第六話
「日常風景」


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 待ちに待った部隊がここに到着したのはあの竜を殺した30分ほど後のことだ。
 後でカイエに部隊の進行速度が遅いと文句を言いに行く決心をした。そしてそのころには私の魔力も戦えるほどには回復していた。カイエから一時的に貸し与えられている部隊を指揮し、施設に残された研究者を捕獲し、施設の情報を手に入れ、ほかに似たような研究をしているところはないかと付近を捜索した。
「――エッジ様、任務完了しました」
「調度二時間。もっと迅速に済ませるよう訓練が必要だな」
「そ、そんな――!」
 その兵士の顔が蒼くなろうとも知ったことではない。原因はこの部隊の行動の遅さにある。もっと迅速にできなければならないときのほとんどは戦争時であるのだ。例えば、野営の準備、陣の展開、攻防の切り替えなどは部隊速度が速ければ速い方がよい。統率力もいる。
「で、何か報告はあるのか?」
「ええ、一つあります。資料を纏めていた従騎士が見つけた資料に載っていたことなのですが、どうやら似たような研究をやっているほかの機関と共同していたようです。今わかっているのでも計三か所、それぞれ別の国でやっています」
「何を作ろうとしているのかはわかっているのか?」
「そこまではさすがにわかりませんでしたが……少なくともエッジ様の言うようなドラゴンではないようです」
 少なくともドラゴンではないか。ならまだほかの国でも対処しやすい。誰か暇そうな人に外交で伝えておくのが吉であろう。
 その国の情勢にもよるが、体外何らかの対処はする。もしもそのような研究を助長するような国であるならば、連合軍でも編成して教会の圧力をかけつつ、破壊活動に行くという脅しをかけておけばよいだろう。
「……そうか、研究所のある国は分かっているのだろうな?」
「あ、それは分かっています」
「良しそれなら良い。総員に通達、退却準備を始めよ。それと紙とペンを持ってきてくれ」
「ハッ! かしこまりました」
 彼らが研究者の捕縛と周囲の探索を終える二時間の間に私は何か使える素材はないか調べてみた。ただそれも徒労に終わった。この施設は何もよいものを置いていなかった。私が破壊したせいもあるだろうが、それでもあまりにない。さすがにゼロはないだろう。
「さてと」
 兵から紙とペンを受け取った私は王都にいるレイヴェリックと"不運な事故"により治療院のベッドにいるフェイタル、それから外交官とケルファラルに手紙を書いた。それを送っておく。
 魔法を使って送ったのだが、これは万人が使えた方が便利なので完成を目指してまだ製作途中である。今は試験段階のものを使用している。
「……行って来い」
 今回カイエ将軍から借りた部隊の総数は100名、一個小隊の数は50名である。一個大隊は一部隊1000名、一個中隊は500名だ。おおよそなので少々ばらつきもあり、用途が違う部隊は小隊ではなくその部隊の総数で一部隊としてまとめられている時がある。
 今のところそういう特殊部隊の数は少ない。昔は一軍が一大隊という変わった部隊もあったが、その部隊は将が急にいなくなったため自然になくなった。
「退却準備完了しました!」
「今日中にベルグラール市まで行くぞ。進軍開始」
「は!」
 王都クローヴィアからここまで二日かかった。そのおおよそ中間地点あたりにある大都市がベルグラールである。今はもう昼過ぎなので急がないと着かないだろう。夜間進軍はしたくないので少々急いで進軍させる。今回借りた部隊は騎馬がほとんどなので機動力においては歩兵よりも上である。少しばかり無理をさせれば夕方にはつくのではなかろうか。
 私が今日中にベルグラールにつきたい理由は野宿したくはないからではない。この体に付着した、一応水で洗い流したが微かに匂う血を完璧に洗い流したいからだ。最悪、目的地を変更し、道を外れて近くの村で風呂だけ借りて落とすという手もあるが、やはりそのようなことをするなら宿に泊まりたい。
 もう一つの理由は、そんなにも人数はいない女騎士の文句がうるさい。たかだか三日四日風呂に入れなかったぐらいで文句を言いまくる。私は騎士たちよりもっとひどい一夜を過ごしたというのに、あの騎士たちは何一つ考えてはいない。
 昨晩、騎士たちは近くの町で野営した。二個小隊全員を止めることができるほどの施設のある町は宿場町か、市街地しかない。ここらの町では無理だが、それでもある程度の安全と食事は保証されていたはずである。
 しかし、私の方は森の中で一夜を過ごした。森の中にはキメラがおり、身の安全など自分以外の誰も保証せず、果ては味は今一つであるキメラの肉が食事となっていたのだ。私の方がかなりひどいはずである。それだというのに女騎士は私に直接文句を言った。私もそろそろまともな宿に泊まりたいのでちょうどよいと言えばちょうどよかった。
「急がないと門が閉まって中に入れなくなるぞ」
「……そうなった場合、どうなるのですか?」
「適当にお前らで遊ぶ」
 レーヴェ国の軍隊、といっても第二軍と第三軍、第五軍だけであるが、彼らと付き合ってまだ二週間程度。だというのに私は彼らに恐怖の対象として見られている。
 それの原因はあの練習代わりにやった万人斬りのせいであろうか? それとも特別演習のせいであろうか? はたまた私が組んだ特別鍛錬のせいであろうか? どれにせよ勝手にそう思われている。そのためあの言葉だけで進軍速度がさらに上がった。
 恐怖というのはこういうときにも役立つからよい。もう一つ、その人となりが好かれるという方は陽光に回している。そういうのは私に似合っていない。
 そういうこともあり、何とか日が暮れるまでにベルグラールに到着できた。それからこの100人を適当に細分化し、全員が泊まれるようにした。100人が一つの宿に泊まれるような宿は確かにあることはあるのだが、そんなことをすると出費がかさむ。今回は犯罪者もいるのでその見張り役という損な役回りをする者も必要だった。私たちが宿に泊まるとき、一部研究者と騎士たちにとらえさせておいた貴族が自分らの扱いに不平不満を言っていたが、犯罪者を泊めるような宿はないので無視した。その代わり、拘束具をもっときつくして、口を封じさせてもらった。
「面倒だな……」
 拾っておいた空のカートリッジに魔力を込めていく。
 今日使ったのは計八発、思っていたよりも消費してしまった。カートリッジを拾う理由はこれの材料がマイナーすぎて手に入りにくく、また作るのにかなりの期間を要するからである。
 今はまだ、たった20発のカートリッジしかない。せめて150発はほしい。今もレイヴェリックに頼んで材料の手配をしてもらっている。その材料を購入するのに必要な金はこういう任務や国からの給料を使う。それ以外あの金の使い道がない。
「さて、また風呂にでも行くか……」
 報告書の方は夕食までに仕上げた。そのため結構ゆっくりできる。ふと、外の夜景を見た。この世界では明かりは魔力灯というのが主なので、異世界で文化水準が低いと言っても都会は星がよく見えないほど明るい。
 化石燃料を使っていない分空気が住んでいるが、それでも少しさびしい。そう思いつつ、強制的に市長によって泊まらされたこの都市で最も格式高いホテルの浴場に向かった。
 特別執務官という肩書はこういう時に不便である。食事もいいのだが、礼儀にうるさいことが心労つのらせていっているのだ。そんな10月23日の夜であった。

 老王が入院している理由?
 不運な事故。他に認めない。

 
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