第五話
「それが地獄」


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 陽光の分の紅茶も注ぐ。それにしてもエリュシオンはまだしもドゥアンも遅いとは……いったい何をしているのであろうか。
「陽光様。失礼ですが、あなたは服を着ているのというよりも服に着せられているのではないでしょうか?」
「ああうん、まあ……そんな感じだね」
「重くありませんか?」
「これでも軽くしてもらったはずなんだけど、やっぱり重いや」
「どうしてこうも……このバカが!」
「ヘグゥ!」
 顔は跡が残ると良くないので腹を殴る。その時飛んだ唾や紅茶が誰にもかからないように風の障壁を張るのは当然のことだ。正装の替えは持ってきていないので着替えることはできないからだ。
「ウ、グ、ゲホッ…いい拳だね。腹に響いたよ。ところでさ、名前とその銃はどうするの? 見えると気づかれるよ」
「……そう言われればそうですね。銃は、ほら、見えますか?」
「……見えません。あるのはわかるんだけど……何した?」
「少し前にある魔法を作りまして、これはそれの応用です。光を屈折させる魔法ですよ」
 私は今のところ、光属性第八位の精霊を扱えるようになっているので使うことができる魔法だ。光の屈折を変化させることができる。相手に幻影を見せることもできるため、割と便利であると思う。
 私は光属性の因子を使うことができるが、光属性の攻撃魔法を行使できるほどの力は彼らにはないので扱えない。攻撃魔法を扱うには少なくとも第七位の精霊の属性力が必要だ。そのうち使えるようになるだろう。
「名前の方は……シュトラウトでいいだろう」
「シュトラウト? ……ああなるほどね。了解」
 私はもともと外国人であり、今の父親と母親が結婚したため割と名前が変動した。全て言うと面倒なまでに長いため、住んでいるところが日本ということもあり、普段はヤシロ リヒトと省略している。シュトラウトというのは父方の姓であり、昔使っていたものだ。そのため私は嘘を言っていないので問題はないはずだ。気付かれてもそれも私の名だから通すことができる。
 そんな打ち合わせも終了し、私たち三人はエリュシオンとドゥアンを待ちつつ、談笑した。このときもいつ彼らが来てもよいように仮面は付けておく。
「お嬢様、遅れて申し訳ありません」
「かまいませんわ。ああ、そうそう。紹介しますね、シュトラウト様。こちらは私の護衛騎士をしておりますドゥアン・ロンシャスです」
「ああ、はじめまして。ドゥアンと言います」
 先の自己紹介とは全く違う態度である。非常に柔らかくなっているので殴りたくなった。
「はじめまして。シュトラウト・サイフォスです」
 サイフォスというのはこの世界の古代語で旅をする者をという意味もある。故に名前では少しも嘘はついていない。もしも彼らが私並みに古代語において博識であるならば気付くとまではいかなくとも疑ってもよいはずだ。
「お嬢様とはお知り合いなのですか?」
「ええ昔の、ですが。今はまだ旅の途中でして、会える機会はほとんどありませんが」
「ほぉ……どうして旅をなさっているのです?」
「難しいことではありませんよ。私は人より少しばかり知的好奇心が強いため、知りたがり屋なだけです。それのために苦労してでもこの世界の大半の言葉を覚えましたが」
 嘘はついていない。むしろ真実に近いだろう。何せ、異世界に旅に出ており、ほぼ全ての言語を使いこなすことができる。私は笑いをこらえていることが気付かれないことを祈りつつ、応答していった。
「ところで、あなたはいったい誰でしょうか?」
「あ、自己紹介忘れてた。はじめまして、ヨウコウ・トウドウです。リヒトの代わりに来ました」
「……あの屑が……こちらこそ、はじめまして。ドゥアンです」
「よろしくね」
 誰も逆らえない笑顔が出た。私は例外だ。それにしても今一瞬ドゥアンの本音が出たのだが、その本心から見て私はとても嫌われているに違いない。たかだか一度会ったぐらいであそこまで嫌われるとは、さすがは私だ。
 そうして約束された11時を大幅にすぎた頃、ようやく来た人が一人いる。
「貴女が遅れるとは、本当に珍しいですわ」
「申し訳ありません、ルージュ様……あれ? どうして陽光様がこんなところにいるのですか? それにこちらの方はどなたでしょうか?」
「質問は一度に一つにしてください。とりあえず、こちらの方は私の旧友ですわ」
「シュトラウトと申します。以後お見知り置きを…」
「エリュシオン・レイナ・ゼノン・レーヴェリヒトです。はじめまして、シュトラウス様」
 "はじめまして"の語尾がかすかに上がった。気付き始めているのかもしれないが、演じきって騙しきって見せよう。内心でにやついている自分を殺しつつ、話を進めていく。
「ヨーコ様はリヒト様の代わりとしてこられたようですわ」
「まあそうでしょうね。あのような御方がが紳士になれるとは思いません」
ククッ……そういうわけで、ここにリヒト様はおられません」
「――あの人は!」
 ひどい言い草だ。私は微笑みつつ、そう考える。
 確かに私は紳士ではないが、紳士であることはできている。現に今もしているが、それを易々とばらすほど私はつまらなくできていない。そしてこの時ばかりはルージュのポーカーフェイスと陽光の特異能力があってよかったと思った。表情に出したりなどしたら確実に感づかれてしまうだろう。
「ルージュ様、何か約束をしていらしたのですか?」
「ええ、この形は礼儀作法にかけているので、今一度鍛えなおそうかと」
「……となると、部外者である私は邪魔ですね」
「いえ、いてくださった方がありがたいです」
 これらも踏まなければならないことだ。これらを踏まずに物事を進めていくと、確実に私がここにとどまることがおかしくなってしまう。そういう感情が出てくるのをやめさせておきたい。
「もしやそれの中にダンスの練習も含まれているのですか?」
「ええ当然ですよ……そういえば、あなたはダンスが嫌いでしたね」
「あはは、よく覚えていますね……」
 そうなのである。私はダンスはそんなにも好きではなく、むしろ嫌いなのだ。特に誰かと踊るとなったらストレスがたまりやすい。
 それなのにどういうわけか舞は好きである。特に剣舞あたりは得意でもある。どういうわけかルージュがにやついたため、私は背筋の悪寒を感じずにはいられなかった。
 何か、碌でもないことがありそうだ。

 
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