第七話
「精霊の歌」

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 時が過ぎるのは非常に速い。私たちがこちらに来てから約二カ月が過ぎ、季節は秋の初めから冬に突入した。
 特にこの国は北の方に位置するため、割かし雪が降り始めるのも早い。そんな今日、12月14日の天気は二日ぶりの晴れである。
 こんな時期になると防寒具が手放せないのだが、私の場合は人に比べて薄く、動きやすい服装だ。これにはさして理由はない。ただ単に防寒用の刻印をしているだけである。刻印というのはその効果が下らないものであればある程、世界の魔力で動くことが可能になっている。そのため少しばかり薄くても大丈夫なのだ。
 この時期になると雪のせいで馬による移動が制限されるので、戦争というものが起こりにくくなっている。それでも起こすものは起こすが、規模は小さい。
 今現在、陽光は外で訓練をしながら遊んでおり、エリュシオン、ルージュ、ドゥアンは学院へ行っている。またセイン将軍、カイエ将軍は自分の領地に帰っている。そのため割と暇な日々を送っている。
 そういえば現宰相ローデル・モノ・アステイトスが私のことを呼んでいたような気がする。さて、行くか行かないか、どうせまた下らない用事でも押しつける気でいるのだろう。
 確か近頃はこれといった事件は何一つ起きていない。故に雑用以外にないのだ。そんな雑用をやりたくはない私は行くかないことにした。
 またその日の昼から夕方まで街中にあるギルドの支部に行ってきた。そこで簡単な、街の周りをうろつく、何らかの理由で冬眠するだけの栄養源を蓄えることができなかった魔獣の退治という任務をした。私と戦う意欲もある兵がこの城にはいないという嘆かわしい理由のため、こういうことをしなければ戦闘経験が積めないのだ。
 夕方には定例の会議に出席した。大体毎日この時間帯にある仕事の一つだ。優先度はそれなりに高く、とりあえず城にいたら顔出せの程度である。その会議での私の席はついこの間からほぼ一日ごとに移動して、今のところ王の左後方に落ち着いている。もしかして、私を護衛か何かと勘違いしていないかこのクソ爺。
「私に何のようだ? 宰相」
 それほどまでに気にしていないことだが、私の左前の席にはあの宰相が座っている。故にあの時行かなくともなんともないというわけだ。
 私語の理由は私の階級というのは宰相と同格ぐらいであり、なおかつこの宰相が敬語を嫌うからだ。なお彼は私がリヒトであることを知っている。
「三週間後(十五日後)に年が変わることは知っていますよね?」
「ああシュルスの月に新年祝賀会があるな。他国の偉い方が来るのだろう」
「そうです」
 この国は大宗教のある一つの聖地、それも冬の神殿を領地に含んでいるので、そのことは容易に想像できる。資料を見ていてもそのことが書いてある。他国の者が多く来るため、その時の祭りは世界で有数の大きな祭りである。
「私とコウはどこかに隠れておけばよいのか? まあ祭りに出かければ見つかることはない。あいつも祭りに行けれたらそれで文句はないだろう」
「いえそうではありません。むしろ逆」
「……逆? まさか……」
 いやな予感がしてきた。一方的な裁判に容疑者として出ているようだ。私としては会議の終わったこの会議室からさっさと出たい。
「エリュシオン様がヨーコ様のことを手紙でコールテル国立学院に在学している妹君に伝えてしまって、その手紙をすぐに燃やしてしまえばあんなことにはならなかったのでしょうが、あのお方の癖で姉様の手紙を保存されて、うわさ好きのご学友に見られてしまい、さらにはそのご学友が学院内で言いふらし、広めてしまった。そしてやがては……」
「世界に知れ渡ってしまった、と。今すぐそのバカ二人に極刑を執行しに行きたいのだが、いいか?」
「もちろんダメです。そういうわけで、ヨーコ様に出席を願ったのですが……」
「待て、それ以上話すな。腹が立つから言うな」
 かなり予想しやすいことが脳裏をよぎった。それ以外の選択肢は残念ながら何度試作しても出てこない。確率的にありえないこともない。
「いえ、言わせてください。ヨーコ様はリヒト様が出ないのなら自分も出ないと駄々をこねました」
――ガン!!
おいそこの五人。さっさとバカ二人をここに連れて来い。生死はこの際問わない。急げよ?
 どうしてここにその二人がいないのか疑問に思った。当事者そのものではないか。とりあえずここに着き次第殴っておかないと気が済まない。
 エリュシオンは学院らしいが、もう帰ってきていることだろう。陽光の鍛錬も一時中断しておく。まあ、最低限大ケガにならない程度に力加減はしよう。
「うわっ! 何? なゲフゥッ!?」
「――貴様はガキか!
「り、理不尽だ……ゴフッ」
 血を吐いたが彼の体は丈夫なので問題はない。理不尽なのはこちらの方だ。何が楽しくて彼の用事に巻き込まれなければならないのだろうか。出なくてもよかった、行きたくもない、わけのわからない舞踏会に出なければならなくなった私の身にもなってもらいたいものだ。
 ちなみにやった攻撃は腹部に一発、魔力と疑似融合した拳を入れた。これにより魂と精神、それから肉体に同時にダメージを与えられる。今の威力だとそこらの飛竜なら一撃で内部から爆発するぐらいのものかと。
 そんな威力をした私に驚くよりも、飛竜ですら耐えきれない威力に自然体で耐えきっている彼に驚いてほしい。殴られた瞬間、とっさに攻撃をレジストしていた。そこは訓練成果が出ていると素直に喜んでおこう。
 さて、現状で残るはエリュシオン唯一人だ。本当なら彼女の妹にも刑を執行しておきたかったのだが、生憎ここにはないない。無い者をねだっても仕方がないので、代わりに元凶たる彼女にその痛みを負ってもらおう。だがエリュシオンは陽光ほど体が丈夫ではないので、仕方がなく魔法攻撃にしておく。
「止めるととばっちりが来そうだから注意するだけにしますが……後に残るような傷は付けないでくださいね」
「――善処はする。されど出来るかは保障せぬ
 使用する魔法の属性は風である。簡単な魔法で無数の圧縮した空気の塊を対象に当てるものだ。断空斬のもととなる魔法の一つである。なおかつ風属性魔法三大基礎魔法の一つである。
 その三つを完全にマスターすればたいがいの風属性の魔法はうまくいくとされる。それだけ単純な魔法であるため威力は上を見たら限がない。単純だからこその特性だ。
「――リヒト、私に何か用ですか?」
少しは深謀遠慮しろ小娘!
「キャアッ!……カフッ」
「――はぁあ、どうしてこうも世の中は使えない者で氾濫しているのだろうか……?」
 バーゲンセールで販売しても百年たっても売り切れないほどの人数がいそうだ。そのことは向こうに関しても同じとしか言いようがない。何というか、虚しい。
 気の利く使用人から渡された精神安定の効果がある紅茶を飲みつつ、私は思った。許されるのであるならば、今すぐ彼らを物理的にも社会的にも精神的にも抹殺したい。あるいは消したい。
「――衛生班、早く!」
「ちっ、傷が深い!」
 周りが非常にうるさい。こんなことを想定してレイヴェリックに遮音の魔法を習っておくか、構築しておくべきであった。
 今彼女は遠くで見つかった古代遺跡の調査に言っている。来週あたりには帰ると手紙には書いてあった。さてこれで私もシュルスの月の予定が埋まってしまったよ。

 
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