第六話
「日常風景」


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 まあ、特別講師の件はあの辺でよいだろう。
 結果的に言うと、私が当初予定していた最後の週の訓練は危なすぎるということにより取り消された。非常につまらなかったのだが、ギルドの仕事をいくらかやらせて実践を積ませるしかできなくなった。
 もちろん、そういうことは多めにやっておいたのだが、あの程度でばててしまうとは五人とも鍛え方が足りない。
 チーム対抗戦の結果についてなのだが、生憎の二位である。そのために私への報償は必要ない本(実はかなり貴重な古書らしい。アレが? 詐欺だろ)ではなく、ある国の温泉地にある最高級宿泊施設を一週間、最高級の部屋で過ごせるチケットだ。定員は割かし多く10人である。私は結構温泉が好きなので近々使うことになるだろう。
「あ、リヒト。少し待ってください」
「――お前からとは珍しいなエル。何があった?」
「わたくしに少し魔法を教えてくれませんか?」
「……なぜ俺なのだ? レイの方が適任だと思うぞ」
「それはそうなのですけど……あなたの方がレイヴェリック様よりも実践に近いものを教えてくれそうな気がしたのです」
 試合に負けたことが問題であろうか。別段優勝することに価値はないといっておいたはずなのだ。エリュシオンは負けず嫌いであるので、それゆえにやはり気にしているのかもしれない。
「エルは俺に何を差し出すんだ?」
「……何を、と言われましても、何かほしいものはあるのですか?」
「当然その労力に見合う対価。それ以上も、それ以下も認めない……」
 あるものに狙いをつけ、アーク・ゲヴェアに魔力を通す。十分な魔力がたまったところでトリガーを引いた。放たれたのは魔力弾ではなく、実弾である。それもカートリッジだ。もちろん廃棄予定物。
 カートリッジは前にある的に当たると同時に魔法を開放する。今回は試しなのでそれほど強力な力は入れていない。故にそこまでの威力はない。
「……使えないな……」
 カートリッジ一つにあの程度では戦闘で使えそうにない。いまだ土煙を上げる元岩、現在砂礫を見て私はそう判断した。内部から破壊するという点において優れているが、私にできないことではない。
 さすがに竜の鱗を貫くほどの威力を持った銃弾を生成するだけでも苦労するので、対価に見合っていない。
「…………」
「言っておくが、俺がお前に教えることは何もない」
「……え? なぜですか?」
 あの破壊のせいで少々放心状態であったようだ。そんなにも強くはないといっても、普通の魔法よりもやはり威力は高く見える。だがもしも対象が生物、魔力を持つものであるならばこれほどの威力は出ないだろう。
「俺は異常すぎるんだ。魔法使いとしても、人間としても。魔力総量はレイやコウに比べて少ないというのに制御力が異常に強い。
 妙な才能ばかり手に入れているのだから、それに見合った戦闘方法を築き上げている。そういう戦闘方法はお前には合わない。教えることがないというより、教わっても意味がないというだけだ」
「どれだけ以上なのかがわからないのですが……でも、ヨーコ様はあなたに教わったら万事うまくいくと申していましたよ」
「ああ……それは、その人に最も適した戦闘方法を作り上げるからだな。それから教えていく。だがそれはかなり面倒なんだよ。というわけで、やりたくない」
 カートリッジを装填し、アークをしまう。カートリッジシステムは疑似融合ができる者でないと使っても意味がない使い方が一つある。ドーピング効果の方だ。カートリッジに溜めこんだ魔力を一気に体内に戻して自分を暴走させる。
 もちろん、その暴走させた力を制御するだけの技能がないと死に至る。ようやっと完成した攻撃方法、断空斬など魔法融合型物理攻撃方法"オルトロス"も疑似融合を使っているからこそ、物理攻撃にして魔法攻撃となっているのだ。合成したものも魔法となる。
 故にあの時のように右腕など生物を魔法化させると最悪元に戻せなくなる。魔法に己の身を喰われてしまうのだが、私はそんなことができるほどの制御力を持っていない。確固たる自意識と制御力さえあれば何ともない。欠伸が出るほど簡単なことである。
 これらのように、私の技能に会った戦闘方法を築き上げている。生半可な感情と才能で習うと死ぬことは目に見えている結果だ。例えどのような人であっても死ぬことを覚悟して習ったほうが良い。
「ああそうそう。それよりお前はどうして強くなりたいんだ?」
「強くなろうとすることはいけないのですか?」
「目的のある強さは問題だが、目的のない強さでは意味がない。せめて何のために強くあろうとするのかははっきりさせろ」
「……リヒトは、どうなのですか?」
「俺か? 俺はここにあるから使っているだけだ。別に強くなろうとしたのではない。元からこうであっただけさ。お前だって腕があるから腕を使っているんだろう?」
 だが、その力はあまりに異常すぎた。人一人が生きていくが不可能なほど強大であった。このままでは制御しきれないほどである。故に封じた。制御できる方法が見つかるその時までずっと封印し続けている。
 今は開放してもほぼ完全に制御できるが、存在するだけで周囲の被害が非情なほど出るのでやはり封印している。その周囲への被害というのは天変地異から新種の生物の出現など、多種多様なものである。
 短時間ならさほど汚染はないが、それでも少しは浸食がある。まあ、そんなことをしないといけないような状況というのは滅多にないので問題はない。
「その強さは生まれつきなのですか?」
「気づいたらこうであったというだけ。生まれつきかどうかは知らない。俺は戦場に捨てられていたから、物心つく前のことを知っている人がいないんだ」
「……捨て子、なのですか?」
「まあ、そんな感じだったらしいな。ちなみにコウは戦災孤児。六歳の頃に拾われたらしい」
 陽光はそのことを記憶しているが、戦争に会ったショックで血族の顔を完全に忘れた。そんな陽光を孤児院から養子として引き取ったのが東堂家というわけだ。陽光という名もその時に与えられた名前であるらしい。
 それが本当であるかどうかはわからないが、過去の記憶がないのは事実だ。
「え? そうなのですか? だからヨーコ様は人を殺すのを毛嫌いなさるのですか?」
「それとこれとは全く別のことだな……まさか、あのことをコウから聞いていないのか?」
「あのこととは何のことですか?」
「…………まあ、知らなくてもいいことか……」
「かなり気になったので教えてください」
「……………………面倒」
「ちょっと待ちなさい! こらー、逃げないでください! 逃げるなぁ!」
 精霊で足場を作って空を駆ける。この移動方法は何かと便利だ。さっさと見つけた陽光には感謝である。それにしても普通なら気づくはずである。この前にもそんなことを私が話していたのだが、そういえば途中から眠っていた。
 だから記憶にはないのだろう。それでもいつか気づくことだろう。そう思いつつ、私はここに入ってきた他国の間者を捕獲しに行った。
 ははは、使っている結界は補修と点検の為に私が代替品を張っているのだよ。甘かったね。未熟者。

 
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