第四話
「力の代償」


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 木剣にレイヴェリックにすら極秘裏に刻印した術式を発動する。アークを調べて分かった精神との疑似融合も刻み込んであるのでジャミングが掛けられていようがなかろうが使えるようにしておいた。
 急に作った割には凝りすぎたため、今日の鍛錬はできなかった。実践があるから必要ないと言えばないのだが。
「…………解式、"終わりし終焉"起動」
 ばれないようにと別の術式に見えるように組み替えたため、パズルのようになってしまった術式を組みなおす。
 今から使う術式に必要なものが陽光からの許可であったため、こういう形にして渡しておいた。それを陽光が私に貸すということは陽光がこの術式を使うことを許したということにあたる。これの存在を彼が知っていようが知っていなかろうが関係のない話だ。
「解除コード…………
 ――――承認」
 解除コードは明かせない。そのうち明かさなければならないものなのでその時を待っていてほしい。私が求めるものとはまた違う副作用がこの術にはあるので、それを攻撃に使わせてもらう。
「リヒト、まだなの!?」
「――樹は盛りの時を迎え
 ――狂乱の宴を開く
 ――我は木霊を謳いしもの
 ――天を謳いし風精よ
 ――我が声に導かれ
 ――ここに樹と宴を開け――」
 この詠唱を聞いた瞬間にレイヴェリックは顔を青くし、全力で後方に立ち去った。
「ヨーコ様! そこは危険です! 早くこちらへ!」
「――え?」
 この程度の魔法で陽光が死ぬわけがないと私は確信しているので、遠慮なく魔法を放つ。魔法を放つことができるのはこの木剣に刻印された魔法のせいで私の魔力が格段に上昇したため、ジャミングが内側から壊されたからだ。
 急に増加するものだから制御できずに多くが外に放出される。そのうちの一部をこの魔法にあてがっただけである。
「――天地の宴」
 これがその魔法の名前である。属性は地属性だが、厳密には樹属性である。それと風属性を合成した魔法だ。既存の範囲魔法であり、洒落にならない暴風による魔法攻撃と急に生えてくる樹木の物理攻撃の二段構えだ。敵のほうは全員この魔法に巻き込まれたため気絶したようだ。誰一人として殺していない。
「うわぁ、さすがだね、リヒト」
「無傷でいるとは思っていたが、お前がそんなことするとは思わなかったよ」
「えへへ、すごい?」
「ま、そこそこな」
 私が渡した氷の剣の能力を使って氷の檻を作り、そこの中に入って事を過ごしたようだ。あの剣は“冷域”から作っているので当然冷域の能力も存在している。開放したのは第二段階ぐらいだろう。
 第三段階を使われるとひどいことになる。あたり一面氷景色どころではない。それ以前に止まってはいけないものが止まる。
「……リヒト、その腕は、何?」
「ああこれか? ……代償だな。今後必要になる力の代償」
「そんなの、僕は望んでいない! 何でそんなことをするのさ!?」
「俺が必要だと知っているからだ。お前が望んでいようがいまいが関係ない。それに……お前だけではない。何とかしないといけないことは」
 納得いっていない顔をしている。そんなにも私のこの左腕の現状が気にくわないのだろうか。今は確かに傷だらけで使えないが、放っておけば傷痕すらなく治るものである。それほど深い傷ではないので2、3日もすれば治るだろう。
「……後でたっぷり怒るから、今は……」
「ああ、あいつのところに行ってくる」
「覚悟しておいてよ。今回はかなり怒っているから」
「気が向いたらしよう」
 その前に私はレイヴェリックのところに行った。まだジャミングの後遺症のせいで何の役にも立たない。彼女は私の腕を見て、それから私を見てこういった。
「……何をしたの?」
「世界と繋がった。術式を組み立てることが面倒だったな」
「バカね、そういう魔法はもうあるのよ」
「知っている」
「禁忌だけど。二度と使わないで頂戴ね。そういう魔法は命を壊すこともあるから。それに、もしも教会に使ったことが知れたら死刑よ」
 だから陽光はこの魔法を私に使わせようとしなかった。しかしあの行為をしないと今後できないことがたくさんある。
 あれは邪道のほうであり、正攻法は一応あるのだが、その正攻法をするのはかなりの時間と労力と人材を必要とするのであまりしたくはない。成功するかという点はこれと同等ぐらいの確率しかないせいもある。利点はせいぜい死なないというぐらいだ。
「本当に、バカですね。呆れましたよ」
「お前のほうがバカだろうが。さっさと敵の"狂歌"にかかりやがって、もっと対策を打て。最悪を仮定しろ」
 "狂歌"というのはあのジャミングのことである。わかりにくい名前だが、魔法使いのうちでは割と知れ渡った名前である。驚くべきことに、その魔法は最近にできたものであるのにすでに多くの人が使えるようにしている。
 しかし、かなり制御が難しいため、ほとんどの人がその名前と表面上の効果しか知らない。
 私はレイヴェリックに左腕の止血をさせつつ、エリュシオンの位置を探った。王都内にいないとかなりまずい。この王都から出ているということはすなわち敵に捕まったということであるからだ。
 護衛をカイエに頼んでつけさせているのでそうたやすくは捕まらないだろうが、そこは分からない。何せ相手にここまで侵入を許したのだ。今一信用に足らない部分がある。それに四六時中護衛できているとも限らない。
「……結界が張られているのか?」
「わからないのですか?」
「残り香なら……わかる。とりあえず、行ってくる」
「あ、リヒト」
「何だ?」
 窓から外に出ようとしたところを呼び止められた。振り返るとそこには素敵な笑顔浮かべた陽光と聖母のような微笑を浮かべたレイヴェリックがいる。その光景はあまりに怖い。寒気がする。
 というより、何で陽光の背中に修羅が、レイヴェリックの背中にはメドゥーサが浮かんでいるんだ?
「あとでそれを使ったこと、怒るから」
「私の扱いに不平不満を訴えるから」

「「覚悟してね?」」

 二人揃って言い放った同じセリフを私は無視して外に飛び降りた。あれは返答しないのが正解だ。
 久方ぶりに恐怖心を感じさせたあの二人の憤怒に素直に驚きつつ、私は先を急ぐ。向かう先は商店街だ。その場所にエリュシオンの魔力の残り香があるのを風の精霊を通して感じた。
 それが途切れているところまで行ってみるしかない。私は可能な限りの強化を施し、人目を避けつつ夕暮の空を駆けた。

 
 
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