第七話
「精霊の歌」

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 ここでも無理なく使えるもの、そして何より防御と零距離攻撃に優れているものとなるとやはり"アレ"である。
 攻撃手段が決まったところで早速右手に魔力を――式とは簡単に言えば数学で使う関数みたいなもの――で変質させた全く別次元の力を纏わせ、その力を収束させて鉄爪をつけているような形にする。その力はいわゆる属性力に近い力だ。精霊同士が戦うことができるというのなら、属性力は有効ということである。
……なあ、殺される気、あるのか?
「な! いつの間に!」
 いつの間にというほど私は速く動くことができない。ただ相手の死角を最小限の動きを最速の動作で動いただけである。それだけでそれなりの速さは出る。
 つまるところ早くなるには三つの要点が存在する。
一つは一般的に知られている"個々の動作を速くする"
 一つは良く言われている"動作を少なくする"
 もう一つは余り知られていないが聞けば納得できる"相手を遅くする"
 以上の三点によって決まる。私はそれら三点を可能な限り行っただけである。
……ちっ
「――下等な生物にしてはなかなかの動きではないか」
 相手を人間だとは思ってはいけない。実態のない精霊なのでどのような形にでもなれるのだ。そういう面からしても腹立つぐらいに人間は不便だ。
 いや今の私の右腕も形はある程度変更できる。何せ今の右腕は力の塊だ。右腕の元の形を変えなければどうとでもなる。
――それで避けれたつもりか? なら愉快な性格だな。その瞳は不要と見る
「何? ――グファ!!」
 私の二の腕の部分から生えた槍が霞になった精霊の胸と思われる部位を的確に貫いた。アレがこの程度で死ぬわけもない。死んでもらっては困る。
 槍をまた元の鉄爪に戻し、その場で結界を張る。それと同時に火の玉が降り注いだ。さすがは精霊、詠唱も紋章もなしに意思一つで魔法が使える。私も大気の揺らぎがなければ発動前に反応することは出来なかっただろう。
「この、人間風情が!」
だからどうしたと言う?
 一通りの炎弾が終わったらすぐに近づいて切り裂く。一撃離脱"ヒットアンドアウェイ"が私の戦法だ。理由は長く近くにいると対処できない範囲攻撃を喰らうからだ。
 あの精霊は火属性なので大概の火属性の魔法は効かない。その気になれば自爆技に近い魔法も使いまくることができるのだ。そんなことをされて私が無事でいるわけがない。仮にもこの身は人間であるのだから。
――っ!
――ジュ!
「ハハッ」
 避けたつもりの一発が直撃した。とっさに左腕で防御したおかげで顔面に当たることはなかったが、これからは左腕を動かすのは禁じざるをえない。
 魔力を放出し、精霊のすぐそばまで移動する。そして腹部に右手を当てる。一呼吸のうちに放たれる翠の光――式によって変換され、全てへの干渉を許された純粋な暴力は精霊に甚大な損害をもたらす。
 割と私が使う攻撃の一つだ。必要なものは魔力を暴力に変換する式だけ。そして込めた力によってその威力を変えるというところもまた良い。さらには力の再利用可能というところが魅力的だ。溜めることもできる。
 ついでだが、零距離掌底波も叩きこんでおいた。これですぐに立ち上がってこられたら参る。直撃したのならの話だが。
 ここで式について少しばかり深く説明しておこう。こんなにも短い間で乱発しすぎてそれも必要だと感じた。
 先にも行ったように式とは関数のようなもので、ある力を別の何かに変質させたりすることはもちろん、それそのものに干渉するなどの機能を持っている。
 現在のところ大雑把に分けて式には二通りある。
 一つは自己干渉型――略称自在式――自己の存在式に干渉して自己の性質を変化させる。
 もう一つは他存在干渉型――他のものに干渉して変質させるというものだ。干渉式についてはアレだ、全ての式が式足る所以ぐらいに基本的なことなのでどちらでもある。
 話を戻して他存在干渉型にはさらに四種類に分けれる。
 その運動エネルギーのベクトルを変えるといった"他干渉式"。
 それがそうである力を弱めて姿や性質を変える、または強めて変えさせないといった"変在式"。
 他の存在に対して自己干渉型と同じ効果を与える"他在式"
 それの全てをそのままの形で固定する"固定式"。
 干渉式はすべての物事の根幹に深く関わっていたので魔法を分解していたら偶然的にも知り、理解したため使える。たとえば固定化の魔法、あれも実は根源にいたる部分は式なのだ。魔力を代価にそれがそうである力を強める。練成術はそれの対となる式だ。
……分身体? 器用なことをするな――が甘い
「ちィ!」
 精霊は人型を取り、黒い粒子をかき分けて炎の剣を持って襲いかかってきた。この黒い粒子は私の力なので一種のセンサーの役目も担っている。それのおかげで相手の行動が先読みできた。
 今は粒子を集めて剣を生み出している。
魔法でどうにもならなかったから今度は剣でか? だから浅はかなんだよ貴様らは
「だぁまぁれぇ!」
 袈裟切りを受け流し、胴を撃ち落とし、面を受け止める。日ごろから剣を振っていないものが急にそんなことをしたからと言ってうまいわけがない。どこぞの憑依体験の出来る家政夫ではないのだからそのようなことができるわけがない。
 後ろに突如出現した矢を弾き飛ばす。その時に繰り出された刺突は属性力を纏わせた回し蹴りで対処する。相手の負けるはずがないという甘えを考えれば行動を予測するのは非常に容易い。それは知的生命体であれば共通のことだ。
 一体どの世界のどこに負けることの無い者がいるのだろうか? 私すら昔は何度も負けたのだ。たかが数百年しか存在していない精霊ごときが負けないというわけが無い。たとえ今までがそうであったとしてもこれからも負けないということにはならない。
 さすがにこの精霊の"子守"ばかりするのも飽きたので反撃に出る。四肢に力を纏わせ、まずは相手の剣をへし折る。だがその剣は炎の属性力からできているのですぐに生えてくるだろう。それでもタイムラグはある。
 そのタイムラグ内に次の一手を叩き込んでいけばよいだけの話だ。自爆技を使われる前に倒す。あるいは干渉して未然に防ぐ。それでも注意するのはこの空間を傷つけないこと。
 右腕、左腕、右足、左足、計四刀から繰り出される攻撃は容赦なく対象の行動を妨害し、体力を削り、意識を刈り取り、気絶を破却させる。
 鳩尾に右腕で肘鉄
――ごす!
 顎を右拳で打ち抜き
――バキ!
 喉を左貫手で貫き
――ブチ!
 右足で上に蹴る
――ベキッ!
 頭を持って顔面に左膝を送り
――ガキ!
 ……以下飽きるまでエンドレス……
……こんなものか
 精霊の形を保つのがやっとな程度に痛めつけた。さすがにこれ以上するとこの空間から脱出してしまうだろう。それはルージュの魔法が中断されるので困る。
さて、大人しく従ってもらおうか
「誰が、下等生物風情に、従うか!」
――……ほぉ、まだそのような口が叩けるのか
 結構は偽りの誇りを持っているようだ。全く、そんなものを掲げて死んでいく者たちがあふれるこの世の中で、先駆者の愚行も理解しないそれのその行動は余りに馬鹿げている。
 その滑稽さに私は少しだけ嗤いを零す。どうしてこうもどの世界も死に急ぐ輩であふれているのだろうか。
「き――ザマ、これがどうなっても良いのかぁ?」
……本当に一度死んでみるか――?
 そのおろかな精霊が最後にした行動はルージュの命を手に取るというものだ。もちろんそれが本物であることぐらい私にもわかる。確かにそれは有効な行動だろう。しかし、私の前では余りに軽率な行動だ。私の目的は彼女の命が消されないようにする。精霊が人の命を食らって穢れることを防ぐというもの。それを完遂するためにはどの様な行為も行える許可を得ている。
 そう、あの精霊を殺すという許可も得ているのだ。精霊は一度殺されたぐらいでは死なない。あの魂が消滅するまで輪廻の輪の中に囚われ続ける。確かに記憶がなくなるが、死ぬわけではない。穢れるということも無い。
――……ミシリ
「――な、その力は何だ!?」
 急速に収束していく私の力にその精霊はおびえた。全身に集う力は密度を増し、すぐに質量と形を手に入れる。今までの霞がかった鉄爪のような曖昧模糊なものではなく、確固とした存在へと変貌していく。
 形状は鎧、主だった色は白、そして全身から力が結晶化した粒子を放っている。鎧には今はもう使われていない文字がリング状になって少しばかり鎧から浮いて回転し続けている。
 精霊が言うその力とは圧縮力や収束力などのことだ。人として存在するにはいささか異常なほどに私はそれらが高い。ゆえに力が質量を持つ。私は一度力の動きを確かめてからその精霊に告げた。

さあ最終勧告だ。
 と言っても拒否権も肯定権も貴様にはないが


 
 
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