第四話
「力の代償」


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 もしもこの残り香が魔石に溜めこませた彼女の魔力を漏らしたものであった場合、彼女はそこの付近にはいないことになる。私は城の門番にいる衛兵と挨拶を交わした。
 すでに私は大半の騎士と戦い、打ち負かしている。彼らは下手な装備をしていないが、ほぼ一撃の内に私は彼らを沈めたため、彼らは私に畏怖と畏敬を持っている。その時はただ単に実験台がほしかっただけだったりする。
 そういえば今日もエリュシオンは学院があるのだ。となると学院への登下校道を狙われたと考えてよい。かなり念を押して注意するように言っておいたので城の近くに来た時か、もしくは全ての講義が終わった時を狙われたのだろう。
 私は彼女の登下校道を思い浮かべ、そのルート上で今の時間帯で人気がないところを洗い出す。自分ならどこでどうやって拉致するかを考える。外壁に近いところが好ましい。
 学院にいる間は無事でいさせていない場合、仕事を増やさしてくれたお礼に学院を潰そう。もしも学院の教授が敵側の人間であるなら可能な限りの苦痛を与えてやる。
 陽光を取られたらかなり困る状況に立たされるからだ。何が楽しくて私が使徒などをやらなければならない。それにしても探すのは面倒だ。
「……これは……どうしてこう面倒なことが起こる?」
 エリュシオンは仮にも一国の姫だ。陽光との交換条件としては上玉である。いや姫であろうとなかろうと、陽光と関わりのある人なら、たとえ使用人であっても彼は喜んでその首をささげるだろう。
 だから当分の間徒歩での登校を控えるようにと言っていたのだが、あのバカ姫は何一つ分かっていない。私のように友を作らないのではないから大丈夫だと思ったのだろうか。やはりどこのバカも一度は殴っておくに限る。
 残り少ない魔力をなるべく戦闘に使いたかったのだが、そんなことを言ってられないほど彼女は下らないことをしてくれた。私は人目に付かない路地裏に隠れる。
「聞こえているだろ……見せてくれ」
 大気に話しかけても意味がない。それはすでに試したことだ。というわけである者に尋ねてみる。彼なら私がまだ理解できていない事象ももしかしたらわかるかもしれない。特に彼女のことに関してならまだ分かっているだろう。主に捩れ狂った本人も認める醜い感情で。
 体が捩れ曲がって溶けていくような感覚に襲われ、私はある光景を見た。その光景はこの王都内の光景だ。この近くの人どおりにない裏路地が舞台である。城壁のそばにあるということまでわかった。そのぐらいさえわかれば私にとっては十分だ。強化とその反対の弱化を駆使し、身体能力の限界性能を出させる。
 弱化で痛みを、そして肉体にかかっているリミッターの効果を限りなくゼロにしている。後で筋肉痛になること間違いない方法だ。

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 部隊の近くに着いた私はそばにある家の屋根に飛び乗り、状況を詳しく理解し始める。数は5人しかいないが、その人数では成功したとしても足らなくなる。
 エリュシオンは実際のところ下手に傷つけて捕まえるべきではない。下手しなくとも国ごと滅ぼされる。どうして私がそんなことを知っているのかというと、どういうわけか私は無制限の知識を持っているからだ。持っているといっても、理解しているものはその中の一握りであり、理解しているもの以外は分からない。理解するときというのはランダムなので、時々自分でも知らないようなことを分かっているときがある。あのとき使ったのもそれの一つと思ってよい。
「――やぁ!」
 エリュシオンは今、5人の敵に囲まれて苦戦している。五人に囲まれているので無詠唱魔法しか使えないのだろう。しかし無詠唱魔法には集中力と時間が必要であるために邪魔されたらそこで強制終了の魔法であるから、この状況では使いづらい。
 即効性のある紋章魔法の一つや二つは習得しておくべきものということを知らないのだろうか。レイヴェリック、アレは教えておくべきことのはずだ。
 と、そんなことはどうでもよく、私はアークを構えて地に降りた。今現在私は左手を使えない上、魔力が足らなくてそこまで強い魔法は使えない。
 だが、それでも彼女よりは戦える。少なくとも氷で作った槍で応戦している彼女よりかは。そろそろ凍傷になるからその武器を捨てたほうがよいと思う。
「――桐、華を結べ」
――バチィッ!
 アークの刀身に翡翠色の稲妻が走る。今後のことに戸惑いはしない。私は今できる最善の行動を選んで実行するだけだ。
「迸れ、装雷――紫刃!」
 私がその言葉を唱え、アークを振ると同時に雷は強大なものとなり、切っ先から迸って敵の一人に向った。龍のようにくねるその雷は的確に敵を喰らう。
 "装雷"の第二段階開放時の攻撃技だ。遠距離攻撃用であり、その速度は放つと同時に到達するほど速い。さすがは最速を誇る光、闇属性と肩を張る属性だけはある。しかも威力も十分なものである。魔力消費量はかなり少ないので、本当に組み上げておいてよかった魔法だ。
「え? あ、リヒトぉ!」
「――逃げるぞ、バカ姫」
 まだ強化するぐらいの魔力なら残っているが、装纏魔法の第二段階開放ができるほどの魔力はない。第一段階ですら5分持たせるのがやっとであろう。
 私はアークをしまい、エリュシオンを抱えると屋根に飛び上がった。ここでは割と戦いづらいのだ。アークは基本直線攻撃であるうえ、道幅が狭すぎて縦にしか振り回すことができない。
 周りを破壊しても問題がなさそうな場所に逃げる。
「逃げずに戦いなさい!それでも騎士ですか!?」
「俺は騎士じゃない。そんなものはカイエにでも頼めアホウ」
「私はアホではありません! そんなことより、こんな」
「煩い。それより――」
「何です?」
 後ろからは思った通り4人ついてくる。紫刃を喰らって無事でいられるわけはないか。むしろ無事でいるな。
「……重いなお前。少し太り気味だぞ」
「なっ! 花も恥じらう乙女に何ということを言うのですかー! しかもこの状況で!」
「あと、黙らないと舌噛むぞ」
 屋根の上から急下降する。今まではほとんど平行移動だったが、それが急に下降するので下手をすれば舌をかむというわけだ。
 割と広大な公園を見つけたのでそこを今回の舞台にした。すでに日は暮れ、その公園には人気はない。肌を刺すような寒さを孕んだ秋の風が心地よく、熱くなった体を冷す。
 地に降り立ってすぐ、エリュシオンを離した。彼女はまさかそんなことをするとは思っていなかったようで、間抜けなことにも尻餅をついている。敵がここに来ていないうちに私はあることをした。
 あの魔法を使うと陽光がかなり我儘になるからしたくはないが、時と場合によってはしなければならなくなる。
「……貴様、何者だ?」
「何、ただの――化け物さ」
 そういうと後ろに回った敵に火属性中級魔法"緋燕葬火"を放つ。この魔法は追尾性があり、火属性にしては早く、その分制御が難しい魔法だ。当たると爆発する範囲魔法である。死にはしない程度に威力は押しとどめておいた。
 ちなみに、この魔法は確かに私が制御しているが、私が使ったわけではない。今排出された銃弾に刻まれていた魔法だ。銃弾には魔力も込めいているので魔力なしで使うことができる。これを作るのに苦労したわけである。
「ハッ」
 魔法による爆風でさらに加速し、反対側にいる敵に攻撃を仕掛ける。飛び蹴り――アークの拡散射撃――蹴り――斬撃斬撃斬撃……それから後退。エリュシオンが狙われたので後退して守りに入る。
「それは捨てろ」
 若干紫色を帯びている彼女の手に握られた氷の槍を打ち砕く。凍傷になってでも戦おうとする意気込みはいいのだが、技術がその身に追いついていない。氷罪・冷宮で槍を作ってやりたいのだが、先も申したようにそこまでの魔力はまだない。
「何をするのですか!」
 私はそんなエリュシオンの言葉を無視し、あることのために攻撃する。

 
 
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