第六話
「日常風景」


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 前にいる剣士が大きく剣を私に振りおろす。私はそれを紙一重か二重で避けた。太刀筋は良いのだが如何せん剣速が遅い。
 さらに隣にいた双剣士が鋭い突きを放ってきた。確かに突きは斬りに比べて速い。その分攻撃範囲が狭いことを彼は知っているのだろうか。突きはもっと早く鋭く多くしないといけない。
 決め技には向いているが、こういうときに使うものではない。その突きをバックステップで避ける。そうしたところやはり剣の向きを捻り、今度は横に薙いで来た。
 そのようなことなど予測済みである私は落ち着いてサイドスッテプで双剣士の後ろにつく。すると上から槍使いがやってくる。殺気全開でいたため気づいていたのだが、あえて無視しておいた。
 だから突きを決め技にするにはまだ早すぎるのだ。二歩前に進んで障壁を展開する。
 予想通りその槍使いは爆発系の魔法を槍にまとわせていたので、その槍の着地点から小規模の爆発が起こった。ちなみに今、剣士と双剣士、それから槍使いはほとんど一直線状に並んでいる。この状況を生かさないわけはない。
「――荒ぶれる風を纏え
 ――歌に紡がれ槍となり
 ――八重九重に重なり穿て」
 風属性初級魔法"風天槍歌"を使う。私の左手から高圧縮かつ螺旋している風が放たれる。この魔法は初級魔法にしては結構な威力を誇るが、直線にしか動かないので少々使いどころが制限される。
 その代わりかなり早い。可能な限り威力を弱めているのでこのようなことでは気絶しないだろう。そう思いつつ、足の裏に魔力をためてそれを爆発させて推進力を手に入れ、短距離高速直線移動を可能にするという縮地をする。
 そしてすぐに私が先ほどまでいたところに風属性の魔法の矢が降り注いだ。あそこにいる魔法使いが放ったものである。
 さてこのような状況に陥っているのにはわけがある。それを話すには昨日、10月30日に戻らなければならない。また、その理由はいたって簡単でくだらないものである。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 その日、私は仕事もなく、いやあるが怠けて書庫で本を読んでいた。別段調べ物があるというわけではない。仕事に疲れただけである。そうしていると私の元にレイヴェリックがやってきた。
「リヒト、暇があるなら少し頼みがあるのだけど……」
「それは執務官のエッジとしてか? それとも食客のリヒトとしてか?」
「執務官のエッジとしてお願いするわ」
 私がエッジとしている場合、幻覚の魔法を使っているので容姿が違う。いつもの私は濁った黒い髪に若干紅い眼をしているのだが、エッジとしてそこにいる場合は風の加護の影響を物語る新緑の髪に黒い眼をしている。
 使用している魔法は私独自のものなので今まで感づかれたことはない。レイヴェリックも私がその幻術を解くまで私であるとは気付かなかったらしい。
「で、その内容は?」
「やってくれるの!?」
「陽光を鍛えてくれた恩もあるからな、今回だけは無条件でやってやろう」
「ありがとう! 内容の方はこの紙に書いてあるから、あとはよろしくね!」
 そういって机に残した紙には面倒なことが書いてあった。その紙に記載された署名はクローヴィア国立学院からのものであり、内容は特別講師としてきてもらいたことだった。私が代理人としていくことができるようにしてある。期間は一カ月、授業日程は一週間に三回、一回は約五時間だ。面倒で行きたくないが、一度するといったので行くしかない。
 そういうことで、次の日、つまり今日学院に行った。まずは教職員棟で紙に書いてあったような諸注意を受け、そして受け持つチームを決めた。
 その特別講師は私のほかにも9人来ている。仕事代は一ヶ月後にあるチーム対抗試合の勝敗で決まるらしい。
 なお一チームの人数はたったの五人である。もちろん全員がこの学院でのトップ層である。しかしそれは学院からの評価であって決して私の評価ではない。
 さて私が受け持つことになったチームがいる教室へと移動した。教室といっても十分に広く、6人で使うには無駄すぎている。
 貴族たちの感覚でいうなればこの程度が当然なのかもしれない。様々な理由があってトップ層は貴族連中が多いことに私は微かに不満を覚えていることをここに記しておく。もちろん私は学院長とその他の指導員らに掛け合ってなるべく平民での優秀なものが多くなるようなチームの組み合わせにさせてもらった。
 それと、どういう因果のためか私の受け持つことになったチームの中にエリュシオンがいる。ルージュはまた別のチームにいるそうだ。
「宮廷魔導師のレイヴェリックに代わりお前たちを鍛えることになったエッジだ。早速だが一分以内に表に出ろ」
「はぁ、なんでだよ?」
「貴様らの実力を知るためだ。あんな紙切れでわかることなど高が知れている。わかったらさっさと出ろ」
 外にはもう雪が降っており、なかなかに冷え込んでいる。そんなところに出されたのだから彼らの瞳には敵意が宿っている。だがその程度の敵意など全く気にならない。もっと強い殺意を日常的に浴びているからな。
「とりあえず、貴様ら全員で私にかかってこい。有効打を一撃でも与えられたら貴様らの勝ち、全員倒されたら私の勝ちだ。単純なルールだろう?」
「ちょっと待て!」
「ああ、ハンデとして私は目隠しもしよう。それから右腕は使わない。魔力も早計中級魔法一発分ほどしか使わない。あと、貴様らは真剣を使ってよい。それでも勝てそうにないのか?」
 学院で支給されている剣を抜く。十分に刃を潰しているので切り裂くことはできないことを確認したのち、何度か降って感触を確かめた。
「どうした? 負けるのが怖いのか?」
「……やりましょう皆さん。あそこまで甘く見られたのに戦わないのは家名に泥を塗ることになりますよ」
「……そうだな」
 魔法を使うことを主としている魔技科の二人は杖を構え、武芸科の三人は個人の武器を構えた。それらは全て何かしらの刻印、付加がされてあることは肌で感じられる。
「いつでもかかってこい」
―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 そうしてあのような状況になったのである。さて、風の矢を全弾よけきった私に待ち構えていたのはエリュシオンの水属性の上級魔法である。さすがは水属性の加護を持っているだけのことはある。季節が冬であるおかげもあるが、それでもなかなかの威力をはらんでいる。あんなものを直撃したなら痛いでは済みそうもない。そう、当たったならば。
「これで、終わりです!」
「――水生木」
 手早く左腕だけで五芒星を切り、印を結んで立った一言つぶやいた。そんなことをして何になるのかというと、やはりこうなる。
 地面より湧き出た木が水を吸収し、五人の足もとからさらに生えてくる。私は五行や陰陽道を理解している。理解しているからこそ、無条件にこの世界に適用できる。最初の方で言ったことだが、魔法というものは思いが形になったものである。故に私の思いが形になったため、このようなことができたというわけだ。
 最終的に何が言いたいのかというと、私は理解さえしていたらそのことをこの世界に適用できるということである。しかしながらそのようなことをするためには陽光にもいささか手伝ってもらわないといけない。
「くぎゅぅぅぅぅぅ……」
「あうあうあ〜〜」
「ふぐあ、ぁは」
「……(返事がない。ただの肉塊のようだ)」
「…………」
「ふむ……私の勝ち、か」
 あまりにあっさりとした終わり方であった。今日のところはここまでにしておいて、私はどうやって彼らを強くするか考えつつ、とりあえず城に帰った。
 それにしてもまた面倒な仕事である。といっても一カ月程度だ。そこそこの暇つぶしになればよい程度でやっていこう。
 ただし、やるからには徹底的に鍛え上げるつもりだ。最低限、未開の森に単独で半年は生き延びられるぐらいには鍛えないと――話にならない。

 
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