第五話
「それが地獄」


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 そして次の日の朝10時までに私は陽光とほかの騎士らと鍛錬に励んだ。騎士はカイエ将軍のところの上位騎士であるため魔法も使える。
 本来ならレイヴェリックに魔法を教わるところだが、彼女は今日用事があって王都にはいない。彼女からは剣の扱い方などを習えないのでこういう、魔法と剣技を使って戦うときも必要であろう。もちろん相手の武器は剣だけでなく、弓や槍なども含まれている。
 近頃ようやく陽光が彼らと何とか打ち合いできるようになってきた。私は平然と将軍らと渡り合っている。そして十時半のことだ。
「ところでさ、このデジャヴは何だろうね? リヒト」
「さあな」
「こういうことがある時に限って碌な事がない気がするんだけど、どうしてかな?」
「まだ十数回しかこういうことになっていないだろうが」
「聞くだけ無駄だと思うんだけど、今回は何のためにこういうことになっているの?」
「無駄だなぁ……」
 陽光を引き連れてルージュの邸に向かっている間のことである。かなりの名家のためそこらの貴族に場所を聞けばすぐに分かった。行かないという選択肢もあることにはあるのだが、それをしたらすぐに何か面倒なことが起こるに違いない。一般人なら生きていることを後悔してしまうようなことが起こると思う。所謂人生の致命傷を受けるだろう。
 約束の時間は11時だが、念のためとあることのために少なくとも5分前にはつくように行った。
「あ、ありのままに起こっていることを話すよ!
 朝リヒトに優しく(?)起こされていつもどおり鍛錬に励んでいたら急に当身食らって気づいたら縛られて連れ去られた先は、先は…………どこ?」
「ベルクロア家の別荘の一つだ」
「ベルクロア……何か聞いたことがあるようなないような……」
「東方の領土にいる貴族の領主総取締役だ。名家の一つとして教えたはずだが?」
「…あ、何かあった気がする。で、そんなところと誰か知り合いがいるの? ていうかいつ知り合ったの?」
 そんな彼の疑問を無視し、私はドアノッカーを鳴らした。すると門のところにある小さな窓から使用人が顔をのぞかせた。
「何のようでしょうか?」
「ルージュ・ジ・ベルクロアに呼ばれてやってきた。リヒトと言えば分るだろう」
「ええ、存じ上げております。どうぞ中にお入りください。ところでお連れのお方は誰でしょうか?」
「身元は俺が保証する。一人増えると言っておいたはずだ」
「……はい、ご主人様から承っております。どうぞこちらに」
 使用人は怪しみながらも私たちを中に入れた。初めて入ってすぐになかなか良いところであると思ったことをよく覚えている。
 豪華でありながらもそんなことは一切強調せず、むしろその豪華さを隠し、庭には目を楽しませる植物が咲き誇りつつも、落ち着いた雰囲気を醸し出している。鳥は歌い、風は遊び、その中に一輪の花が――
 と、いつから私は吟遊詩人に転職したのだろうか。もう少しで私という存在がおかしくなりそうであった。いやあれは現実逃避か?
「思ったよりも早かったですわね」
「遅れると(後々のことで俺の心に)悪いと思ったからな……何だ、エルはまだ来ていないのか」
「エル……ああ、エリュシオン様のことですね。ええまだ来ておられませんわ。
 あの方がこの時間になってもまだ来ていないのは珍しいのですが、どうなされたのでしょう? ところで、そちらの方は誰でしょうの?」
 縛られたあげくの上に袋詰めされ、首から上だけが出ている陽光のことを聞いてきた。私は彼をいつまで担いでおくつもりであったのだろうか。そういうわけで彼を地に捨ておろし、拘束を解いた。
「体の節々が痛い……」
 彼なら緩く縛ると縄抜けして逃げるかもしれなかったので、強めに縛っておいた。
「大丈夫ですか?」
「うん、少し痛いだけだよ。でリヒト。ここに連れてくるならあんなことしなくてもいいじゃん!」
 縄を閉まっている私に彼は叫ぶ。
「コウ、お前にはあの入口がどう見えたんだ?」
「え? えっと…地獄門」
「逃げたかっただろう?」
「……うん、おっしゃるとおりです。で、僕は何をさせられるの? 未だに何一つ聞いていないんだけどさ」
 教えたらさらに逃げようと抵抗しそうなのであえて教えなかった。もうここまで来たら教えてもよいのだが、私が教える必要はなさそうだ。
「礼儀作法を一通り教え込むのですが、リヒト様、もしかして無理に連れてこられたのですの?」
「そうだが、それがどうかしたか? こいつには礼儀作法を一通り教えなければならなかったのでこの機会を利用させてもらっただが、迷惑か?」
「いえ、連れてくること自体は構いませんが、無理にというのはあまり薦めませんわ」
「そんな事だろうと思った……おいコウ、今更逃げようとするな」
 何事にも 逃走用の生贄 尊い犠牲というものは付いて回る。別の名称で犠牲の羊ともいう。または身代わり人形。
「いつもこれを準備しているの?」
「便利だろ」
「頼むからやめてくれないかな? それにしても見事な捕縛術だね」
 陽光の言うこれとは魔法のおかげで軽く、細く、強く、しなやかになったこの縄のことだ。片方の端にかぎ爪がついているので多様性に富んでいる。ここにきて便利になったといえるものの一つだ。
「紳士足るものそのようなことをしてはなりませんわ」
「紳士であろうと思ったことはない。さて観念しろ、犠牲の羊。と、つい本音が……」
 危ういワードがさらりと滑ってしまった。まあ良いか。そして、彼の地獄が始まりを告げようとしている。それにしても、エリュシオンは来るのが遅い。この状況からは逃れられないというのに何をしているのであろうか。
「……ところでドゥアンは?」
「確か……今は練武をしていますよ」
「ふうん……」
 道理で先ほどから空気に張りがあるわけだ。ドゥアンのさっきの制御が甘く、あたりにその殺気を放ちやすいということか。剣の腕は良いかもしれないが――弱い。
「ドゥアンって、これの原因?」
「ああそうだ。よくわかったな」
「なんとなくだよ」
 私たちはルージュに追ってこの大きな邸の中に入っていった。
 外装は内装を裏切っていない。そろそろ一部の貴族に対する偏見を改めなくてはならないのだろうか。このような良識のある貴族など極僅かにしかいないので、極一部、本の一握りの貴族に対してのみだが。

 
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