第四話
「力の代償」


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 それから三日後。
 伝令兵によるとセイン率いる第五軍の進行速度はかなり遅いらしい。そこらにいる敵国の兵に支配された小都市を奪還していっているので遅れているそうだ。
 それはこちらとしてもありがたい。陽光の習得速度が思いのほか良いのは良かったことなのだが、それでも時間が圧倒的に足らないのである。もっとゆっくりしていてもよい。
 さて、そんなこが書かれている手紙を捨てた私は優雅に紅茶でも飲みつつ本を読んでいる。暇なので属性について少し語っておこう。
 この世界の六属性は、火が強まると焔、水が強まると氷、地が強まると重力、風が強まると雷属性と変化する。そしてそれらは上級属性と呼ばれ、第五位の精霊からその上級属性の性質をもつものがあらわれる。
 しかし、光と闇はどれだけ強まってもそのままだ。その代わりとして火属性は光属性に近い性質を帯びているので光の親和属性とされる。闇属性の親和属性は氷属性と重力属性だ。光属性は火属性と焔属性を持っているのに対し、闇は上級属性を二つが親和属性だ。
 風属性は上級属性であったとしても中立を保っている。
 さらに光はかなり特殊な属性である。この属性は闇属性のように時々現れる珍しい属性とは違い、使徒や導師などの特殊な立場にある方やその血系しか扱えない。その上血系は年を重ねるごとに光属性の力が弱まっていく。
 光属性にはそれほどの攻撃魔法はなく、防御魔法や補助魔法が充実しているが、数少ない攻撃魔法の威力は最強の威力を誇る闇属性と比肩し、闇属性の攻撃よりも範囲は狭く、一転突破と言ったほうが良い攻撃性能だ。
 私は光属性も扱える。陽光ほどの加護は持ち合わせていないが、陽光の加護のおかげで支障はない。大きな加護を持つ人が他人に一定の属性の加護を与えることはできるが、そんなことができるのは本当に数が少ない。せいぜい六人の巫女と陽光だけであろう。
 六人の巫女については関係があった時に語るのでしばし黙っておいてもらいたい。ちなみに陽光の加護でできることは光属性の精霊王に"挨拶"できる程度である。それも完全に体に馴染んでからであって、今はまだ第七位の精霊すら満足に使役できない。巫女などから加護を受けてもここまで行かないらしい。無意味にすごいな。
「……どうした?」
「本当にあなた方は化け物じみていると思っただけよ」
「こうでないとこんな所で生きていけないからな……理不尽な世界には同様に理不尽さで相手するのが一番さ」
 レイヴェリック曰く、私たちの魔法技術習得速度は千年に一人いたら奇跡というほどのものらしい。それでも足りないのがこの世界だ。全く、面倒なものになっている。
 そして今、陽光はというと、眼下にある鍛錬場で正規兵に混ざって正規兵よりきつい肉体強化を行わせている。その鍛錬には強化の術式を使ってもよいとしてあるので割と楽そうに思えるが、ある行為のせいでそうもいかない。
 その行為というのは常に魔力球を生成し、操ることだ。魔力球にも意識を向けなければ勝手に散っていってしまう上、このトレーニングは強化がなければやっていけない内容である。
 ということで、一度に三つのことをしなければクリアできない。それが以外と一般人には難しいらしく、陽光でもときどきどれかができていない。
 ちなみに強化はただ対象に魔力を流すだけでもできるが、術式を使ったほうが効率は良いとされる。しかし陽光のような規格外なまでに魔力量が多い人たちにとって術式を使っても使わなくともそう大差はない。
 むしろ、使わないほうが別のことに集中できるため都合がよい。また、術式を使わないほうの強化は制限が比較的ない。つまりたった一つの行為で多くのものを強化できる。しかし術式のほうはそれを強化しやすくしている面もあるので、使いやすい方、用途に合った方をお勧めする。
 ただしどんな肉体強化であったとしても強化しにくいところがある。それは五感だ。感覚のほうはただそれを強化すればよいというわけでもないので、構造的に結構ややこしいところがあり、多くの人が不完全体を行使している。
 かくいう私もそうである。何にせよ、どんなものでも魔力を流せば強化できるというわけだ。ただし、各々のものには限界量というものがあり、それを超えると壊れる。強化しすぎて五感を壊したという人も少なくは無い。
「も、もうダメ……」
「あとたったの十回だろう。やれ」
「うひー」
「十、九、八、……七、……あ、これはダメだ、…六、…五…」
 陽光は腕立て伏せをさせられている。そんなにも多くはなく、たったの300回だ。倒れたらレイヴェリックに頼んで回復させ、また続きをさせる。おかげで何日もかかるものをたった一日で会得できている。彼の力のほうもやっと剣を持てる程度になった。
 今のところ8セット目。セット内容は200mダッシュを20本、腹筋背筋腕立て伏せを各100回、その後、正騎士の方々に協力してもらい、重量強化し、無駄に重くした木刀で打ち合い、その間魔法で作った魔力球20個を維持し続ける。魔力球を1個でも消したらまたセットの一からやり直しと非常に生温いものである。本来なら最初からやり直しとしたかった。
 私ももちろんそれ以上のものをこなす。それはダッシュのときなど、必要最低限部分だけを強化するほうが肉体的にも精神的にも負担は少ないというのを陽光は知らないので、彼はあそこまで疲れている。
「てかさ……これの意味あるの?」
「魔力の扱いを上手にするにはちょうどよい。いいからさっさと続けろ。早く終わらさないと菓子がなくなるぞ」
「君だけ優雅にティータイムを楽しんでいるなー!」
 そんなセリフを無視しつつ、レイヴェリックと茶を楽しむ。この世界では甘いものは高級品であるためこのようなお菓子類は高いのだが、この国は砂糖きびが取れる国と交易しているので割と安く買える。
 ちなみにその国は割と遠いところにある。そんなところと友好関係にあるのはおかしいのだが、昔いたかなりの発言力を有したある甘党が菓子について文句を言ったが為に結んだ友好条約である。その程度で結ぶのか?
 優雅に茶を楽しんでいる間も百の火球を操作しているのだから文句は言えないだろう。そのうえアークの改良まで手掛けている。薬莢の排出機能がなかなか上手く走ってくれなくて難攻している。手動でも行けるようにしてあるのだが、それは戦闘時面倒な面が多々あるのでセミオートで行かせたい。正直スプリングのあたりが面倒。練成術でいくらかは楽になったが、それでも一向に上手くいかない。
「お、終わった〜……」
「……行け」
 火球をへばる陽光に向けて放つ。狙いはそれほど正確につけてはいないので命中したものは少ない。弾幕の意味合いとしてならこれは十分なものであろう。
「の、わああああ!」
 急な攻撃に対し、陽光はあわてて待機させていた光球を円形に広げて盾にし、身を守る。自分に当たるコースにある火球のみを的確に防ぐその技術からかなりの進歩がうかがえる。光の盾一枚につき火球が一つ相殺される。守護用でも攻撃用でもないのでそんなところだ。
 もしもこの火球に攻撃の術式が組み込まれていたなら、あんなうすい膜一枚ごと気では防げない威力が出る。人を殺すには物足りなくとも軽症ぐらいは与えられる。今回はそんなこともなく、ただ熱いだけだ。火傷すらしないような火球である。

 
 
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