないわけがない。臭いがお前にもしっかりと移っているんだよ」
「えと、もう少しだけ貸して?」
「はぁ、来週までに返せ」
 気づいた理由は勘だ。人の行動を見ていれば大体のことはわかる。特に隠し事をしているということは行動でわかりやすい。物事を観察していくことは基本であろう。
「な、俺のは?」
「お前には必要ないだろうが」
「……今バカにした? バカにしたろ?」
「いや、そんなわけない」
「嘘つけ!」
「ついただろうが」
「私が悪うございました」
「……なってないな。それが謝罪のつもりか?」
 こういうとき私には丁寧に謝るのが常識だろう。少なくとも、私は謝ることすらしない。己の非を認めるだけまだましにしておこう。
「リヒトよ。クロセルにも渡しておきたいのだが、良いか?」
「好きにしろ。それはお前の自由だが、信用に足る者にのみ渡せ」
 この後いくらかの細かな指示を出し、注意点を言い渡した。それからすでに寝入っている陽光を引きずって彼の部屋に行き、そこで着替えをいくらか持った。ここは確かに今の私の部屋よりも広いが、以前の私の部屋のような装飾が施されているため私にとっては居心地が悪すぎる。というわけで寝る場所は勝手ながら私の部屋に決定した。
 一度寝ると当分起きない陽光をベッドの上に放り投げ、私は毛布にくるまり、床で本を読んだ。私の寝室には毛足の長い絨毯が敷き詰められているためこれだけで十分な保温効果を期待できる。
 というより陽光と同じベッドで寝ると明日何があるのか分からないのでできない。明日の日の出を無事に見れるかどうか、というぐらい危険だ。
「…………やはり、アレいるなぁ」
 傍らにはアークが置いている。ここはすでに戦場なので武装を手放すことができないのだが、あの鉄扇を手放してしまった。しかし手元にないのは仕方がない。どうにかするだけである。
「……ん」
 ここらの精霊魔法は主に二つに分けられる。詠唱魔法と紋章魔法だ。
 紋章魔法は正確に魔法陣を思い描くや書いたりすると発動できる仕組みになっている。今晩レイヴェリックが使った結界の発動方法も紋章だ。
 詠唱魔法のほうは文字通りのものである。魔法の発動に慣れるとさらに魔力を消費するが無詠唱でもできるようになるので、熟達した魔法使いは詠唱と紋章に差がない。
 ただ多くの魔法使いは詠唱のほうを使う。紋章は正確に寸分たがわず魔法陣を描かなければならない。それができない人が多いそうだ。
 この難しさの分利点もある。一つは魔力消費量が詠唱に比べても少ないこと、魔法人を描くだけなので即興でアレンジしやすいこと。兎に角早く、発動まで約百分の5秒まで短縮できることだ。
 本当に魔法を使える人はことらを愛用している。参考文献はアルド・ドルチェッド著、“魔法とは何か”である。
 残りの部分には基礎的な魔法の詠唱とその陣が書かれている。詳しいことは明日レイヴェリックに聞けば良い。私はやっと寝ることにした。

 
 
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