第六話
「日常風景」


<7>



 というわけで、まずは第一週の二回目の授業だ。
 二日前の手合わせで彼らの力量が知れた。それを元に昨日適当に訓練日程を定めておいた。訓練日程を書いた紙を先ほど手渡したのだが、非常に反応が芳しくない。
 それほどきついものは組んでいない。自分の時間というのも十二分にとれている。無記入である最後の一週間以外は。
 そこには、たぶん今のままでは死ぬような実地訓練を入れるつもりである。
「なあ先生。あんたの目標はやっぱりあれか? あの対抗試合での優勝賞金か?」
「いや。あんなものはどこでも手に入るからどうでもいい。私が貴様らに求めているのは単純に――その常識塗れのバカさ加減を直すことだ」
 先ほどの戦闘は確かに戦闘であったが、ほとんど個人戦であった。対抗試合はチーム戦なので、その条件を有効活用せずに何を使う。
 私の場合は個人戦の連続であったため、他人のことを考えなくてもよい。個人戦闘と団体戦闘の違いはまずそこにあるだろう。他人の存在というのは戦闘に大きく作用する。
「バカとは何だ!? バカとは!?」
「……現実に決まっているだろうが」
 剣士が掴みかかってきたので合気道の要領で投げ飛ばした。さらに拘束の魔法を使って動けなくする。愚痴を漏らすのはどうでもいいからさっさと行動してもらいたいものだ。
 さっさと訓練を始めるためにも五人を城の練兵場に連れて行った。セイン将軍に許可をもらってある。学院の鍛錬場は確かに質が良いが狭い。それなら広いこちらで行う方が良い。質の方は私が補助すればよいだけの話である。
「今後からここに集合だ。よく覚えておくように」
「こんな横暴な教師、今まで見たことない……」
「どうしてでしょう? ある人と被りすぎています」
 さて、まずは誰から鍛えていこうか。
 そんなにも大差のない力量の連中なので誰からでもよいというのが本音である。魔法使いの二人にはまず何もしないでもらっている。実はこれが腕を上げ始めた魔法使いにとって最初にして最大の関門である。
 腕に覚えがあるなどと自惚れる多くの魔法使いは無意識的に常時魔力障壁を発生させている。それは己の身を守るためでもあるのだが、無意識的では意識的に行うより些か脆い。破れても気付かないことがおい。
 魔法は重いが形になったものであるため、やはり意識的に行ったほうが強力なのだ。だというのだが、無意識的にできてしまっているのを意識するのは地味に難しいので、ほとんどの魔法使いがそのことを無視して次の段階に行っている。
 全く、意識的に無意識ができるならばどれだけ魔力効率が上がるのか一度説かなければならないのだろうか。
「さて、前衛組も訓練を始めるぞ」
「えっと……どのようなことをするのですか?」
「運が悪かったなら死に至る訓練だ。無理してでも取り戻せよ? ――剣となりて敵を切り裂く刃」
「え?ちょっ……」
 断空斬というのはあまりに風変わりな魔法の使い方である。あれは魔法と物質が融合している。つまり、魔法でありながらも物質であり、物質でありながらも魔法である。あれは全という存在でありながらも個であり続けるという矛盾を可能にする方法だ。今回は私の右腕に"光刃"を融合させた。それのおかげで私の右腕は任意の対象を切ることができる。
 それを用いて三人の首を切った。正確には彼らの魔力回路を一時的に切断したのだが、この世界では神経で生物は確かに動くが、そんなものよりも魔力回路で動く方が主なのだ。魔力回路は肉体と魂を繋ぐ精神の補助教材のようなものであり、精神だけではあまりの脆すぎる。
 もしも彼らが帰ってこれなければ魂と肉体が分離するという欠点も持つが、成功した時にはかなりの力を得る。
「聞こえていないだろうが一応言っておこう。魂と肉体の楔を切断した。さっさと精神と感じ取り、魔力を知って楔を作り直さなければ死に至る……急げよ」
 精神が壊れるのを遅くする補助魔法をかける。魔法というよりも陰陽道だ。魔法には魂や精神という概念はあるものの、それに作用する魔法はない。
 ちなみに手遅れになりそうであったなら陽光の手を借りるつもりである。彼ならどのような状況でも何とかできるようにできる。そのためにこんな城の近くを選んだのだ。
「……たかだか障壁を失くすだけだろうが。どうしてそこまで手間取っている?」
「こ、これ、意外と難しいのですよ! わかって言っているのですか!?」
「ああ。今現在で言う偉大な魔法使いでもできていない方が多いことだからな。だが、それらはすべて貴様らが今までそのことを放っておいたからだろうが。責任は貴様らにある」
 このことは幼い時にやっておくべきことだ。そうでもしないと意識的に無意識をすることに手こずってしまう。そうなると彼らは意識的に無意識をしづらくなる。今が意識的に無意識をすることができるようになれる限界年齢だ。だから私は少々焦っている。
 これぐらいできなければ彼女たちは最後の週に死んでしまう。彼女たちが死んだならかなりめんどうなことが起こるので死んでもらいたくないのだ。
「明後日までにそれを終わらせておけよ」
「無理言わないでください!」
 そんなにも難しいことは言っていない気がする。陽光も私もすぐに解呪できた。純粋な規格外である陽光は別だとしても、割かし一般的である部分が残っている私が簡単にできたのだから、それほど難しいことではないはずだ。さて、その間にも私は私のことを終わらせていこう。
 私は腰につけているポーチから鈴を取り出し、三回鳴らす。そうして二分もしないうちに来た使用人に机と書類を持ってくるように命じた。こういう仕事が山積みになっており、それらを片づけていくのと同時に彼らの面倒をみるということをこなすにはここが最も効率が良かった。
「何という、優雅なティータイムを満喫しているのですか……」
「それができるようになったらこの仕事、やってみるか? 純粋に死ねるぞ」
「え、ええ遠慮します!」
「健気だなぁ……」
 ますます高くなっていく書類の塔を指差したのだが、エリュシオンたちは顔を青くして断った。確かに何一つ面白くないので好き好んでやる気にはなれない。私の場合はこれをこなさなければ給料と権限がなくなるので、仕方なくやらざるを得ないだけだ。
 机の上に置いてある砂時計の砂が落ち切ったのでひっくり返した。あと三回、これの砂が落ち切るまでにあの三人が帰ってこなければ陽光を呼ばなければならない。
 その時、大体12分があれの限界である。結界を使ってもそれぐらいしか持たない。人によって違うが、まともな人間なら最長でも15分であろう。
「紅茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
 書類に目を通し、問題点を書くか判子を押すだけという単調な作業のはずなのだが、どういうわけか報告書よりもストレスがたまる。単調な仕事だからであろうか。優秀な秘書あたりがほしいと思うのは私のわがままだろうか。
 ただ、問題はこの特別執務官は秘書のような補佐官をつけることができない。そんな事を考えても意味がない。さっさとこの書類を終わらせるように尽力しよう。
 いや、待て。ここからあそこまでの書類はどう考えても他の職場の人がやるべきことであろう。私がすべきことではないはずだ。そういうものは別の方に分けて、後で丁寧に二倍返しでもしようか。

 
  ←Back / 目次 / Next→