第四話
「力の代償」


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「あと2発か」
 アークに残っている2つの魔弾、それだけで魔法を使うことのできる刻印弾を思い出す。一つは防御魔法、一つは捕縛の魔法だ。
 今のこの状況、傷一つ付けてはならない荷物があるうえに4人対1人+枷では戦いづらい。この荷物がなければ私はもう勝っている。故に残りの三人を一瞬で蹴散らす攻撃方法を取りたい。しかしその攻撃方法を実行するには少量ながら魔力を必要とする。その必要な魔力量は私が今保持しているもののおおよそ十倍なので、はっきり言って足りない。
 ではどうやって魔力を手に入れるのか、それが陽光が我儘になる原因なのだ。彼が我儘になっても面倒ではなくうっとうしくなるだけなので、耐えられないことはない。そんなことよりも、ここで彼女を完全に守らないほうが正直面倒だ。傾国? だったら良かった。ぐらい。
「もっとちゃんと狙って使いなさい! 全部はずれましたよ!」
「魔力がなくてこれ以上の魔法はもう使えない」
「……役立たず」
「お前のことだ」
 この原因を作り上げた張本人が言える言葉とは思えない。2対3、もとい1対3のこの状況で有効打を与えないことは確かに苛立つのだろうが、私の尋常ならざる精霊の収集を見たほうがよい。今のこの場にはかなりの風の精霊が存在している。
「――さて……場は整った」
「何だこれは!?」
 装填されている弾の順番は私の意志で変えられる。相手は魔弾の内容を知らないのおかげで誰にも悟られずに氷属性の捕縛魔法"凍て付く大地"が使えた。これのおかげで時間がたくさん稼げる。
 その時間で逃げるという選択肢もあることにはあるのだろうが、生憎彼らも逃がす気は毛頭にない。私は彼らが動けないのを確認し、魔力を手に入れるために代償行為を行った。
 何かを手に入れるために何かを犠牲にするという代償行為だ。そう、手に入れるには失わなければならない。その術式を組上げるためにこの緊迫状態を保たせていた。
「――我は我が血を持って汝の渇きを満たさん――我は汝の血を持って我が渇望を満たせ」
 左腕の塞がってしかいない傷痕があやしく光り、赤黒い煙を吐き出していく。私は私の体を流れている何かが血と混ざって急速に減っていくことを感じつつ、魔力が回復していくのを感じた。少し意識が浮遊感を持ち始めた。
「……――世界の果てを見し風よ」
 エリュシオンを外に蹴り飛ばし、防御魔法の魔弾を当ててから詠唱に入る。この魔法はまだ使い慣れていないので無詠唱ではできない。集中力というよりも、傷の痛みと無理をしたせいで集中力もかなり危ういため紋章も無理。よって詠唱以外使えなかった。上空へと飛び上がる。
「――汝が牙を防げるものはなく
 ――地を這い天を駆け
 ――獣王無尽に食らいつくす」
 精霊が召喚に応じて形をあらわす。色が翠ということから風属性であることはもう相手にも分ったことだろう。その因子がアークの刃に集い、眩いばかりの光を放つ。

――コンナモノカ?

 通常の精霊の輝度はぼんやりと淡いものであるから、この輝度は異常なものである。左腕は本当に使えないのでダラリと下げっぱなしだ。痛覚が発する刺激はあまりにひどすぎるおかげで、今のところ意識を保てている。

――コノテイドノモノダッタノカ?

 今から使う技は一撃で少なくとも百人斬できた、いわゆる魔法剣とでもいうものである。

――……タリナイ
――ナニヒトツタリナイ

 周囲の大気圧が急速に減っていく代わりにアークが重たくなっていく。
「――汝が力ここにあれ」
 魔法剣、剣に魔法を乗せて発動するとその攻撃は物理攻撃と魔法攻撃の二つの顔を持つことが分かっている。そのため対魔法障壁を張るぐらいでは防げない。対物理攻撃でも同じ結果となる。両方の障壁を張らないと防ぐことはできない。

――…………

 可能な限り文献などを調べてもそんな、魔法と物理の二つの特性を持つ攻撃方法は存在していなかった。この攻撃を防ぐため二種の障壁を張らなくてはならないのだが、それは詠唱では案外難しい。紋章なら簡単にできるのだが、彼らが紋章を知っているのかさえ怪しいので威力の制御が面倒だ。

――……クダラナイ

 本来なら殺してやりたいのだが、殺すと陽光が洒落にならないぐらい起こるうえ、死にたくなるようなことをしでかすためできない。さらにいつものように使えば隣接する建物やあの城壁の破壊も免れない。この技は込める魔力によって威力と射程距離が変わる。また、経過した時間と距離が増えるにつれ威力も上がる。特に地面であると抉った時に含まれる岩石が相手に猛攻を加え、巻き込んだ風によって増える風刃が容赦なく相手を切り裂く。
「……良い加減に滅べ」
 私は身動きが取れない三人と一人に向けてアークを振った。その時点で汲み上げた術式は意味を持つ。

――スベテガクダラナイ

 超質量高圧縮の風は竜巻どころか龍そのものとなって全て等しく喰らい、飲みこみ、破壊していく。これでもまだ中級魔法が基であったのだが、そんな素振りは一切見せない威力だ。

――チリトカシテシマエ

 下から吹き上げる風のせいでやけに長い滞空を終え、地に着いた。陽光命名"断空斬"は二通りの使い方がある。一つはこのようなこと、私は断空斬・陣と呼んでいる。見ての通りの大量破壊殺戮範囲攻撃だ。もう一つはこれよりもある意味ひどい。しかしそちらのほうがこの技の本来の意味を持っている。それを私は断空斬・閃と呼んでいる。閃のほうは一撃必殺を極めた技である。それのほうではどのような防御攻撃その他諸々は意味を持てない。距離すら存在しなくなる。そう思えばエリュシオンの前でこんな大規模魔法を使うのは初めてだ。

――黙れ
――ナゼ?
――これは私が招いた結果だ
――ならば受け入れろ
――コノテイドノ■■■デアルトシテモ?
――だからこそだ
――もうここは私たちのそれじゃないんだ
――……イマハ、シタガウ
――シカシ、マンガイチノコトガアレバ
――……カクゴシテオケヨ
――ああ、しているさ

 着地できた私は失血過多と疲労、魔力の枯渇、ついでに空腹のせいで膝をついた。
「な、何てことをするのですか!?」
「……蹴ったほうが早かったから、蹴った。それだけだ」
「違います! 庶民の憩いの場である公園がもう滅茶苦茶じゃないですか! どうしてくれるのです!?」
「……ああ、やりすぎたか……生きている、よな?」
 圧死窒息死されていたりしたらかなり参る。彼らは何とか虫の息の一歩前で生きているという状態であることを確認した。
 周りを見てみると公園は本当に使えなくなってしまっている。それらはレイヴェリックに直させよう。今の私では無理だ。それにしてもエリュシオンは己の身に振りかかった痛みよりも公園のほうを大事にするとはなかなか変わった神経を持っているようだ。
「こんなにもしなくとも済んだのではありませんの!?」
「……さあ? 違う今は分からないが、ただ……」
「ただ?」
「……叫ばなくとも聞こえる。というか叫ぶなアホウ」
 どういうわけか傷口に響く。集中して体の治癒に専念できやしない。衣服を割いて左腕の肩を強く縛る。これ以上の流血は正直まずい。
 化け物と不特定多数から称される私といえどこの肉体は脆弱な人間である。力の強すぎる私が使うにはかなり脆すぎる。それに比べて陽光はもう人間ではない。あれは正真正銘化け物だ。私より格段に性質の良い化け物である。
「…それより、助かった、だろ?」
 過去はいらない。未来なんてどうでもよい。どちらも存在していないことなのだから。こだわる必要も求める可能性もそこには存在していない。
今更私のほうを見た彼女は固まった。
「なに――」
「……あ?」
 私は立つのも面倒くさ過ぎて、意外と無事であったベンチに腰かけている。
「何助かったなんて言えるのですか? あなたが一番傷ついて……助かってなんかいないというのに……どうしてそんなことを言えるのですか!? どうしてそんなにも平気な顔をなされるのですか!?」
 叫ばずにも聞こえるというのは言った。学習能力が欠片もない。殴ったら電子機器のように具合がよくなるのか?
「私は大嫌いです! あなたみたいに自分のことを何も考えなくて! 周りの人がどう思っているかも考えなくて! 他の人を信じない人が大嫌いです!」
 私は自分のことしか考えていないはずだ。だから他人のことを考えない。いや、考えるがそこには必ず自分の利害、今後のことが含まれている。他の人を信じないのは自分のことしか考えていないからだ。信じるよりも疑ったほうが話は早く済むうえ、そちらのほうが楽という点もある。大概のことは私一人で片をつけれることばかりである。ならば他人を必要としなくてもよい。
「死にそうになるまで闘って何になるというのですか!? 傷ついてまで強がって何の得があるのですか!?」
 私のような人に対してトラウマか何かでもあるのだろう。エリュシオンが言うような人、己が死ぬことも顧みずに傷ついてまで守ろうとする彼女にとって大切な人が彼女を守って死んだのではなかろうか。だから強くなろうとしているのだろうが、彼女は泣きそうになるぐらい弱い。
「生きている、だろ?」
「……はい?」
「俺はまだ生きているだろうが。少なくとも、俺は自分の生を前提に動く」
 自分を生贄にしてまで力を得た人間が何を言うかと思うが、それが事実だ。あれも生きることができると確信していたからしたことだ。
「コウの場合は他人の生を前提に動く。あいつなら敵を一人生かすために喜んで自分の命を差し出す。だから、もし、おまえらが死ぬと必ずあいつは悲しむ。
 その責任があいつになくとも、俺にあるならなおさら嘆く。下らなすぎて見ていられないほどな。
 そういうのが、俺は受けいれられない。まだ、やることが山積みにあるというのに、やらなければならないことが五万とあるというのに、この機会を逃したら二度とそろうことはないというのに、あいつが死んでしまうのは認めたくない。
 それに、俺たちは揃ってやっと人間なんだ」
「……よくわかりました。あなたはバカです」
「……お前のほうがバカなんだが、否定はしないな。異端すぎるとそうなる」
 睡魔が私を蝕んで行く。ちょうどよく陽光がこちらに向かってやってきている。この速度であるとすぐにここまでやってくるだろう。
「あなたは、リヒトはもっと自分を大切にしたらどうです?」
「……なら貴様らはもっと使えるようになりやがれ。少なくとも、使うことに躊躇がなくなるぐらい」
「あなたと同じぐらい十分使えるではありませんか」
「……そんなわけないだろうが。化け物と同一視するな。立っている次元から違う」
「それより、もっと自分を守りなさい」
「……俺は、自分以外守っていな気がするが、そう見えないか?」
「ヨ−コ様と同じに見えます」
「……貶し言葉だそれ」
 私は彼と対極すぎて同じであることは一応は認めているが、基本思想は確実に違うと思っている。
「……これで、終わり、か」
「そうですね。短い間にいろいろとありましたね」
 それが戦争というものだ。それにしても、今宵は良い新月夜だ。満天の星がひときわ奇麗に見える。
「……寝る。後のことは起きてからする。コウにそう伝えておいてくれ」
 睡魔に身をゆだね、私は気絶した。失血がかなり危険な域に達しているが気にしない。

 
 
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