第六話
「日常風景」


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 解析開始――
 施設までの距離は大体8000m――現状のゲヴェアで打ち抜けないこともないが、魔力損失が大きい。ここは当然ツァウベルで行ったほうが良い。
 アークを握り、ツァウベルの形を強く念じた。疑似融合しているためこれだけで形を変えることができるのだ。ツァウベルの形は狙撃銃などではない。魔法使いがよく持っている杖に槍を混ぜたようなものだ。その形が私にとって最も魔法が使いやすい形態となっている。
 故にこれは中距離から超長距離狙撃用ではなく、詳しく言うと支援、殲滅、狙撃といった魔法攻撃を主としているのだ。

「これは……もう完成しているのですか!?」
「いやまだ中核を成す材料がないんだ。しかしそれももうすぐすればできるだろう」
 助手は割と熱くなっている。確かにこのドラゴンはあるものが足りない。それは竜が竜足る歴史"竜骸聖典"。運よく私も持っている。ただ竜骸聖典を手に入れるにはかなりの幸運がなければならないため、彼らは手に入れることができないだろう。
「――竜骸聖典、それが足りない」
「竜骸聖典……あてはあるのですか?」
「ある。この国にいるリヒトというものが持っていると聞いた。その者から殺してでも奪えばいい」
「そのぐらい簡単ですね!」
「ああ!」
 このとき私は本当に沈黙した。私がそれを持っているということを知られていることにではない。私を殺すことができるなど後先考えていないことどころか、それが叶うわけもないことがわからない彼らに呆れたのだった。例え私を殺すことができたとして、そんなことをしたら陽光が暴走し誰も止めることもできない。
 その上、あいつも出てきて取り返しのつかないことになるだろう。そんなことになったならこの世界は何もかもが破綻してしまう。何もかもが可能でかつ全てが不可能という矛盾した世界は非常に生きにくい。
 故に私は何があろうとも死ぬことはできない。禁忌を破ってでも生きのびてやる。生き汚いは褒め言葉。
 手に持つ杖で地面を叩く。すると私の足元を中心に魔法陣が広がった。今回使う魔法は長距離広範囲攻撃型魔法なので相手に悟られるようなこともなく、このような魔法陣を具現化したほうが魔力消費量を抑えられる。
「――カートリッジ・ロード、Ein、Zwei、Drei――」
 静かに抑揚すらなくそれを唱えた。杖の先端より下にある少し太い部分の中にあるシリンダーが回転する。この状態はカートリッジがリボルバー式に詰まっているのでそうなるのだ。一回ごとにシリンダーを覆っている部分が上下し、カートリッジを消費していることを物語る。
 それが三回あったので今回は三発使うということだ。今回のカートリッジの使い方は先ほどのように魔法を刻印して使うのではなく、その魔力を使ってアークや私の限界性能を上回る性能を引き出す。瞬間的に爆発的なドーピング効果をもたらす。
 もちろんこれにも代償はあり、一度に何回も使い続けると寿命を縮め、さらに体を内部から壊し、アークにも多大な負担をかける上、効果が切れたらしばらくの間弱体化する。そういう面では刻印して使う方がかなり安全である。
 だが今回使う魔法が上級魔法では物足りない。雷属性の特級魔法だ。特級魔法は実質的に禁忌魔法であるが、そんなことは逐一気にしない。私が使えるなら問題はない。使えない者のことは考えてはいけないのだ。ただ今の魔力量では足りないのでカートリッジを使い、上乗せしてわけである。
「――目標指定ターゲット・ロック――」
 私の前にも私の身長以上に大きな魔法陣が現れる。中心に最も大きなものがあり、それの中心を中心とした正三角形の頂点の位置を陣取るかのように三つの小さめの魔法陣が浮かぶ。小さいといっても腕の長さぐらいはある。
 小型の陣は大きな陣の端を回る。紋章魔法なので長ったらしい詠唱は必要ない。特級魔法の発動までの時間がかかるのが問題だが、この距離では施設の研究者たちは私の存在には気付きもしないだろう。
 先が二股に分かれた杖を前に突き出す。二股の槍の間には雷が迸っている。各陣の中心に光が集束していく。その光の色は金色だ。どういうわけか基本六属性とその上級属性以外特有の属性光を持たない。他の細々した属性――樹や海等――はもっとも近い六属性光の色を放つ。その理由は定かではない。
 そしてしばらくの時間が過ぎた。
「――"天も貫く断罪の雷"――」
 この詞が実は魔法名である。禁忌魔法の類はたとえ紋章魔法でも最低限これを口に出さないと発動できない。それが若干面倒と感じる。禁忌魔法以外は何も言わなくてもよいのだが、どうしてなのだろうか。
「カートリッジロード、Latzt」
 そんなことはともかく、魔法名を呟いた私は両手で構えた杖の四番目のカートリッジを炸裂させた。狙いはすでに付けてある。あとはそこに打ち込むだけだ。
 人を死なせず気絶させるように制御しなければならないのだが、私の制御力は凄まじいものであるため、そのようなことは人より簡単にできるのだ。それでも面倒なのは一切変わらない。といってもただ魔法の物理ダメージを当たる直前に魔力ダメージに変換し、通り抜けたところを物理ダメージに戻せばよいだけのことだ。そうすれば対象の生命体以外死ぬことはなくなる。
 ただ、死ぬほど痛いダメージだけは消せない。これはある意味死ぬよりもきついことではないのだろうかと常日頃思うのだが、あの陽光が殺さなければすべてよしという博愛の精神を掲げているので、私がどうこうする問題ではない。
 炸裂させたカートリッジの魔力の本流が杖から駆け抜けると同時に陣の光が急速に強まり、無数の雷ではなく、かなり太い光線が発射された。その光線も一応は雷なのだが、あまりに密集しすぎて光線にしか見えないのだ。
 周りにある小型の陣から放たれた光線、むしろ雷光は螺旋を描きながら中央の陣から放たれた雷光の周りを進む。

「――ん? ……ひ!」
「どうし」
 ある研究者が外を映し出す画面で外の様子を見たときには私は"天も貫く断罪の雷"を放っていた。つまりその時にはすでに魔法は着弾しているということだ。まず壁の内側にあった六重の対物理障壁をあっさり貫通し、その間にある五重の対魔法障壁を軽く破壊し、岩を砕いて山を抉り、地を割いて獲物を喰らっていった。
 その時には探査精霊は引かせてある。彼らがその攻撃に巻き込まれたら何の迷いもなく抹消されると知っているからだ。そして施設にたどり着いた雷の獣は辺り一帯のキメラを殺していく。
 さらに奥へと進み、竜のいるところへとたどり着いた。やっとこの魔法の存在に気がついた研究者二人の顔は青ざめている。その恐怖がひしひしとわかる。どうして彼らの様子が見えるのかというと、そういう魔法があって使っているからだとしか答えようがない。
 障壁のせいで使っても見えなかったが、今はそれも壊したので問題なく使える。
「――アーク!」
 さて仮竜殺しでも始めようか。私はさらにカートリッジを消費する。仮でもその身はドラゴン、かなり硬いのでそのぐらいしなければ埒があかない。追加で二発のカートリッジを消費して魔法を強める。
 今、はっきり言って血を吐きたい気分である。このカートリッジの使い方は連発でなくとも体にかなりの負担を強いるのだ。連発ともなればその負担は非常なものである。故に今も割ときつい。
 だがそうするだけの価値はある。カートリッジを消費したことで小型の魔法陣がさらに三つ増えた。そして魔法も光線ではなく本格的な龍へと変貌する。
「――――……」
 情けない悲鳴を出したドラゴンもどきだが、ドラゴンが自然に身につけている対魔法障壁を貫通され、私が生み出した魔法の龍に焼かれて死んだ。
 それを確認してからアークをゲヴェアに戻す。魔力はほとんどなくなったが、すぐに回復する。かなり変わってしまった地形を見て報告書が面倒だと考えつつ、私はゆっくり部隊の到着を待った。
 それにしても、非殺傷設定誰か作ってくれ。あんなことするのはさすがに面倒くさい。陽光にでも、頼んでみるか……
 あと、割に合わない仕事です。

 
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