第五話
「それが地獄」


<2>



 私の人相は彼ら、第二軍騎士の面々に割れているとみてまず間違いない。いや手合わせをした時点でもう知れ渡っているか。私はその道をばれないように工夫して進む。
「――おい、そこの娘」
「はい、何でしょうか?」
 彼らはその通りを歩いている、フィカッロ(葱)が頭を出している買い物籠を手に提げているから買い物帰りの途中と推測できる街娘に声をかけた。純朴そうなその娘なら嘘はつかないと考えたのだろう。その娘の顔にはデフォルトのような穏やかな微笑みがある。
「このあたりで黒い髪に黒い眼をした男を見なかったか?」
「黒い髪に黒い眼、ですか? ……確か、黒い髪の人なら向こうのほうでロイリアを食べながら歩いているのを見ましたよ」
「そうか、かたじけない――向こうに行ったそうだ。行くぞ!」
 確かに私は向こう、その娘にとっても私にとっても背中の方向にいた。しかし私は今ここにいる。故についつい笑ってしまいそうになる自分をこらえながら、無能な騎士の背に手を振った。
 それにしても少しは近場にいないのか疑ってほしいものだ。あの三人はそろって娘のある一部分ばかり見ていた。厭らしい視線でねっとり胸部を眺めていた。あんな視線で見られたら私は鳥肌が起こる。
 確かにその娘は美少女の部類に入るのかもしれないが、別に職務中にそんなにも見つめなくともよいと思う。まあ二度と会えそうにないが。
 私はさらに街を練り歩くことにする。何か飲み物がほしい。そう思っても良さそうな店が見当たらないのでリンゴを買ってかじった。ふと未だにまともな食事をとった記憶がないことを思い出すとまた小腹が空いた。
 はっきり言ってあそこの病人食であるスープや温野菜はうまいことにはうまいが――ただ麦粥はまずくて仕方ないが――今一つ食った感触がない。肉がないせいで食いごたえも満腹感もない。
 リンゴを食べ終えるとそのまま捨てるのは景観にそぐわないので、火の因子と風の因子を用いて芯を灰すら残さず焼き払った。こういうときの魔法も便利だ。そもそも魔法なんてタバコの火をつけるさいにライターを忘れた時、あったら便利程度のものでしかない。
 大通りに沿ってあるパン屋でバケットを買い、風の魔法で切り込みを入れ、火の因子で香ばしさを増させる。市場で野菜を、露店でスパイスを利かせて香ばしく焼いた肉を買ってそれに挟む。
 以上即席サンドウィッチにかかった費用は一つたったの400クランとかなりお手ごろだ。ないとは思うが、もしも機会があればやってみるといい。かなりうまいことがあるから。例えば、そうだな。欧州辺りの朝市で。
 見込みと香りを裏切ってくれない食い応えを味わいつつ、病人の不当な食生活に文句を浮かべつつ、こういう日もいいなと感じた。今私はカフェでコーヒーを飲みながら食後のデザートを食べている。ここのマスターの入れるコーヒーは懐かしい味がして何によりおいしい。私の味覚に合った味である。またここの店のケーキはかなりおいしいので学院や暇になった婦女子に好評だ。それは周知の事実である。そう、私は知っていたことなのだ……!
「……そういえば、そこの学院に通っているのだったな……」
「ええ、そうですよ、リヒト」
 エリュシオンに見つかったことを除けばとても順調であったに違いない。
「何故、俺であるとわかった?」
「左腕だけ隠しているからですね。隠すなら両腕にしたらどうですか? それに……あなたの魔力はかなり独特なので」
「俺を知る人はほとんどいないと思って気を抜きすぎたか…………チ」
「淑女の前であからさまな舌打ちをなさらないでください」
「淑女を名乗るなら人に金をたかるな」
 見つめあっているのは決して恋などという幻想を思っているからではなく、正確には私は相手の目を見て話す癖があるからだけである。
「それでなんとなくわかっているとは思うが、俺の名はリヒトだ。お前らは?」
 服装からしてエリュシオンの学友らしい二人に問いかける。ケーキを一人辺り2個、コーヒー代、紅茶代その他飲み物代を総括して、私がこの三人分を奢らないといけない。
 どちらにせよ王宮から 盗んだ もらった金なので私の懐は一切痛まないが、可能なら本や魔道具、素材等々を買おうと考えていたのだが、それももう無理であろう。この金食い虫どもが。許されるならここでその存在の全てを抹消させたい。
「ルージュ・ジ・ベルクロアです。はじめましてリヒト様」
「彼女の付き人のドゥアンです。よろしく」
 ベルクロアは確か東方の地の領主総括の家だ。筆頭貴族、つまりかなり格式のある家ということだ。その歴史はかなり長く、私の記録が正しければ建国前からこの王家に仕えていた家である。その仕えていた者の名は当時の"剣聖"シグニア・ベルクロアである。
 これは事実だが彼の残した説話がすべて事実である可能性はかなり低い。例えば"剣聖"の力は血では受け継がれない。あれは様々な条件をこなした者のみが手に入れることができる力である。そのためなるにはかなりのうんと努力と才能、そして何より時間と覚悟が必要となり、今までに"剣聖"の座につけたものは片手で足りるほどしかいない。他の座も似たようなものだがな。
「……何だ? その品定めをするような眼は? 俺に何かついているのか?」
「あ、失礼しました。その……エリュシオン様があなたのことを話していたのでどのようなお方かと思っていましたら……」
「どうってことはない、そこらにいそうな奴だろう?」
「いいえ、少し――お父様に似ていると思いました」
 お父様、というとフェイトのことだろう。規律に厳しいものの戦時以外は優しく、威厳があり、座についていないのに"剣聖"と歌われるほど剣の腕が素晴らしい"故人"と聞く。死因は確か身内の裏切りより家族を守るためにその身を盾にしたためであったか。いやそんなことよりも。
「……俺はもう死人か……」
「ああ、それはとてもイイですね」
 そんなことを口走った人は殴らずにつま先を踏みつけた。私の靴の靴底には鉄が仕込まれてあるのでかなり手加減はしておいた。本気でしたら床が抜けるどころか隕石穴すらできる。
「いえそういう意味ではなくて……どこかこう、とても懐かしく感じてしまったんです。やっと逢えた。そんな気が下だけです」
「――……ほぉ」
 それはまた異な事を言う。私はフェイトとは似ているわけがない。だから似ているとは彼とは別の、私と翼似た人に会ったのだろうが、その確立は非常に少ない。何せ私の身は正しく化け物であり、そこらにいる普通の化け物ではないのだから。
 そんなことはどうでもいい。それより先ほどからドゥアンの視線がやけに痛いには何故だろうか。殺気か何かが混ざっているので殊更にうっとうしく思えて仕方がない。そろそろ剣の柄にかけている手を放してほしいものだ。
 ちなみにドゥアンの武器は一般的な西洋剣だ。装飾には凝っていない分、切れ味は良さそうである。何にせよ私のほうは武器を取り出すのに手間取る。何せこのような箱を開け、それから取り出し、疑似融合して魔力回路を形成し、魔力を流し込んでやっと使えるというのだ。それまでに彼はいったいどのくらいの攻撃ができ、私は何ができるのだろう。
 とか何とかいいつつ、アークを一瞬でこの手に召喚できるうえ、魔力注入までを千分の一秒以下で処理できる。唯取り出すのに手間取るだけで、その間に必要な時間は常識では考えられないほど短いのであった。
 はっきり言おう。私が負けることも彼が勝つこともない。それはどのような戦法をとったとしても結果的にそうなってしまう。
 ちなみに私は売られた勝負を買わないこともある。負ける戦いなんてしたくもないし、一方的に勝利が約束されている戦いは勝負ではなく唯の虐殺だろ?

 
 
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