第七話
「精霊の歌」

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 さて、こんな簡単な効果しかないように思える魔法がどうして禁忌扱いされるのか、それは記憶を覗く以外の効果にある。その効果とは相手の記憶を書き換えること、相手の記憶を削除すること、記憶を完全に破壊すること。以上の三点だ。これのためだけに禁忌扱いされることとなったのだ。
「……なるほど。おい、コウ」
「ん? 何?」
「親類の顔がわかった」
 その過程で余計なものまで見た。余計な光景は余計なので記憶から削除する。
 さてこれからどうすべきか。彼の親類に会おうと思えば後ですぐに会えるので探す必要性は全くない。とはいえ待つ必要も探す必要もないということなので、正直やることはない。かといって時間はまだ余っている。
「リヒト、この子の親が今どこにいるのかわかる?」
「すぐに会えることは分かっている。別にこちらから動かなくてもよい」
「ふうん……」
「それにこいつは貴族の子だ。そこらの警備騎士に預けておけば悪いようにはならない」
「でもそれってすっごくつまらない時間を過ごさせるということだよね? それもかわいそうだなぁ。祭りは皆が楽しむものなんだよ」
 周りを見ながら彼は言う。ほぼ間違いなく、彼はまだ出店をめぐり足りないだけだ。子供の方はというとこのような庶民の場所に来たのは初めてらしく、非常に目が好奇心で輝いている。止めようとしたら暴走しそうだ。そんな奴、彼一人で十分。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名はリヒト。この天然バカは」
「陽光だよ。よろしくね」
「で、お前の名は何だ?」
 記憶を見たため知っているが、これを踏まえずに彼の名を呼ぶと怪しまれる可能性がある。特に陽光がいるこの場所ではかなり感づかれやすい。
 別に怪しまれてもかまわないが、陽光がこれの家族に記憶を覗いたことを話したりしたら、どうなるかは目に見えている。
「えっと、ハルシオンと申します。はじめまして」
「ハルシオンか〜……ハルって呼んでもいいかな?」
「はい良いですよ。ヨーコ様」
 全ての名前を言ったならその中に"ジ"――つまり筆頭貴族並みの特権階級であることがわかる。与えられている権力を用いれば大概の人に命令されるのだが、そのあたりは良くしつけられているようだ。もしもそんなことしたら? とあるシスターからもらった赤い布で蓑虫にして王都中を凱旋だな。
 ちなみに"ギア"は将軍家に与えられている名前だ。
「あ、敬語はやめてほしいな。僕はそんなにも偉い人であるわけじゃないし……」
「俺の場合は、俺に尊敬する価値を見出せたなら使えばいい。敬語というのはそんなものだ。相手に尊敬する価値がないのなら使う必要などない」
「それとどうしてみんな僕のことをヨーコなんて呼ぶのかな?」
「言い難いからに決まっているだろうが」
 それしか知らないうえ、発音上そうなってしまうからに決まっている。
 この学院の中心にある時計塔を見る。まだ時間の方は大丈夫だ。まだゆっくりとできることに安心を覚えた。
「ねえハル。どこか行きたいところある?」
「えっとですね……あれに乗ってみたいです」
「アレ? ……リヒト、ちょっといいかな?」
「ああ、かまわない」
 ハルシオンが指差した先にあるものは大きな乗り物である。素材は木製であり、大きめの装置が取り付けられている。風車が前の方についてあり、まさにそれは飛行機である。
「ねえ、何であんなものがここにあるの?」
「誰かが作ったからだろう」
「ちなみにアレは乗っても安全性に問題ないの?」
「まあお前の思った通りだな」
 そんなにもたやすく飛行機ができていいわけがない。この世界での主な航空手段は飛竜なので今もあのようなものを作る必要がない。だとすれば一から理論を作っていったのだろう。もしも誰かが手伝ったとしても、そんなにも簡単にできてよいものではない。
 たがこの世界はあまりに妙なもので、飛行機はない代わりに魔導機兵という戦争兵器はあるのだ。ただ、その魔導機兵というものを作るには余りに大きな問題点があるので、今もある国でしか作られていない。
「ハル、お前はどうしてあんなものに乗りたいんだ?」
「面白そうだからです!」
 どうせそのような動機だとは予測はしていた。バカと煙は高いところが好きというのは通説というより定説だ。そして子供は後先顧みずに楽しそうなものが好きなのである。もちろん陽光もそうである。
 別に乗せてやってもよいのだが、アレは安全上の問題点が見ただけでもいくつも挙げられる。そんなものから落ちて大怪我するとこの学院の学院祭は大幅に見直しされることはまず避けられない。
「……乗るな」
「えー、なぜですか?」
「そうだよぉ。少しぐらいいでしょぉ」
「……こいつらやっぱりバカだ」
 自分の身の安全は確保できるとして、そのあとに残る残骸の後処理ともう一度組み立てなおすという作業は誰がやらされるのか分かっているのだろうか。わかっていないという方に一票。
 とりあえず、その場は鉄拳制裁、正確には何か出る直前までアイアンクローをするという方法を持って後にさせた。
 そのあと無謀にも乗った人は見事と二分間の飛行を体験したのち、いい気になって高く飛んだときに墜落したということを明記しておく。当然のことながら私たちの内一人はそのようなことを無視できず、陽光がその人に回復魔法をかけて一応問題ないのでは? というところまでやってからまた祭り巡りを再開した。
 時間が経つに従って私の金袋はどんどん軽くなっていった。そうこうしているうちにいつの間にか、10時半になったので私は彼らにいくらかの金を渡してオルゴールを買いもとめる。あの家の者? 餓えた獅子に出会った兎がまず取る行動って何か知っているか?
 そうしてから彼らと合流した時にはもう魔導科、エリュシオンやルージュが所属している科の発表時間に近づいていた時であった。
「時間が押している。コウ、少し急ぐが無理をしてでもついて来い」
「へ? ぇあ! ちょっと待ってよー!」
 この程度ついてくることができないわけがないことを知っている。もしも離れても感応があるので問題ない。私は壁を蹴って、精霊たちを蹴って屋根の上に上がった。下は人ゴミが多すぎて走ることをしにくいためだ。旧世界ではこういうことができないのだが、こちらではそんなことはない。素晴らしき哉身体強化。
「うわ、すごいですね!」
 屋根伝いに目的地を目指す。当然屋根が続いているわけもないので、その時は別の屋根に飛び移っている。または壁をほぼ垂直に駆ける。陽光も私の後方を走っている気がする。
「これは日ごろの鍛錬のたまものですか?」
「いや、ただの身体強化だ」
「へー、こんなこともできるのですか〜」
「あと口を開くな。下噛むぞ」
 ハルシオンは私の背中の上にいる。そのためこのような会話ができているのだ。陽光の方に任せてもよかったのだが、そこまでの力があるのかというと正直に首をかしげてしまう。
「……遠いな」
「お、追い付いた―……」
「へばるにはまだ早いぞ。まだ目的地にはついていない」
 最後の棟への間隔は特別長い。身体強化でも跳びきれそうにないほどに長い。背中にハルシオンがいるが落ちても問題ない。たとえ強化で不可能であっても方法がないわけではないので跳んだ。当然私は半分にも届かない場所で落下運動に入った。

 
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