第四話
「力の代償」


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 手首のスナップだけで投げた棒手裏剣は陽光の脇を駆け、私が狙った何かに当たる前に障壁によって弾かれる。しかしそんなことは予想の範疇だ。すでに次の手は打ってある。
「――なあっ!」
 三本の棒手裏剣に創ると同時に刻印で組み込んだ術式を発動させる。あの形はただその形を取っているにすぎない。本当の魔法はここから始まる。
 手裏剣が地面に刺さるとほぼ同時に捕縛の魔法が発動する。このように命令を下すのは遠隔魔法の基本だ。本来ならその場所に陣を出現させたりそこで魔法を発生させたりするのだが、これはそれほど変わっていない。
 今回使った魔法は風の初級捕縛魔法。風の矢の性質変化によるもので、名前は"風の鎖"。攻撃能力を失った代わりにつかまったら動けなくする。おまけに、二度も繰り返すが、風は発動から軌道までのタイムラグがゼロに近い。その上至近距離で発動されたのだから避けられるわけがない。反応することすら難しいだろう。
 故に当然そのものは捕まった。かなりの魔力を込めたので、三本とはいえど解呪には手間どうだろう。ちなみにもし当たったら棒手裏剣の特質上本当に刺さる。それから縛られる。
「……どこのガキだ?」
 繋がれた鎖を手繰り寄せると見事に子供がかかっている。風の鎖で猿ぐつわをかまされているしょうもないガキである。少しは抵抗(レジスト)をしたほうがよいと思う。むしろしてほしかった。もしレジストしたなら次の魔法が起動したというのに。勿体無いことをさせてくれる。
「……どこかで見たような面構えだな……」
 陽光はこの魔法に攻撃する意思がないことを知ってか解呪しようとしない。
「……ぁあ、アルフレッドだー」
「誰だそいつ?」
「アルフレッド・ギア・インジスダルク、セインの息子の一人だったかな……リヒト、何しようとしているの?」
 何とは見ての通りもっとよく確認しようとしているだけだ。とはいっても今となってはすでに過去形だ。
 確かに個々の造形こそあの思考不足に似ていないが、その雰囲気と髪の色は確かにセインの息子であることを物語っている。
「確かに、あの赤のガキだな」
「赤いよねぇ」
 何か言いたそうなので口の部分だけほどいてやった。
「貴様、何すん」
「……OK燃えるゴミ。Let's go」
 後ろに捨てる。繰り返すが、ここは三階にあるバルコニーであり、下は石畳だ。そんなところに頭から突っ込んだらきっと物理的にトマトなことが起こるだろう。悲鳴を上げないのはきっと度胸があるからではなく、口をふさがれているからだ。
 沈黙を保ちつつ落下していく赤髪を私は放っておいた。ちなみに、私はまだ魔法を解呪していない。
「まああれだ。簡易バンジー」
「ヨーロッパのほうでやったあれは怖かったね〜。もう少しで渓谷の壁に当たるところだったよ」(凄く遠い目)
 この世界ならそれ以上の高度からでもできるだろう。スプリングにかかる――ここでは風の鎖だが――それの抵抗がほとんどない。そのうえ荷重限界は使用者の魔力によりけりであるため際限がない。長さも限界はない。
 今回の風の鎖には伸縮の特性を与えておいたのでこんなこともできる。普通の風の鎖ならばそうはいかない。確実に急制動して彼のあばら骨などは複雑骨折をし、内臓は圧迫され、潰れる。反応がなくなったのを見計らい、物体を引き揚げる。巻き上げるのではなくただ単に鎖の長さを短くしているだけだ。そして鎖の先には案の定死体のようなものが一つあった。
「……死んで腐った魚の目……」
「元獣の成り損ないと言ってやれ」
「……フォローになっていないよそれ」
 それでその死体はどうするのかというと、何かしたのは覚えているものの何をしたのかを忘れた。ただその日の晩からは彼が怯えた目で私を見るようになったことを覚えている。また風の鎖を見せると震えだす。
「ふう、甘さが体に染みる〜」
「……チ、それが最後か……」
 気づいたときには彼が残り全てのクッキーを食されていた。それほど彼は精神をすり減らしたようだが、全くその変化を感じられない。ということは、彼は自身の身に潜む力のすべてを扱い切れていないということだ。そちらのほうの鍛錬も入れたほうがよい。
「……なぜ土下座している?」
「今考えていることをやめてください! 後生ですから!」
「それは……無理な話だ」
 使えない力は身を滅ぼす。ならば使えるようにすればよいだけの話である。彼の利用価値はまだ生きているので死んでもらうにはかなり惜しい。
 それなりに回復したので、私は席を立った。陽光はまだまともに動けるようではなさそうなので、レイヴェリックに護衛を任せておいた。
 私個人でもやることはあるのだ。時間があるのでそちらをしよう。私が老王に掛け合って手に入れた隠し部屋の一つに行く。このような部屋の存在をレイヴェリックや陽光などは知ってはいるが、その入り口までは私以外は知らない。巧妙な所に入り口を設置してあるのでほとんどの人が気付かないのは無理もない。教える気もないので、気付くのは奇跡の技だろう。陽光ですら気付けないのではなかろうか。
 ほぼ全ての隠し部屋のジャミング効果のある結界が常時張られているので、私がいるというのはわかっても場所までは知覚できない。
「さて……3つしかないのは心細いな」
 あるものを今制作しているのだが、それはかなり難航している。材料は比較的手に入りやすく安価なものばかりだが、加工にかなり面倒臭さと難しさを併せ持っている。手順の省略などができない上、一日の生産できる数量も限られている。しかもそれら全てが完成するとは限らないのだ。
 10で十分ではと思われるのかもしれないが、これは確実に消費物なので一度使いだすと一気に消費してしまうだろう。
 種類のほうもかなり豊富なので作る量もかなりある。そのくせ種類によってやり方が全く違う。同じところは魔力の保存方法と形のみだ。それでも使えるものだから作らざるを得ないのだ。
 そして12まで作り上げたときに夜を知らせる鐘の音が聞こえた。この鐘の音が聞こえるとなると兵士用の食堂は閉まったということである。
 仕方ないが、王侯貴族用の食堂に行かないといけないというわけか。慣れない作業のために魔力を消費しすぎたので、食事をとらないと明日がまずい。慣れたらほんの数瞬で組めるものだ。
「リヒトー! 今日はこっちで食べるの? 珍しいね」
「ああ、こちらで食事をしたくないが何か食べないと明日がやばいのでな」
「……本当に珍しいね。何があったの?」
「何でもいいだろ」
 その日の食事は確かにおいしかったが、かなり不快感を催すものだったと特筆しておこう。エリュシオンが陽光が親しくしてくる私を睨んでいたのもある。
 料理がすべて油濃かったせいもあるが、何より偉そうな無能者が料理の味を鈍らせていた。

 アーク・フルドライブモードで私の全魔力込めて放つと理論上では擬似空間断裂が起きるんだよなぁ……はぁあ


 
 
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