第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 そしてその一撃が振り下ろされた。
 青年が避けられるような速度ではないことはわかっている。それにあの打ち上げられるその一瞬の間で少年は青年の頭に鞘を入れていた。そのために青年は少しばかり昏倒していた。
 故に避けられる時間など既に無く、受ける以外の方法が無かった。
「行くよ!」
 空中で回転することによってさらに力を得る。それによって生み出されるエネルギーをそのまま青年にぶつける。この場合、相手のことをどれだけ知ることができるかが勝負の分け目になった。
 少年の場合は相手が切り上げをしなかった場合この攻撃をすることが出来なかった。青年の場合、もう少し深謀遠慮していたらこんなことにはならなかった。
 そして二つの剣が交わった瞬間、何か小型の爆弾でも爆破したのかと言いたくなる轟音があたりに響いた。赤レンガで囲まれた闘技場には小型ながらもしっかりとしたクレーターが見受けられる。
 これは、多分上からの威力を全て下に受け流したためであろう。どこかの地でそういう力を流す技があることは知っている。確かにアレは損傷を抑えることが出来るが、一歩間違えば心臓破裂も良くある技だ。ここが使い時に見えない。成功したのなら私は何も言わないが。
 そして土煙が晴れて、そこに立っているのは二人だった。どうやらまだ雌雄は決していないようだ。
「うわぁ、思ったより頑丈だね」
「思ったより軽いじゃねえか、チビ」
「黙れ、石頭」
 背が低いことにコンプレックスを感じているのか。
 背はほとんど生活スタイルと遺伝子に関わってくることだ。悩んだところで何の解決にもならない。それよりも小さいという恩恵を甘んじるべきだ。確かに小さいと言うことにはいくらかのデメリットがあるが、それと同じぐらいメリットもある。たとえば相手の懐に入り易い、小回りが利く。
 他にも考えられるが、私の前では無意味だ。と言うより近接戦闘を仕掛けること自体が自殺行為に相当する。たとえば干渉式を構築して相手の攻撃は通らないようにした挙句、こちらの攻撃は距離や障害物、防御無視にしてしまえば、あとは剣を適当に一回振るだけで全ての片がつく。
「――疾く風の如く駆け抜けろ」
 風属性の補助系統の加速魔法だ。それを少年はさらに自分に付加した。これで使っているのは合計五つ、風圧を軽減させる障壁魔法が一つ、脚力を上げる魔法と加速魔法をそれぞれ倍がけしていることとなった。
 一度に複数の魔法を維持するのは何気なく難易度を底上げするので、その数によってその魔法使いの素質が測れる。五つとなれば一般的な魔法使いとしては少し下、剣士としては少々上の方だ。
 他に倍がけの効果はそのかけた数の二乗である。使いすぎると肉体の方が持たないのでその辺りの見極めが大事、今のところはそれぐらいだろう。
「ハァァァアアアア!!」
 赤毛の方の猛攻を交わしていく白髪の少年。少しよけ方が雑多であるが、まあそれは気にしない。少年にとって不可避の攻撃は確実に受け流しているが、それ以外のかわせる攻撃も受け流しているあたり、もう少し鍛錬が必要である。
 避けるばかりで受け止めない理由は出来ないからだと推測した。体重差と体格差を考えればかなり危険な香りがする。
「う、わ」
 地にある石で少年が躓いた。赤毛の攻撃に集中し過ぎていたためにそこまでの注意がまわらなかった為と普通の人は推測する。しかしそうではない。戦士たる者、石に躓いた程度のことであそこまでこけることは無い。其処に注意してみればすぐに罠だとわかるのだが、あの赤毛がそれに気付いているのかと言うと正直に首を横に振ろう。
 稚拙な罠にかかった赤毛はここぞとばかり大降りに剣を振り下ろした。先読みの出来ない兵士は壁にしか使えない。後で学院長らに隅から隅まで愚痴で黒く埋め尽くされた紙でも送ろう。もちろん減給も添えて。
 さて、望みどおりの行動ばかりをしてくれた猪に対し、少年はすばやく剣を捨てた。とりあえずルールでは徒手空拳禁止とは書かれていない。故に格闘技もまた可なのだ。
 それに武芸科は共通して格闘技を教えるようにしていたはずだ。そのためにあのようなことをすることも想定できる。あのようなこと、すなわち関節技を決めることだ。
 剣を捨てた少年はすぐさま身体を捻って着地し、不安定な体勢ながらも慣れた手つきもとい足つきで青年の右手首を強く蹴って剣を落とさせる。もちろんそのときに落ちた剣は当たらないように蹴り飛ばした。
 そして横に転がってすぐに起き上がり、相手をそのままうつぶせに倒し、関節技を決めた。ただ、そこでどうしてフルネルソンなのかが聞きたい。下手すれば相手が死ぬような技を決めて勝敗の方は大丈夫なのだろうか。いやここはより実戦に近くなったとして諸手を挙げて喜んでおくべきだろう。
「イ――ッテェ!」
「負けを認めてくれなかったら少し力が入るかも?」
「誰がチビガキに負けるか!」
――少年の顔に今まで見たことがある笑みが浮かんだ。
「…………」
 あ、今ゴキッという音が聞こえた気がした。赤毛の少年が泡を吹いているがそれはあくまで気のせいに違いない。教師もなんとなく見ているようであるのできっと幻覚だろう。少なくとも死んではいないようなので大丈夫だ。
 多分アレだ。あの少年に言ってはいけない一言を青年が言ってしまったがための自業自得なのだろう。青年がチビかガキを言ったあたりの少年が発した殺気は結構濃密な物であったのでまず間違いが無いかと。
「勝者、イオン」
 少年の名はイオンのようだ。
 これからすぐ次の試合が始まるのだが、大体の内容があの一線でわかったので見る価値が無くなった。そういうわけで私は自然消滅しようと思う。
 それにしてもあの青年は本当に大丈夫だろうか。なんだか皆に蹴られたり殴られたり、落書きされたり、やはり蹴られたりしている。一体今まで何をしてきたのは非常に痛切に聞きたい。いやそこまでの興味は無いものの、少しは調べたいと思うのは人の性だ。
 知ってどうなるということを考えると無性に調べる気がなくなるので今は考えないことにする。私にとっていつか役に立つかということは重要ではなく、それが私の目的に必要であるかどうかが重要になっている。そのために考えた途端に不必要性を知ってしまい、知る気が起きなくなる。
 その程度のことで知的好奇心がなくなるのは由々しき問題だ。時にはくだらないと感じることでも知ろうとすべきなのだが、一度知る機がなくなると二度と知ろうしない癖が私にはある。そんなことはどうでも良く、とりあえず当初の予定――武装の奪還を行おう。
「…………そっちか」
 風に聴いてみたところ、どうやら物によっては凶悪そうなのでいたずらに触れることも出来ずにここの武器庫に放り込んであるようだ。
 それは正しい判断であったと言える。物によっては弄られたくないからなんかもう凶悪すぎてやった後に引いてしまった刻印を打ってしまったものもあるから。
 たとえば、不用心にちょっと中を覗いてみたら思い出したくない過去のトラウマ、あっても追加で蟻風呂、蛭風呂、油風呂など各種拷問の苦痛を幻覚で相手に叩き込んだりするやつとか。
 精神崩壊しても私は責任取りません。

 
 
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