第七話
「精霊の歌」

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 そろそろ私に装備も凶悪さを増してきた。これ以上求めるのは強欲であろう。
 だがしかし! 自重はしない!
 そう思いつつ、魔力が減ったために肉体が糖分を欲しているので出店でドーナツと温かいコーヒーを買い、集合場所である噴水の前に移動した。
「イクス、俺の部屋から金を持ってきてくれ」
 問題はないと思うが、念には念を入れておいた方が良い。あの家は近ごろ目立った動きをしてない。私が活発に活動してからではなく、もっと前からなので結構気になっているのだ。
 少なくとも私がこの国に定住している間は何も起こさないでほしいというのが本音である。起こして何かあってもかまわないが、あのバカ二人に関することがあればすべて私の責任になってしまう。そんな面倒事に対処する気は毛頭にない。
 集合時間まであと30分もある。その間は非常に暇だ。どうして私は本の一冊も持ってこなかったのだろうか。自分に呆れつつ、時を過ごした。その時も誰も私を気にとめない。なぜならそういうふうにさせてあるからだ。
「……御苦労」
「ギュイ」
 誰も竜がいる光景を気にしていないのは人に認識させないという魔法のお陰だ。一応目には見えている。私の声も耳で聞いている。しかしそれは雑音にしかならない。誰も道端にある小石を気にしない。
 風の流れを感じとろうとしない。隠れるのではなく、ただ環境の一部になる。そうすることで隠れるという魔法である。かなりしょぼい魔法なので魔法使いでも気づくことは至難の業である。そんなことするなら透過の魔法を使えよと言われるぐらいしょぼい。
 だが一般的に知られている透過の魔法は魔力を喰いまくるうえ制御がかなり面倒且つ難しい。誰から見ても見えないようにするという行為をやるのにどれだけの労力がかかるか、それと比べたらこちらの相手の意識を操作するほうがかなり使いやすい。
 他にはあの光属性の魔法も使いやすいが、アレはあくまで視覚操作だ。意識を操作するには遠く及ばない。陽光なら感応のおかげで間違うことなくここに来れると疑えない。
 まあそんな風にしてただ時を過していたらあるものを見つけた。
「……ほほぅ……」
 まず間違いなく、この時の私の瞳は新しい玩具を見つけた子供の目のように輝いていたに違いない。そしてその玩具(男性)は急にこちらを見たのだが、意識操作の魔法で一つも気付けなかった。
 一応は変装をしているようなのだが、それのせいで逆に浮いている。その変質者ことカイエ将軍の御歳十八の御子息がこの学院に通っているという話を聞いたことがあるが、それは本当のことのようだ。今年卒業予定だったはずだ。
 ふむ、隣のいる見た目は若い貴婦人はカイエ将軍の愛妻だったか愛人だったか忘れたが、昔は歌姫と呼ばれていたシャルル・ギア・ワールシュナか。14、5分前にはセイン将軍と元傭兵仲間、スカーレットと恐れられていたオルフィギア・ギア・インジスダーク夫人を見かけた。
 セイン将軍の御子息もカイエ将軍の御子息と同い年であり、同じこの学院に通っている。子は親に似るとはよく言ったものだ。
 ドーナツが入っていた紙袋を丸めて固めたもの、それを投げた。
「――ガッ! いつつ……誰だ!?」
 彼が振り返った場所を探しても意味がない。なぜならそこにはもう私はいないからだ。投げてから届くまでの時間があれば彼らの後ろに行くことぐらい容易にできる。彼らの後ろに回った私は早速買い将軍の肩を叩く。これで彼には逃げきるという選択肢はなくなった。
「り、リヒト……何か用か?」
「いつここに帰ってきていたんだ? お前らがいない間はいじる相手がいなくて本当に暇だったんだぞ(お前帰ってきたなら俺の所にまず来いよ。仕事を出せないだろうがこの屑)」
「……楽しそうに指を鳴らす行動に何の意味があるのかを聞きたい」
「特に意味はない。まああるとすれば、何だろうな?」
 カイエ将軍は今も嫌そうな顔をしている。そんな世間話はどうでもいい。
「で、お前はいつまでここの滞在する予定だ?」
「まあ……来年の1月8日まではいるつもりだ」
「……そんなものか」
 そんなものである。長い間領地を放っておくのは将軍といっても何の大事もないのならば問題である。
 ただ私にとってはあまりに短いような気がする。私と対峙できる強者がここでも少ないので一人で武術の研鑽をしているのだが、やはり一人でするよりも他人とする方がやりやすい。
「そういえば、どうしてお前がここにいる?」
「どうだっていいだろう? 俺が今ここにいる。その事実だけでは不十分か?」
「いや――十分だ」
「今までのことは後で話そう。彼女が待っているぞ」
「む、すまない。またあとで会おう。リヒト」
 あ、アイアンクローかますの忘れた。まあ後でいいか。
 それにしても陽光はいったい何をしているのだろう。感応で先ほどから近くにいることは確かであるのだが、似たような場所を行ったり来たりしている。
 ここまで待つのも暇なのでこちらから会いに行くことにした。彼は他人の望みをかなえようとする人だ。予想としてそれのせいで誰かに構っているのではないだろうか。
「……まあ、そんなとこだろうな」
 猫毛であり、癖が少し入っている栗毛かつポニーテールが忙しなく上下する物体をすぐに見つけられた。この地方では赤毛の方が多いので栗毛は目立つ。彼も私の存在に気づいたのか、あたりを見回した。
 上空にいることをやめて一旦下に降りる。空を飛ぶ魔法は扱いが非常に難しく、消費魔力量に見合った効果が望めないので私は使わない。
 それはアレだ。人が空を飛ぶには多大な手間暇がかかるのだが、人がそこに立つことはそれほどバカげたことではないということだ。そういうわけで主に障壁に載っている。
「――コウ」
「あリヒト、いい時に来てくれた」
「その前に説明しろ。それは何だ?」
「んとね、迷子。だから今この子の親を探しているの」
 何というか、彼らしいことをする。
 私が物扱いした人は幼い子供であり、大体6歳といったところだろう。髪は赤くはなく、この地方では珍しい灰色という風変わりな髪の色をしており、瞳は東地方の貴族特有の黒色である。
 瞳が黒いのは東の海に浮かぶ島国の影響が考えられているが、そのようなことはどうでもよい。今のところは飴のおかげで泣きやんでいるようだ。
「どうせ手伝えとか駄々をこねる気満々だろう?」
「…………うん」
「いい加減自分でできもしないことをやろうとするな!」
 頭に手刀を入れたくなるほど腹に来たので手刀を入れた。その時に出た音があまりにアレであったため、彼はその場でうずくまった。それから近くの出店で揚げ菓子を少しとコーヒーを買う。菓子の方はその子供に渡す。
「まあ食え」
「あ、ありがとうございます」
 子供は基本的に甘いものが好きである。嬉しそうにその菓子を頬張るこの頭に手を乗せて撫でてやる。
 城の書庫の奥の方にある、厳重に封と鍵をかけられていた書架、そこにある不気味な装丁の本に載っていた魔法を今から使おうと思う。
 何となく見つけて何となしに習得した魔法である。効果は他人の記憶を覗くというものだ。制御を一つでも間違えるとその人の記憶を傷つけてしまうという欠点があるため協会によって禁忌扱いされているようだが、私はそんな制御の失敗をしないので問題ない。
「…………」
 さて、それでは彼の記憶を見てみようか。

 
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