第七話
「精霊の歌」

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 この発表会は彼らの今後の就職先も決定するという重要なことが含まれているので、須らく彼らは必死の形相で挑んでいる。ただ創り手としての私にはどの魔法もお粗末すぎるように思える。
 創り手としての誇りがあるのならば既存の魔法を少々弄ったぐらいで偉そうにすることはできないだろう。やるのなら一から作れと言いたくなるのは私が魔法に使うものをほぼ全て理解できるからだろうか。
 いやそんなはずはない。理解しようとすれば誰でも理解できるはずだ。
「ねえリヒト。あの二人はいつするんだっけ?」
「あと……30分後に続けてだ。それが終わったら俺は帰る。他の人のなど見る価値がないからな」
「えー、後夜際も行こうよー」
 正直、それはとても面倒そうだ。なるべく行かないほうが良いと本能が告げている。それに今なお多くの仕事を放置したままあそこにいる王を引きずって帰りたいという気持ちもある。
 あの王もあの程度で変装しているようだが、他の方々は鈍感にも気づいていないもしくは意図的に無視しているようだが、私には一瞥で分かった。
 ああ、今すぐあのヒゲを全て丁寧に引き抜いてやりたい。
「それにさ、ここの授業がどんなものか興味ないの?」
「いつから貴様は勤勉になったんだ?」
「えっと……わからない」
 やっと5人目が終わった。今まで同様いかにもエリートであるということを主張したいというような気飾り方をしている。さすがにもう見飽きたというのが本音だ。
「そんなことはどうでもいいでしょ。偶にはいろんなことをしようよ、ね?」
「貴様……トレーニングメニューは第四段階へと移行可能、と」
「そんな殺生な! 今も一杯一杯なのに! てゆうか第三段階飛ばしていいの!?」
 ゆっくりと、しかしながら着実にストレスがたまっていく。本当に久々の臨界点突破の時は近い。今の状態であっても完全に本能が吹き飛んだ場合、たぶんこの王都ごと消失する。
 独自に作った魔法の中で自分ですら使うことに躊躇いを覚えるものも私は戸惑うことなく発動してしまうかもしれない。そんなことをしたらある人が黙っていてくれないから本能が吹き飛ばないように細心の注意を払い続けてはいる。
 したいことが明確にわかっているというのに、それができないということはかなりの苦痛を伴わせることだ。
 さてその偉そうな生徒は少し弄っただけの魔法を行使した。もちろん詠唱魔法だ。彼らは紋章魔法はならっていないので無理もない。なぁ、カウンター魔法使ってもいい? やれば対象の魔法無効化できる魔法のことなんだけど。今組んだばかりだけど。
 やはりここの学院長を殴っておくべきだろう。それにしても起動までの時間が長い。発動時間も遅い。一応あれでも早い方なのだろうが、それでも長いことには変わりない。
 もしも前衛がいなかった場合はどうするつもりなのだろうか。戦闘を仮定していない場合は魔法使いをやめた方が命のためである。他には精霊の支配力、魔力は人並みに良いが制御力が甘い。鍛錬を怠っている証拠だ。
「全く、不快だ。来るべきではなかったか」
「へ? どうして? きれいな魔法だと思うよ。確かにリヒトの方が上だけど」
「あー……そういえば言っていなかったな。俺は……精霊の声が聞こえるんだ。とはいっても彼らの声は耳に伝わるものではない。直接心に響く声だ」
 力任せな支配によって彼らは悲鳴を上げる。それが余りに聞こえすぎて私にはつらい。心に響く彼らの声は私の心を揺さぶり、共感させ、左右する。それは人がいる場所であっても同じだ。
 彼らは人の感情というものに左右されやすいため、人の心――いや知的生命体の感情によっても声音を変える。それにより私は他人の考えていることを大雑把に知ることができるのだが、やはりきついものがある。
「魔法は、いわば歌のようなものだ」
「歌? 精霊が歌っているの? 聞いてみたいな〜」
「やめておけ。まともな歌はほとんどない。心を痛ませるものばかりだ……」
 彼らの声に意味はない。ただ訴えているだけ。己の痛みを、他者の感情を叫んでいるだけだ。きっと全ての人が聞こえてはいるだろう。例えば相手の喜怒哀楽といった感情の察知、視線を感じるといったこと。これらはすべて彼らが関与しているからこそある現象だ。それを考えると、私はかなり敏感になっただけである。
「レイやお前のものなら聞いて心地よいものだが、アレらとなると不快感を催すだけだ。ああいうのは悲鳴に近いものしか聞こえないからな」
「うわぁ……ところで何で歌なの?」
「ただの例えだ。陣が楽譜、精霊が奏者、使役者が指揮者、そういうふうに見えるからそう例えているだけ。
 ただ精霊は好き勝手に演奏するから指揮者が力で支配するか、彼らに好意を持たせるかしないと魔法は発動できない。楽譜通りに演奏させないと違う曲になってしまう。
 コウ、お前は力づくに何かをさせられてうれしいか?」
「その何かによるけど……とりあえず僕はマゾじゃない」
「精霊にも同じことが言える。となると力で支配するときに彼らが歌うのは決まって悲鳴や激怒といった負の歌が入る。しかし多くの指揮者は彼らの歌声を認知できない。だから続けられる。発動まで追いやれる。
 だが俺には彼らの声を認知してしまっているため彼らの歌は心に響き、不快感を与えるというわけだ」
「……本当にきつそうだね。気分大丈夫?」
「まあ少し離れているから問題はない。たぶん、彼女たちの時までは持つ。持たせる」
 慣れているだけであって無視できるというわけではない。耐えられるというだけである。故に私の心には彼らの痛みが残り続ける。
「あ、もしかしてリヒトの作る魔法って……」
「ああ、俺が生み出すものはすべて彼ら重視のものだ。聞いていても問題のない、むしろ心地よい歌を奏でる魔法を作っている。
 歌いたいように謳わせる。
 確かにそこに俺の支配が入っているが、彼らはそれでも自分らの歌の響きを喜んでくれている。だから彼らは俺に力を与えてくれるんだ」
「へえ、だからリヒトの魔法はすごいのかもね」
 良い魔法には良い歌が宿る。良い歌を奏でる魔法の全ての性能はやけに高い。このことを知ったのはつい最近のことだ。だが知ってすぐに納得した。
 無理にさせられるよりは楽しくやっていく方が彼らとしても喜ばしいのだから、喜んで力を貸してくれるのは当然のことだ。
 この、精霊の声をはっきりと聞くほどの聴力は私ぐらいしか持っていないので、誰にも教えられない。教えても意味がない。魔法使いが自分たちで見つけていく以外の方法はない。
「つらいならエリュシオンの時まで寝ていてもいいよ。寝付けないなら些細な魔法を使うよ」
「いや……その必要はない」
 少し冷め始めたココアを飲む。この程度の悲鳴なら問題はない。後々何があるかわからないので少し離れておかないといけない。
「確かに、なんだか泣いているみたいだね……」
「お前はそのあたりに敏感だったな」
 彼は昔から他人の悲しみといった負の感情に敏感だ。どうやらそれは精霊のおいても同じのようだ。彼はつづけて言う。
「リヒトとか、レイの使う魔法ばかり見ていたから笑っているのが当然だと思っていた。けど違うんだね。みんな、泣かせているんだね……」
「……嫌に断定的に……」
 ふと横を見る。その時、妙な怖気が走った。その眼、黒いはずの瞳が――
「……お前、まさか――」

 
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