第七話
「精霊の歌」

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 長きに渡る苦痛の末、ようやくエリュシオンの番になった。
 次にはルージュが控えている。私はやっとこの拷問から逃れられると思うとついつい安堵のため息をついてしまった。
「アハハ、どうやら僕らに気づいたようだよ」
「……確かに。目つきがやけに険しくなったな」
「んー、そうかな?」
 私の前ではいつもあのような攻撃的な目をする。それほどまでに私に恨みでもあるのだろうか。いや確かに心当たりが多くあるが、時にはやめてほしい。
「わぁ、笑っている……」
「ああ、きれいな歌だな。水属性と氷属性の複合魔法か……あー、やっとマシな魔法が聞けた」
「そうだね。よかったよ。エルまで今まで通りな魔法だったら困るよ」
「全くだ。今までの魔法など魔法の成り損ないにも劣るからな」
 少々好き勝手に言ってもよいだろう。周りの人が頬を少し痙攣させながらこちらを何度も垣間見るが、今までの人の魔法が下手なのは事実なので気にしない。
 それにしても、この楽譜はどこか心当たりがある。つい最近聞いた音色の気がするのだが……
「……ねえ、これってあの時の魔法に似ていないかな?」
「――ああ、そういえばそうだな。少し手を加えられているようだが、俺が作った魔法が元のようだ」
「やっぱり、君が作った魔法だから少々手が加えられていてもきれいだね」
 たかがあの程度の改造で楽譜が完全に崩壊するようなものは作っていない。また私が作った魔法は私以外の人が使うにはどうしても手を加える必要がある。教える時もどこか欠けて教えている。そのためにどうしても改造しなければならないのだ。
 理由はそちらの方が面白そうだからそうしている。手紙の魔法も解呪の言葉などは抜かしている。
「えっと、元はどういう魔法だっけ?」
「ある攻撃魔法の不完全品、火の雪を降らす大道芸だ」
「ああ、教会でやったアレか」
 私は頷いた。あれは教会の子供たちにかなり好評だった。そういえば一月ほど前に彼女に魔法を教えてくれと頼まれた時になんとなく無害そうなものとしてこれを教えていた。まさかこういう時に使うとは思ってもいなかった。
 氷の結晶が光を反射させ、水柱が立ち上る。様々な形に変化する水を人々はただ見ていた。時々ため息をつく音も聞こえた。制御にところどころ穴が見受けられるが、許容範囲内のものだ。
 もう一つ文句を言うなら虹の一つぐらい作ったらどうなのだろうか。それをするには火、または光属性が必要になり、難易度も上がるが無理ではないはずだ。
 彼女の魔法が終わって前の人と似たような拍手が起こった。一応言っておくが、他の人とは全く違うものだ。どうしてそのことに彼らは気付けないのだろうか。
「ねえ、今の良かったよね……?」
「俺がオリジナルだ。それを弄っただけのアレについて過小評価をする」
「うわ、厳し」
 当然であろう。壇上に溜まった水を全て流されてからルージュが現れた。確か最前列には彼女の親が来ていた。そこらあたりで話しているのが聞こえる。
 そしてルージュは前の人に少しばかり話してから始めようとし――いやだからな。
「どうして俺たちに気付くのだろうなあ」
「きっとエルが話したんじゃないの?」
「まあ、そうだろうな……」
「見えないようにしようか?」
「いや、もういい」
 こちらに手を振ってきたが、私は無視した。陽光は当然のごとく振り返した。それから彼女はやっと魔法を使う体制に入ったのだが、魔法を使われる前に彼女にもやっておいてあげよう。
「――祓へ給ひ清め給へ」
「あ、懐かし」
 この世界にはないものであるが、儀式場を清めた方が魔法を使いやすくなる。特に面倒なものにおいてはその差が大きい。
「――掛けまくも畏き
   伊邪那岐大神
   筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
   禊ぎ祓へ給ひし時に
   生り坐せる祓戸の大神等
   諸々の禍事・罪・穢 有らむをば
   祓へ給ひ清め給へと
   白すことを聞こし召せと
   恐み恐みも白す――」
 これは祓詞と呼ばれるもので、どうして知っているのかというと私はこれでも神社の神主の家系にいる母親を持っている。
 簡略化したら最初の一言だけで終わるのだが、今回も場に積もりに積もっている穢れの量と質により念のため全文言った。
 まあ、穢れ穢れといっても魔力の澱みや属性力の乱流ぐらいのもので時間おけば解決されることだ。今回はそんな時間、最低でも一時間という時間がないので無理だ。
「本当にリヒトに色んなことができるね」
「まあお前ほどではない」
「僕には無理だよ。力が足りない」
「力が足りないだけだろうが。俺は出来ないだ」
 私はできないことはできない。人が考えている不可能なことは大概可能だが、それでもいくらかの不可能はある。
 しかし彼にはそんなものがない。やろうと思えば何でもできる。数少ない共通点は事実を捻じ曲げることはできないということだ。誰でも過去の死人をよみがえらせることはできない。現在の死人はほとんどが瀬戸際で生きている死人だからまだ生き返らせることは出来る。未来は、まだ生きているから生き返らせることは不可能。
 それに、先の祓詞は知っていれば誰でもできることだ。魔力もいらない。ただあの言葉を記憶する必要がある。それから集中力ぐらいのものだ。それだけあれば誰でも使えると思う。
 しかしながら私の場合は無意識下、幾万行ったためにできた経験則で理解していることも極稀にあるので、それのせいで使えるのかもしれない。何にせよこんなもの使えなくとも何の問題もないということだ。使えなくとも放置しておけば同じ結果になる。
「さて、ルージュはどんなものを見せてくれるだろうね」
「下らない魔法なら殴る。煩い歌だったら蹴る」
「綺麗な歌だったら褒めるの?」
「はっ、まさか! それが当然だ」
「いや普通はそっちが難しいって君が言ったのに……」
「俺に近しいものが下らない魔法を使うなということだ」
 ルージュはゆっくりと詠唱を始めた。詠唱を聞いただけではどのような魔法が使われるのかわからないが、発生する属性力の光の色で属性が、その輝度で規模が分かる。それから大概の場合は詠唱の内容で大体の形が分かってくる。やはり紋章魔法の方が隠れて使うことができるので便利だ。
 今回の詠唱内容から火属性の小規模魔法であることが推定できた。あとそれは上級に近い中級魔法であることもわかった。念のため陽光に結界を張る用意をさせておいた。最悪の場合私は何もできなくなる。その時のための用意だ。
 あー、無茶しないよ、な?
 不思議と嫌な予感しかしないのだが。

 
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