第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 簡単に武器庫に侵入できたのもなんだと思いつつ、中にあった私の武器を手に入れる。
 そういっても全てそこに保管されてあるというわけではなかった。無い武装もあった。少なくともこの冬の寒い時期にも欠かせないコートと最近うっとうしさをまた増してきた髪を留めるための髪留めを手に戻っただけでも良しとしよう。
 うん、髪って地味に魔力伝導率が良いことが判明して、切るに切れないんだよな。で、そのことレイヴェリックに愚痴ったら"貴方はいつ竜族か森の賢者になったのですか?"と聞かれた。
 ついでに何かよいものはと物色するが、そんなにも簡単に見つかるわけも無い。0.5mmぐらい凹みつつ、何だか妖しげな空気の場所はないかと詮索する。そうしている内に急に声をかけられた。
「リヒトー!」
「…………」
 たとえどの様な魔法を使っても、何のことがあろうとも私が生きている限り必ず私を見つけ出す陽光その人である。彼から逃げきるのは至難の技と言うより死んでも無理なので諦めたといえばあきらめた。
 そんなことより。
「俺は何日寝込んでいた?」
「二日だね! もう大丈夫? いやないんだろうけどさ」
 生活に問題があればここにいない。別の問題を消去するための行動をしている。そんなことよりもまずはアレだ。武装についてだ。そこまで執着はしていないが、折角手に入れたものをみすみす手放すというのは余りにもったいない。
「それよりもだ。俺の持ち物はどこにやった?」
「リヒトの部屋の中に放り込んでおいたよ」
 そう返答する彼の肌は妙に艶やかだ。それほどまでに良い事があったのだろう。
「……うむ、後で殺菌消毒と消臭が必要だな。むしろ部屋ごと変えるか」
「ぇえ! 何でさ!?」
 どうせあの部屋も予備の一つだ。というより全てが予備、本当に使っている部屋は存在しない。だから今更部屋一つなくなったところで何の痛手にもならないのだ。武装に関してはまあそんなところだろうと思っていたのでそれほど驚くことはない。
 何かと危険な物を探すという魅惑的な行為を中断するのは多少気が引けるのだが、今ある物をさっさと使えるようにするのもなかなか大切なことであるので一旦城に帰ることにした。もちろん陽光は私についてきた。子犬か貴様!
 当然のことながらまっすぐ帰ることなど奇跡にも近いことなのでその間にあった下らない、特筆するにも当たらないことは全て省いておく。とりあえず帰ったら何か喰わなければならないぐらい疲れたと記しておこうか。
「あ、僕もお茶ほしい」
「今日はクレーデル国南部産の緑茶だ。久方ぶりに緑茶を飲みたくなった」
「ならお茶請けに羊羹とって来るよ。昨日作ったんだ」
 陽光は時々お菓子を作る。それが彼の趣味の一つである。女々しいということは食ってから言ったほうがよい。ふざけているぐらいにおいしいから。食ったら平伏するに違いないから。
 近頃は鍛錬で忙しくて創る暇などなかったのだろうが、馴れ始めてきた今はそんな余裕が出来たのだろう。時々城下町に出かけて材料を買ってきている。ただそこで問題なのはそのための費用が全て私の財布もちというところだ。
 で、当然必要とする食材の中には珍しいものもあるわけで、これがちょっと無視できないほど金がかかる。特にこの世界で砂糖は割かし高級品であるため、キロ300円などという額ではない。円に直して言うと、グラム34円というところだ。
 他にも塩コショウといった香辛料や蜂蜜といった甘い物は高い。まあ金は腐ったほど有るので問題はないか。いやはや金庫の隅の方で錆び始めた銀貨を見たときは少し驚いた。
「昨日小豆を見つけたから作ちゃった」
「……相変わらず美味いな」
「伊達に五年も家事をやっていないよ」
「普通五年ほどでこんな味を出せないのだがなぁ」
 去年の文化祭のときにやった喫茶店でバカ儲けした理由の四分の一は彼の手作りの菓子であったことを一応書いておこう。さてその様に急遽製作した掘り炬燵の中に足を突っ込んで羊羹を食べつつ――もちろん炬燵の上には竹かごに盛られた蜜柑がある――なんとなくだらけていた。
 仕事においては気懸かりもあるが、今は見る気がしない。こんなにものんびり出来る環境はめったにないから正直手放したくない。
「…………そうだ」
 余りの暇加減に眠りそうになりつつも、とりあえず何か――短剣の改造をしようと思った。思ってみたものの、ここからその改造道具一式を入れている箱が置いてある部屋まで行くのに嫌が上でも暖房なんて効いているはずもない廊下に出ざるを得ず、それだけならまだしも歩いて20分という無謀な距離、そして何より雪が降っている外に出なければならないという関門があるので正直取りに行く気が起こらない。
 寒がりの私にとってはその様なことをする行動力がない。そう思いつつ、本当に炬燵の近くにある囲炉裏に設置されていた鍋で作られていた善哉を受け取る。もちろん作った人は陽光だ。もち米が良くあったなと思いつつ、出費を少しばかり気にしてほしいと思うのはなぜだろうか。
 この部屋に炬燵や囲炉裏があるのは別段不思議なことではない。郷愁の念にかられて作った純和風の部屋がここなのだ。もちろん隣の庭は和風であり、地味に茶室すら設けてある。製作期間は大体二週間、稲藁とい草を見つけるのに手間取ったぐらい、他の者は割りと簡単に手に入った。
 そういうまったりとした時間を過ごさしてくれるほど世界は甘くないようで、この空間を破壊しようとする不届き者が地味に存在していた。間者や暗躍者ならまだ対処がしやすかったのだが、それがあの二人となったらその様な対処ができないのだ。
「――申し訳ございません!」
 ここは和室だ。それなのに立ったまま誤られるのは妙に会わない。ここは普通に土下座だろう。むしろ立ったままであるとこちらより目線が高くて実は誤る気はあるのかと疑ってしまう。
「まあ過去のことは水に流せないとして、とりあえず土足で上るな。上がるならそこで靴を脱げ」
 畳の上に土足で上った暁には外に干しておいてやろうと考えている。何の障害もなく北国に近いのでセ氏が氷点下を軽く下回る真冬の夜空を見れるこの都市で最も高い特等席に頭を下にして天日干しをしよう。風邪を引くのは自己責任として、大体二日間ほど干したままにしておこうかと。
「それが俺達の国での礼儀だ。この部屋は故郷の部屋を模しているのでそれに従ってもらおう」
「わかりました」
「で、お前たちは何しに来た? あとコウおかわり」
「もう四杯目だよ」
 新たに来た二人分のお茶を注ぎつつ、私はそう言った。それからこの寒い冬の中、そこそこに冷えたままにしている空間ではこういった暖かいものはかなりおいしく感じられるのだから仕方がないだろう。
 それに明らかに鍋に入っている善哉の量は二人分というものではない。少なくとも五人分はある。一体何を考えて作っているのかを今一度問いただしたいところだ。
「う、緑茶は苦手なのですよね。なんだか、こう、渋くて」
「私もです……」
「この渋さの良さが分からないとは……」
 そんな二人のために紅茶やココア、コーヒーを入れるほど私は心優しくできていない。それ以前の問題もある。
「何を言ってもこの部屋に緑茶以外の茶葉を置いていないんだ。諦めろ」
 ちなみに、どうして彼女たちがこの部屋に来れたのかというと、この部屋は封印加工をしていない上、内装が内装なので割かし有名だ。後はこの部屋に入っていく私たちを使用人が見ていたとすれば話は早い。今まで彼女たちが来れなかったのはその聞き込みの時間のためだろうと推測する。
「はふはふ」
 善哉にはやはり蓬だよな。
 箸休めに白菜の漬物は外せません。

 
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