第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 そういう桁外れな金額を浪費して買った者の総重量は当然桁外れであり、今回ばかりは正直にドゥアンを呪った。何せその荷物の全てを私がもつことになったのだから。
 向こうの言い分曰く、か弱い(甚だ怪しい人が一人)女性の細腕に重いものを持たすつもりかということなのだが、陽光は本気ですれば2トンほどの物ぐらい担げるはずであるし、誰のせいで倒れたと思っているのかといいたくなった。それ以前に持てなくなるほど買うな虚けと殴りたくなったのは当然の原理。
 そういうわけで最初の方は無理にでも持たせようとしたのだが、エリュシオンは途中で泣くわ、周囲に迷惑かけるわ、周りの視線がうっとうしいわで持つ羽目になった。宅配サービスぐらい使わせろ。(当然の如くあります)
「遅いですよ、リヒト」
 私の怒りは当然正当化されるものであろうな、元凶のルージュ。
 今現在遅れないように、かつ倒れないように肉体強化を施しているのだが、どういうわけか燃費が非常に悪い。いつもの五倍ぐらい消費している感覚がある。これは一度完全に回復しなければならないということだろうか。
 体が重いという偽り様のない事実が私に苦痛を与える。意識もおぼろげになってきた。さらには左わき腹に何かが這っているような感触がある。もしかしたらアレかもしれない。
「――――っう……」
 アレだなぁ……
 前方で談笑している三人は非常に楽しそうだというのに、どうして病み上がりの私がこんな苦労をしなければならないのだろうか。もしかしたら彼らは私のことを人外な何かと思っているのだろうか。
 人外なのは肉体以外のことだ。あくまで私の肉体は脆弱な人間をベースにしているのでそんなにも強くはない。神は何かと不平等だ。私は今その真理性を目の当たりにしている。
 そう言えば、頭痛と高熱追加で吐き気とくれば何であろうか。何らかの病気だとは思うのだが、こんな時期にかかる病気といえば典型的な風邪。
 熱した鉄の棒を打ち込まれたぐらいに痛む頭を働かして得た結論はその程度のものである。それならこの魔力の異常性も肯定できる。ただ、言って置くが風邪は放置するとマジで死ぬぞ。私も今非常に逝きそうだ。
「……リヒト?」
 誰かの言葉を受けつつ、また世界が暗転した。ああ、神を血祭りにあげにいかなければならないな。サバトの生贄でも可だ。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―


「――――ぅ、あ?」
 今回は夢を見ずに目が覚めた。最初に見たのは慣れ親しんだ自室の天井だ。なにぶん低血圧なもので意識はまだ朦朧としている。
 それでも、かすかに残っている鮮明な思考能力を動員し、最初に入ってきた陽光を袋に、エリュシオンを近頃神がかってきた繰糸術で亀甲縛りにした後氷牢に閉じ込め、元凶たるルージュには内部破壊式爆炎の刑に処した。一応殺してはいない。約一人ほどその一歩手前まではやったが気にしないほうが良い。
「――ゲホッ、ゲホッ
「貴方でも病気になるのね」
「まあ、まだ人間だしな。魔力がつきかけていたために免疫力が―ゲホッ―下がっていたときになったのだろう」
「魔法使いの体がやけに病気に強いのは魔力のお陰というのはわかりきっていることだから、大方そうね。ところで……貴方は本当に病人?」
「見てのとおりだ。何か愚問でもあるのか?」
「いえ、ね。ただの病人があんなことできるものかなって」
 あんなこととはアレのことか?
 精霊曰くその様だが、出来るものはできる。たかだか風邪だからといってそれが揺るぐわけではない。何せ私は精霊に近いものであるからな。少々の不具合で魔法が扱い難くなることはまずない。
――ゴリッ――ゴリリッ!――ブチリ!
 さて、そんな会話を繰り広げている最中に彼女は私の隣で薬(?)を調合していた。たとえ魔法であっても病気をなくすことは出来ない。せいぜい免疫抵抗力を上げる程度のサポートしか見込めないだろう。
 故にこの世界でもある程度の薬学は発達している。もちろん麻薬や毒といった劇薬の方に関しても。どういった目的にせよ、そういうものが発達するという背景にはそれを必要としている人間がいるというわけだ。全く麻薬のどこがいいのやら。
 私は薬が完成するまでの間、暖炉の火を見つつホットショコラを飲んだ。
「はい、出来ました」
「……苦そうだな」
「良薬口に苦し。さ、一息にどうぞ」
「簡単に言うな……――ッ!!!」
 鮮明な苦味が脳髄をかけ、脳を襲う。そんなものだったならまだましだっただろう。これは苦いなんてものではない。たった一口で始まりの地(ラ・ヴィエル教が掲げるどこかにあるという聖地。そこで全ての命が始まったとされる。ちなみに今は眠りの地と呼ばれ、全ての死がそこにあるとされる)が見えた気がした。今更カプセルのありがたみがわかるとは何ということだろうか。

 久方ぶりに味覚の極限の上は限りなく死に近い"何か"であるということを始めて実体験しました、まる

 その風邪薬と呼ばれる臨死体験薬は臭いもアレであるという上に嫌味なまでに粘性がある。どこぞのアニメの少女しか好き好んで飲めないとされるドロリとした飲料物のようであった。
 さらに異常なまでの苦い。いや苦くはない。余りに苦いせいで脳が強制的に苦いということを知覚出来ないようにしている。だというのに、苦いと感じるのはどういうわけであろうか。
 泡立つ透明な液体を見つめながら私は死を覚悟した。もうこれは薬ではない。ただの拷問だ。
「…………」
「どうしたの?」
「改良の余地がありすぎだ。とりあえず、あの粘り気をどうにかしろ」
「善処はしているのだけど……」
 私はあの薬を飲みきって二度と病気にはならないと誓った。いくらアレに効果があるといわれても飲みたくないものは飲みたくない。
 ……今笑ったやつ、すぐに片栗粉をお湯で溶かし、アンモニアを混ぜいれ、かなりドロリとした所を飲みきってから前に出て来い。それの方がまだ天国だ。私はコップの底に残っている何か気色悪い蟲の死骸を見つめながらアレは本当に薬であったのかと考えた。
 後日談。その蟲が猛毒を持っており、味としてもかなりの苦味しか持たないことを知ったのは後々のことである。それを混ぜた理由は効果が上がると思ったからだとか何とか。当然の如くレイヴェリックも吊るしたが、何か?
「どういうわけか私が作る薬は全てああなるのよ。困ったものね」
「もっとマシな医者をよこせ!」
 一体どこの病人虐待だ。確実に故意としか思えない行動に私は非常に腹を立てた。これを企んだ奴を徹底的に痛めつけ、どこかの中性子星に送り込み、最高の一撃を持って惑星ごとマイクロビッグバンに巻き込んで文字通り塵一つ残らず消し飛ばさないと気が治まらない一歩手前まで追い込みやがって。
 叫んだせいか、喉の状態が非常に芳しくなくなった。風邪にはかかるものではないから注意するように。うがい手洗いはこまめにしなくとも良いから、とりあえず、かかるな。
「もうお休みになったらどう?」
「ん、そうする」
「お休み、リヒト」
「……頼むから安眠妨害するなよ」
「しないわよ、そんなこと」
「膝枕とかしたらマジでぶっ飛ばすから」
「エー、やだぁ」
「………………」
「冗談ですよ。冗談ですからその凶悪な魔法を解呪してください!!」
 私に心の安寧はあるのだろうか。
 レイヴェリックが部屋から去ったのを確認してから私は魔法を解いた。近頃慣れてきたベッドにもぐって寝入る。それにしても、彼女は昔からあんな性格であっただろうか。なんとなく、私の知らない未知の生物に見えて仕方がない。
 それもあながち間違いではないような気がする

 
 
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