第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 何の役にも立ちそうにない石一つとこの高額な出費とを天秤にかけるとやはりある方向に傾いている。
 彼女たちは生まれながらにしてかなりの貴族、ニアリーイコールで金持ちであるためか、金の価値が全くわかっていそうにない連中がなのでその辺りは仕方がないとしよう。
「――と、いう訳で服飾店に来ました〜」
「誰に言っているんだ貴様?」
「あ〜、えっと、誰でしょう?」
 なんだか乗りに乗ってしまっている彼女たちの学友が言った。偶然的にも道端で出会ってそのまま一緒にいるようになってしまったわけだが、どういう経緯で私の金を使うのかが理解できない。
 後で老王や財務卿、ついでにベルクロア家の現党首から金をむしりに行こう。泣いても笑っても彼女たちが使った金額は記憶して累計してある。その総額はざっと高級リゾート地に大きな別荘を三件建てられるほどであるのだ。今までのことを考えるとむしりに行っても少々許される。主に私が言うのだから問題ない。
「うわぁ、色んな服があるね」
「まあ、王都一の服飾店ですから」
 ただ、動き難そうな服ばかり取扱っているのはなぜであろうか。異常なぐらいに宝石やらフリルやらを取り付けて明らかに重たそうである。アレを着て華麗なステップを出来るというのだから近頃の自称淑女の筋力はきっと凄まじいものであるに違いない。ついでに図々しさも。むしろそっちが主か?
 念のために行っておくが、私と陽光の服は私が作ったものである。王宮にある服も売ってある服もどちらも欠点がありすぎてどうしても作らざるを得ない。陽光が作らない理由は、料理においては出来るというのに裁縫などといった創造関連は相変わらずゲスならまだ良かったほどなので、いつものように私が作っている。
 どういうわけか昔――と言っても中学は行ってからだが――私に服を作れとせがむ人が後を絶たないのでこういうことに関してもかなり慣れている。彼女たちの物色が終わるのを待ちながら、まあよくこんな物を着る気になる人がいるものだと半ばあきれながら店内を見渡していると奥の方から私を呼ぶ声があった。
「……何のようだ?」
 こういった店特有のきつい香水の臭いにやられながらも奥の方に向かう。
「リヒト、本当なのですの!?」
「何が?」
「このことですよ!」
 このことがどのことかを説明してもらわないと私は肯定も否定も出来ないのだが、とりあえず指差されたほうを見てみると、そこには上半身裸に近い状態の陽光がいた。それだけを見て何についての真偽を問いたいのかがわかった。
「いや見てのとおりだろう。お前は自分の目も信じられなくなったのか?」
 陽光の背中には小さい刺青のようなものがある。それは俗に言う封印であるのだが、これの封印の対象は変わっている。近頃は私が度々気絶することや彼の力が強力になっているので解けかけているが、それでもある程度はできている。器の強度に対して強大すぎていた力の封印をそろそろ外しても良いころか。器もだいぶ硬くなってきたしな。だからといってすべては外せない。
「でっ、ではヨーコ様は、女性……?」
「ああ、生物学上まず間違いなく女だ」
 なんだか恥ずかしそうに頭を掻いている彼の胸の部分には若干ほどけているさらしが撒かれてある。この世界にそういう女性用下着というものは下の部分にしかない。というわけで彼が取った方法はこれであるのだが、そのくらい自分で創れと言いたくなったのは言うまでもない。
「な、なぜ今までいいってくれなかったのですの!?」
「聞いてこなかったから。というよりも、お前ら良く気付かなかったなぁ」
「あなたがヨーコ様のことを彼とばかり言いますから全く気にしませんでしたわ!」
「近くで叫ぶなルージュ。
 男の事を彼といわなくてはならないことはない。同様のことが女性にも言える。用は、三人称は誰の事を指しているのかさえわかればいいものだ」
 それに、私は間違ったことを言った覚えはない。"雪桜の出逢い"でもあるように彼の中にはもう一人いる。それは陽光とはまったく別の生命であり、性別も生前は男である。私はそちらの方を指して言っているので嘘にはならない。さらにいうと、そちらの方の名前が東堂トウドウ 陽光ヨウコウである。では、今いる彼女の名前はと言うと。
「ヒカリ、それが彼女の名前だ」
 これが面白いことに彼女の兄と同じ漢字を書く。なのでどんな時でも嘘にならなかったのだが、ここではそうも行かない。
 ちなみにこちらに始めてきたときの自己紹介のときに目覚めていたほうが彼女の兄の方である。彼の場合も適正化が済んでいなかったのだが、中にいる彼女の適正化とはまた別のものなので後でゆっくりとやればよいと判断し、表に出てきたらしい。
 つまりまだ彼女は自己紹介をしていない。それも今さらなのでどうでもいい。
「皆、僕のことをヨーコって呼ぶから誰のことかなって最初は思ったよ」
 嘘はついていない。事実も言っていない。真実なんてここにない。お陰でなかなか面白い反応が見れた。そう思いつつ私は彼女の背中にある刺青の中心に触れる。
「これも要らなくなったようだから外すな」
「うわ、また勝手に何かやっていたの?」
「まあな」
 大体の場所で言うと首の根元だ。まずはそろそろ切らないといけない邪魔な髪をどけ、刺青全体を露わにする。短剣を取り出してそこに薄く十字の傷を入れる。私の親指にも傷を入れ、血を流す。
「何をしているのですか!?」
「見ていたらわかる」
 面白くはないが、なかなか異様なものが見れる。血の流れている親指をその十字に刻まれた傷の上に乗せて、私はつぶやいた。
「第一から第三封印開放――解除コード"ハジマリハアカツキ"――承認」
「――んっ」
 大雑把に見て太い線の集合体の黒い鳥のような形をした刺青の一部が白くなった。それと同時に白色の光が彼女を包み、身体を変化させる。
 今までは男性に近い女性の体つきであったが、封印が一部とかれたことで誰がどう見ても明らかな女性体になった。他に変わったことは茶色の髪に金色が混じり始めたぐらいだ。青い瞳は相変わらずである。
「…………」
「んー、なんだか久しぶりな気分」
 まあ、本当に久しぶりなのだから仕方がない。
「……ん? どうしたの?」
「……負けましたわ」
「へ? 何が?」
 多分、あの部分のことだろう。今まで何を食ってきたのかと全女性が聞きたくなるぐらい彼女の本来のスタイルはかなり良いらしい。
 正直そういったことに関しては私も彼女もそして彼も興味を沸かすことが出来ないので風聞でしか判断できない。せいぜい思うことは、あの無駄に揺れている巨大な胸は明らかに戦闘中重荷になるということぐらい。
「む! 服が着れない……」
「あー……後で直しておく。というわけで破れたのは諦めろ」
「ぅう、お気に入りだったのに〜」
 無駄にでかいと様々な不都合が起きる。アレに浪漫や夢をかける人の考えが理解できない。
 その様なことはどうでも良く、勝手に競って勝手に負けて勝手に凹んだ女性陣が復活し、そのまま勝手に私に八つ当たりし、どういうわけか罪となって大量におごらされる羽目になった。またしても一方的で酷い話である。
 傷ついたのは向こうの自由であり、隠していたのは向こうが気付かなかったからであり、聞かれたら素直に応えるつもりであったということ、それを私の責任にしてもらっては困るのだが、明らかに出す場所とときを間違えている威圧感に気圧されしておごることになった。そろそろ設けの良い危険な仕事をしないといけない。
 では発表します。今日の出費で最も高額なのはエリュシオン、総額37万1052クラン、続いてルージュ、総額31万8300クラン、エクストラなその他大勢、総額12万クラン。
 それらを合計すると人一人が三年は遊んで暮らせるほどである。

 
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