第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

<1>



 混濁した思考がだんだんと晴れていく。
 ばら撒かれた立体パズルのピースようになっている自己がくみ上げられていくような感覚だ。身体はまだ重いが、生活には問題はない。ただしばらくは無理が出来ないようだ。
 全ての感覚が自分のものとなったのを確認してから私は目を開けた。まず目に入ってきたのはお馴染みの白い天井だ。見慣れたくもなかった見た目は清潔感あふれる病原菌の山――もといどこかの病室のベッドに横たわっている。相変わらず窓は締め切られているため空気が非常に淀んでいる。空気清浄機ぐらい作れと後で魔道技術開発部門、一般呼称魔技院の方に火をつけに行くか。
 本来の調子とまでは行かないながらもそれなりに回復できている身体を起こしてとりあえずこの腸煮えくり返る空間から逃亡をしよう。
「ん? ――ああ、結界か。俺も甘く見られたものだな」
 この病室全体に入出できなくさせる結界が張ってある。張った人はレイヴェリックのようだが、私には余りに簡単な結界だ。この結界を解呪する方法は中から壊すか、はたまた魔術式を解くかの二通りである。
 前者は後での補修費用の捻出が面倒なので今回も却下。
 後者はコレ、アレだ。彼女が作り上げたものなのでそんな生半可な気分では解けるはずもない。解くこと自体面倒なので流す。
 と言うわけで第三の選択。結界が私と言う存在、いやこの世界の全てに対して干渉するから侵入などを妨害する効果があるので、その効果を一部対象に対してだけ不干渉にさせる式を構築し、対象を私に適用して脱出すればよい。
 式というのは非常に応用が効く上、そんなにも力を必要としない。ただし、かなり攻撃や治癒と言ったことには不向き、と言うより無能。今まで使ったものも干渉できないものに干渉するのや対象を変質させるもの、そんな式しかないのだから仕方がない。攻撃は常に私の身にある攻撃力でしかない。
 いやまあ使い方によってはいろんな意味で最キョウなのだろうが、そんな使い方をせざるを得ない状況がない。
「……チ」
 やはり全武装が取り上げられている。アークがないのは元々として、新たに入手した短剣、腰につけてあった鉤爪つきの紐、全属性耐性及び防刃防弾性、外界からの侵入の妨害を付加した正装用のロングコート、髪留め代わりにつけていた爆弾、いつでも使えるようにしていたカートリッジ12発分までなら話はわかる。
 対価としてかなりのものであるため、練成するとすばらしくよい武器になる装飾品まで奪うとはかなり手を込めているようだ。
 実のところそんなことは正直どうでも良く、その部屋から出た私は、このままではすぐに見つかるとわかっているのでとある魔法を使った。
 ここはどうやら国立学院の中にある治療室。先ほど学院の制服を着た人を見かけたので間違いないはずだ。多分、陽光が私は安静にしていれば問題ないとわかったのでここらで寝かしたままにしておいたのだろう。
 と言うわけで、私は服装をここの制服に変更した。他にもいくつかの魔法を発動しているがそれについての質問はなしということで悪しからず。
 私がまずすべきことは何と言っても武装の奪還であろう。徒手空拳、いや鬼神化の力の一端の真具召喚(黒い武器のこと)でもすれば何があっても問題ないようにできるのだが、それはそれで疲れるので面倒だ。
 せめて私のものだけでも取り返したいので取り返す、と思った人は甘い。奪われたもの以上に奪うのは世界を生きるうえでも基本的なことだ。
「あ、おい! 遅れるぞ!」
「は?」
 気持ち悪いぐらいに平和だ。知らない人々の波に巻き込まれつつ、私は思った。確かに今は暇なのでついていこう。授業見学と言うものだ。私の両肩に必要以上に掛かっている仕事を担わせる若者にどういった教育を受けさせているのか少しばかり気になりもした。
「間に合った〜」
 当然のことながら私は周りから気にされないように少し離れた場所で身を潜める。さて、今回はどういった授業なのだろうか。後で文句を言うためにちゃんと記憶しておいたほうが良いな。
「遅刻寸前だな。以後気をつけるように」
「はーい」
 授業開始の鐘の音が鳴り響く頃に二人の生徒がやってきた。その二人に対して教師が言った。それから今日することの説明が入った。話を聞く限り今日は剣術の模擬試合をするようだ。
 さすがは武芸科剣術部。全生徒が手に模造剣を持っている。私も持ってみたのだが、コレは真剣よりも断然軽い。もう少し重くすべきだろう。とりあえず思い思いに準備運動をしている。
「まずは遅刻寸前組、お前らからだ」
「はい」
 白髪の少年と赤い髪をした青年は赤レンガで囲まれたところに入っていった。この学院には飛び級制度があるためあのように年齢の違う人が同じ学年にいても何の不思議も無いのだ。それでも飛び級するのはかなりの努力と才能が必要だ。
 一応ここでルール説明をしておく。
 試合は相手に負けを認めさせるか、教師が勝敗を決めるかでこの試合が終わる。禁止行為は強化系以外の魔法の使用、頭などの急所を狙って重傷を負わす行為など本当に実戦に近い試合をしたいのかと思うような制約がある。
 片方、白髪の方の少年は少し飛んで足場の具合を確認した。二人は教師に指定された位置に立って向かい合う。少しばかり先日の雨で足場がぬかるんでためだろう。
「準備は良いか? ……では始め」
 教師のやる気の無い開始の合図で始まった。この国の南部から中央まででよく見られる赤毛の青年は勢いよく白髪の少年に突っ込んでいった。私から見ればナメクジのように遅い。それでも彼の年代の一般的な人の速さから考えれば早いほうだろう。
「テェヤァア!!」
 奇襲をかけたつもりなのだろうが如何せん猪突猛進過ぎる。また気合付けのために大声を出しているのも良くない。
 こういう見晴らしの良い場合の奇襲ではまず剣に魔力を込めて振ることにより発生する衝撃波で土煙を上げて目潰しとし、魔力を限りなく抑えて相手の懐深くに潜り込んで殴る。それから抑えておいた魔力を解き放って奇襲を完遂する。
 もちろん全てが終わった後は急速離脱をかけないと反撃がくるので要注意、と。
――ギィィィイイイン!!
 そんな読みやすい攻撃を仕掛けられた少年はその場に立ったままでいた。そして相手の大上段の斬りを受けるのではなく受け流す。そちらの方が剣の負担も少なく、何より体格的にやりやすいのだ。そして他にもあるようだ。
――ズシャァ!
「うわぁ!」
 やはり。
 ここからだと見え難いが、多分ぎりぎりまで足元に魔力の振動を送り込み続けて足もとのぬかるみを酷くしていたようだ。そんなことを知らない赤毛の青年は当然の如く盛大にこけそうになった。
 こけるよりかはまだ良いが、それでも十分な隙が生じている。それを彼が――こんな状況に追いやった彼が見逃すわけが無い。
「――シッ!」
 白髪の少年は天に飛び上がり、剣を薙いだ。それによって生み出される無数の衝撃は赤毛の青年を襲う。あのぬかるみの中では十分な踏み込みがしづらい。
 それよりかはあのように空を飛んで全体重をかけたほうが良いと考えたのだろう。ただ空に飛ぶと次が避けられないのだよな。
「テンメェ!」
 何とか衝撃波の雨をしのいだ赤毛の青年はいけ好かない面構えを保ったままでいるその少年に当然のごとく斬り上げをした。
 ああ、あの少年の判断と行動は正しい。この青年は猪突猛進のバカだ。この場合、有効である攻撃方法は横に薙ぐかタイミングよく切り下ろすかだ。切り上げた場合、それを受けることによってまた上に逃げることが出来る。特に体重の軽い少年の身体などその青年から見れば容易く上げられるものだろう。
「あはははっ」
 少年は無邪気そうに天を待った。太陽光のせいで銀の鳥が空を舞うようなその光景の奥には凶悪さが隠れている。今までは拡散させて使っていた衝撃波を今回は剣に纏わせたまま青年に襲い掛からせた。
 高いところにいるという位置エネルギーを運動エネルギーに変え、さらには衝撃波を加え、自分が剣を振り下ろすという行為で運動エネルギーを上げる。多分この状況で彼が出せる最大級の力がそこに備わっている。
 そして今頃になって青年は自分の犯した間違いに気付いた。

 
 
←Back / 目次 / Next→