第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 陽光は二人に"善哉はいるか"と聞いたのだが、彼女たちがそれについて知っているわけもなく、"善哉とは何か?"聞いたあたりは割愛させていただく。
 少なくとも鍋の中にある善哉で寒い冬に食べる甘い食べ物として認識していただけたことだろう。いや別に夏に部屋の温度を寒くして食べるのもいい。特にここの冷暖房は電気代がかからず、環境にも優しいものなので心を痛めずにすることが出来よう。ただし私はその様な季節外れなことはしたくはないのでやらない。
「あ、おいしいです」
「よかった〜」
 まあそこまで詳しくは言うつもりはないのだが、箸の持ち方が確実におかしい(握り箸、刺し箸等)14歳を見ているとある意味滑稽だ。異世界だからしかたのない面もあるとして、私や彼の持ち方を見て間違っていることに気付かないとはいかなる不注意だろうか。
「あったまりますね〜」
「だね〜」
 そこで融解しかけている物体×二に告ぐ。お前らは一体何をしにきたのか、部屋の主に言っていないだろうが。言わずに溶けるとはなんということだろうか。
「で、何しに来たんだ? あとなぜ謝ったんだ?」
 甘い物ばかりを食べていると舌が麻痺してくる。それを防ぐためにさらに持った白菜の漬物や糠漬けを頬張る。漬物の文化はここに存在していないようだが、保存という文化はある。ただ一つ言いたいことは冷蔵庫みたいな物ぐらい作れということである。
 ちなみにその漬物も陽光が作った。彼に作れないものはあるのかといつも疑問に思うのだが、まあそんなことは気にしない。
「あ、それは、あの――」
「えっと、学院歳の時のことで――」
「――陽光?」
「――説明しちゃった。てへっ☆」
――ガス!
 かわいらしく舌を突き出しながら彼が横でそう言う。無性に殴りたい顔つきであったのでついつい殴ってしまったのは過去のこと、もう変えられないことなのだ。あ、障子を直しておかないといけなくなった。そうは言っても障子一枚ごとき、そんなにも対価を必要としない。
 ポケットの中からコインを一枚取り出して横の大穴の開いた障子に投げつける。そして近頃手慣れた遠隔練成術を使用して元に戻す。
「あの、ヨーコ様は大丈夫なのですか?」
「バカは風邪を引かないというし、まあ……問題はないだろう、きっと、May be……」
 風邪を引いても鍛錬を休ませる気はないので結果的には問題ない。
 さてはて、説明してしまったということは先ほどの謝罪はあのことに関してなのだろう。彼のことだから説明したのは私が倒れてすぐにではないだろうか。ならば十分に反省する期間がある。
「…………」
「……怒らないのですか?」
「学院祭のことだろう?
 どうやらもう反省したようだし、怒ることも無意味だろうが。いや怒られたいという殊勝な心構えでここに来たのならば殴ってやるが……そんな風には見えないしなぁ」
 それ以前に体が鉛のように重い。これではいつもの四分の一程度の力も出せそうにない。そんな状態で怒るといっても高が知れているだろう。せいぜい一週間使用人として働けぐらいなものである。それに従わない場合、私が全行程自信を持って調べ上げた表にも裏にも出すべきではない個人情報を大々的に発表するだけだ。
「あ、今非常に陰険なことを考えていましたね」
「ああ」
「……普通認めますか?」
「事実を認めないほど俺は愚かじゃないんでな」
 普通で一括りにしないでほしい。
 そのままのんびりしていると陽光が復活して、なんだかんだでその二人と勝手に三人で盛り上がり、そのままなし崩し的に買い物に行こうなどということになった。行くならどうぞご自由にとばかしに見送るつもりでいたのだが、当然のごとく巻き込まれる羊な私である。逃げれないのかと思うのだが、逃がさしてくれそうにない。
 特にルージュは"殴った罪です"と不当なことを言った。そして毎度の事ながら私は金づるであろうと予測して金は多めに持っていくことにした。
 ちなみのその中にドゥアンがいない理由は、バカなことに先日馬車馬に轢かれて両足を複雑骨折したためだ。今入院中。全治まで一週間ほどで済ませれるのは明らかに魔法のお陰であろう。回復魔法は何気なく欠点があることを近頃の人は忘れがちだ。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 現在懐が加速度的に薄くなり中……
「…………」
「目つきがやけに険しいですよ、リヒト」
「割に合わない。利益がない」
「なんて現金な人ですか……こんなにもかわいらしい美」
「自画自賛も好い加減にし、たまには鏡見て現実と向き合ってみろ。そのうちかわいそうな人として認識するぞ」
「…………」
 言うことはわかったので先に言った。第一、真の美人というのは九割方がナルシストであり、残りごく少数が天然かつ無自覚と相場が決まっている。
 そんなくだらない会話よりも今は私の身体の方が問題だ。先ほどからなのだが妙に調子が悪い。全身が鉛のように重く、魔力回路の形成がうまくいっていない。それが何のためにかはわからないが、何か原因がある。いやないとおかしいというだけだ。
「――んむ?」
「これでどうでしょうか?」
 ルージュが私に手渡したのは深紅の石だった。確かにそれは個体数が少なく、貴重なものではあるがそれほど珍しいというものではない。確か、名称は――
「――緋結晶、だったか」
「はい、そうです」
 緋結晶の使い道は全くない。
 火の加護を強く受ける者が強い未練を残して死ぬとき、稀に残るといわれる宝石である。精霊がそうさせるのか、はたまたその人の思いが生み出すのか何一つわからないが、それは持つべき人のところに行くそうだ。似たようなものとして蒼結晶、翠結晶、水晶種というものもある。
 また、水晶の輝きはその人の未練の内容によって変わる。誰かを殺したいなどの不穏な未練の場合は穢れた輝きを放つが、誰か大切な人を護りたいなどの未練であるならば綺麗な輝きを放つ。もらった物は綺麗な輝きを放っている。
「ル、ルージュ様! それはあなたのち」
「いいのですよ。私は十分に守ってもらいましたから」
 何があったのかは判らないが、これが大切なものであるということはわかった。くれるというのならもらうのが私の主義なのでもらっておく。
「ああ、受け取っておく」
「大切にしてくださいね」
 とは言っても使い道がないので、さてどうしようか。比較的小型の石なので持っていてもそこまで支障はない。何かの装飾で使おうと思いつつ、とりあえずポケットの中にしまっておいた。

 
 
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