第五話
「それが地獄」


<1>



 一日ほど寝込んでいたようだ。近頃こんな調子ではないのかと思ってしまう。
「損害はこの前の書簡でも述べた通りのもんだ。捕まえたものは上層部を除いて望みどおりにしておいた。これでいいのか?」
「ああ、それでいい。強制的に向こうに返したら今後こちらは嘘しか言わないと認識される。ところで……将は誰だったか?」
「あー……ジ、違うな……ボール(?)のことか?」
「ああ、そんな名前のやつ」
 根本的に違うようであながち間違っていない気分がする。どうしてだろうか?
「扱いが不当とか何とか文句ばかり付けてうるさいから今は眠らしている。まあ身代金はたっぷりとれそうだ。向こうにとってはこの戦争、完敗だな」
 左腕はまだ使えるほど回復はできていないが、このような紙ぐらいは持てる。それだけなら問題ないのだが、私は体質的に回復力など潜在能力値が異常に高い代わり抗魔能力も高く、他者がかける治癒系統を含む全ての魔法が異常に効きが悪い。
 そのために怪我などは独力でどうにかしなければならない。薬に頼っている部分もある。しかし薬に対する耐性もかなり高いため効果は期待できない。それでも完全に効かないわけではない。とはいっても怪我に利く薬なんて全く無いため全力で自分の怪我を独り治癒している。
「しかしなあ、お前一体何したんだ?」
「この左腕のことか? 世界と同調した後、さらに血を生贄にするためさらに傷つけただけだが? いや、どんな眼で見ている? 殺したくなるから死んでくれ」
「……怪我をしてもその減らず口は変わらないか……」
「なぜ変わるんだ?」
 魔力もまだ回復しきっていないが、呪い殺せないことはない。文献をあさって手に入れた知識の中の陰陽道や呪術の極みを見せてやろうか?
 点滴されるはずの造血剤のパックから中身の溶液を飲みつつ、本当にそう思った。今私は城の治療院の個室にいる。陽光に貸した鍛錬のことについてはレイヴェリックやカイエ将軍、アッシュ第二軍将軍補佐官などに頼んでいる。
 ちなみに数時間前に目が覚めるとほぼ同時にやってきた陽光に本気で殴られた頬の痛みがまだ引いていない。確実に祭りにいけなかったことに対する怒りの表れのようだが、一つ伝えておいた。私がいつ今年の、それも昨日の豊穣際に行くと行ったのか、と。そもそも豊穣際は一週間続く。ただし夜だけしかないのでここに注意すべきだ。
「セイン将軍、面接時間はもう終わりましたよ」
「はあ!? もうかよ!? ……うわ、マジだ」
「重傷(?)患者なのですから、出来る限り安静にさせてあげてください」
「ちょっ、耳引っ張るなぁ! ……あ、逃げた」
「――はい?」
 私がここにいる理由はないので窓から地面に飛び降りる。あんなところで必要以上に時間を浪費する価値はない。たった百年以下の寿命の中で一秒が今や惜しい。知っていることを理解するための時間がもったいない。
「またですかー!」
「何回目? ……え? 四回目? わお」
 飲み干した薬の空き容器はすべてベッドの周りに捨てた。明らかに人間にとっては過剰投薬なのだが、そうでもしないとまともに効きはしない。戦争するには余りに脆弱すぎ、生きるには強大すぎるというアンバランスな肉体は何かと不便だ。
 さてどこに行こうかと考えつつ、アークを構え、引き金を引いた。
「…………」
――ズズゥン……
 遠くの城壁が壊れた。それを確認せずに私はこの城壁を登った。陽光その他諸々から戒厳令を敷かれているのか、城壁にほとんどの部分に見張りがいる。そのためどこかに注意を引かせる必要があった。どうせ皆のことだから私が城壁を壊して外に出ると考えているに違いないので、その浅はかな考えを有効利用させてもらった。
 アークは私の自衛装備だ。常に手元に置いてあるうえ、刻印でいつでも私の手元に呼べるようにしてある。この身に封印が施されているならまた話は別であるが、ほとんどの場合でこの手元に呼べる。
 なお今現在着ている服は病人が着るようなものではなく、城にある服を着ている。左腕に巻かれていた包帯はすでに外し、練成術で作った手から肩、胴体の四分の一を覆うものだ。
 わかりやすく言うと、ジ●リの映画の「も●のけ姫」に出てくる主人公、アシ●カがつけているあの手袋のようなものだ。こちら用に様々な補強を施してあるので厳密には同じといえない。
 代償の傷痕はまだ赤く残っているが、血は止まっている。無理をしなければ問題はないはずだ。私が城下街に逃げていることを知った彼らは全力で私を探そうとするに違いない。ならばこの傷痕は当然目印となりうる。
 さらにはこの国では私のような黒い髪を持った者は滅多にいないのでこれもまた目立つ。故に髪は薄く長い布で覆うことで隠した。アークもかなり目立つのでフルートを入れるためのケースに入れた。どうしてこんなところにフルートなどいうものがあるのかは疑問のままにしておいてほしい。どうせすぐにわかることだから。
 他には金とコートを持って吟遊詩人がごとく街を練り歩く。この特殊な気配を隠すことにはもう慣れた。病院ではつけていた偏光メガネを黒いサングラスに付け替える。
「……おっさん、これは何だ?」
「ロイリアさ。甘いぞ」
「へえ……三つくれるか?」
「毎度。150クランだ」
 小腹が空いているので小さなラグビーボールのような形をした揚げ菓子だ。香ばしくてよい匂いがする。確かにこれはおいしそうである。一つ頬張ってみたのだが、それはまずかった。
「――アチッ」
「ハハハッ、兄ちゃん、これは初めて食べるのかい? それの揚げ立ては熱いから気をつけて食いなよ!」
「先に言え。アチチ――まあ、うん。甘いな……」
 病院ではこのようなものを食べてはいけなかった。食事制限されていたのでこういうものを食べるのは久しぶりである。全く、私を病人扱いしてもらっては困る。
 これの中にはジャム――いやどちらかというとコンポートが入っている。小さな果物なのでコンポートもジャムも見分けがつきにくい。果物の香りは良く、酸味も聞いておいしい。
 また、コンポートの中にはナッツも入っているので歯ごたえもよい。周りのパンには一切の甘味は使われていないがそれもまた良い。パンの周りにはパン粉の代わりにアーモンドを砕いたものがつけられている。確か、ここでは砂糖よりもナッツや果物などのほうが安い。これで一個50クランとは安いな。
 皮はサクリと香ばしい。使う油がよいのだろう。自然食品とは日持ちは悪いが。、いいものだ。と考えつつ、三個目に手を伸ばしていた。もっと買っておけばよかったか。
「――――」
「――ん? ……ゲ」
 前方に第二軍の騎士たちが見える。今日は彼らが見張りなので責任を取らされたか、もしくはあの石頭に頼まれて、正確には脅されて私を探しているのだろう。
 となると陽光は動き出しているのだろうか。それはかなりまずい。いくら気配を隠し、その位置を不明のものとし、生きていることしかわからなくさせているとはいえ、アレなら私の知る存在であるというのなら、そんな障害は障害にすらなれない。
 それ以前に本気になった陽光を止めることは私にはほぼ不可能である。私の力ではそんなことはできない。できることといえばせいぜい逃げ回ることだけである。

 最後のロイリアを食べる。程よい甘さが口に広がる。
 ――食事制限は、嫌いだ。

 
 
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