第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 寝入った私は久しぶりに夢を見た。そしてその内容を覚えていた。
 なぜその様なことを書くのかというと、私が夢を見ること自体年に十数回しかなく、またその内容を覚えているのは年に二回だけだからだ。このような数字に表すと人よりも多いように思える。確かに多いのかもしれない。
 だが私が夢を見るというその行為の意味合いは人とは全く違う。私が夢を見るというのは千億万もの未来の可能性の中で最も起こりうる最悪を見るということである。考えられない、考えたくもない最悪を私は夢で見る。その上、それが最も起こりやすいのだから無視できない。内容を断片的にしか覚えていられないのが難点だ。
 ただし夢の内容は未来なのでそれが起こるかどうかはまた別の問題だ。もしかしたら起こらないのかもしれない。幻のままであるのかもしれないが、それを防ぐ手立てを講じる価値はある。
 さて、今回の夢の内容を記してみると、どこかの大聖堂のようなところで私が後悔している。閉ざされた大きな扉の奥からは阿鼻叫喚の声が聞こえる。私はその扉を開ける方法を知っているのだが、一度閉ざされてしまうと空けられないことも知っているのでその場にとどまっているようだ。
 見た目から判断して私はどうして入っていかなかったのかを後悔している。そんな夢だった。もちろん今の私には扉の開け方もその聖堂の場所も知らない。
「――……ん」
 朝起きて、体の調子は非常に優れていることを確認した。さすがは猛毒薬、効かなかったならレイヴェリックの命の危険があったところだ。それでもまだ本調子といえるほどの肉体的回復と精神的回復が見られないので今しばらく無茶はさけておこう。
 私が起きてしばらくしてから運ばれてきたスープとパンという軽い食事を取ってまた横になり、本を読み漁る。
 陽光が相も変わらず魔法の練習をしているためか、遠くから響く綺麗な精霊の歌に耳を傾けているとまどろんできた。眠くなってきたなと思っているといつの間にか眠っていた。もしかしたら精霊の歌には子守唄の効果を秘めているのかもしれない。
 起きたのは耳元でシャリシャリと果物の皮をむく音が聞こえたからだ。軽食で腹が膨れたわけのない私は食欲にうなされて起きた。そこ、意地汚いと言わない。
「おはようございます、リヒト」
「……ルージュ、か……何やっているんだ?」
 私の寝起きの低血圧は今に始まったことではない。二度寝をした今回は特に酷い。
「……リンゴを切っているだけです。食べますか?」
「……リンゴ、ああ、もらう」
 いつも以上に思考がまとまらないので反応が遅い。今誰かが襲い掛かってくると手加減が出来ずに地獄を見せてしまう可能性が高い。つまり殺す。
 それでも食欲だけは衰えず、目はしっかりと瑞々しいリンゴを捉えている。皮を剥かれ、綺麗に六等分されたリンゴを食べる。シャリという良い歯ごたえと程よい酸味と甘味を舌で味わいつつ、私はリンゴを食べきった。やはり果物はおいしい。
「体の調子はもう大丈夫なのですか?」
「……見てのとおりだ。問題があるほどではないが、良くもない」
 思考に体がついていかない。つまるところ放心状態のままである。
 ふと、時計を見るともう夕方になっていた。近頃の睡眠時間が二時間か三時間程度だったので仕方がないといえば仕方がない。久しぶりに寝溜め出来たから良いか。
 魔力の方は完全に回復している。そのお陰で肉体の賦活能力の格段に上がっていた。やはり魔力はギリギリまで使うものではない。
「もう、無理しないでくださいね。辛くなったら言ってください」
「……お前ら次第だよ」
 やらされてきたことはくだらない無理だが、それらの前には大概嫌味なまでに辛い無理がある。それでもその嫌味なまでに辛い無理はその後何もなければ問題ないものだ。つまり彼女たちが私に追い討ちをかけているということだ。
 外を見てみると雪が降ってきていた。陽光のことだから騎士団たちに雪合戦でも挑んでいることだろう。その光景を思い浮かべるとどこか表情が緩んで少しばかりのため息を鼻から出してしまった。
 私は過去の出来事から寒いのは苦手になっている。だから雪合戦など決してしない。鳥肌も立ってきたので火のない暖炉に手を向け、火を灯す。もちろんあの暖炉も改造済みで、暖気が部屋全体に拡散する装置を内蔵させてある。
「お見舞いも終わったので、私は帰りますね」
「……風邪はひかないようにな」
「ええ、気をつけます」
 彼女が出て行ったことを確認し、一時着替える。今日は何一つ働く気はないのだが、何をどう考えてもこの三日間風呂に入っていないことを思い出した。体臭などが出にくいのでその程度では体が汚くなるのはないのだが、それでも衛生面の問題上許しがたいことなのだ。そういうわけで浴場に以降と思う。
 へ? 隠れて移動する理由? そんなもの、決まっているだろうが。見つかったらまず間違いなく老王に働かされる。
 光属性のくだらない魔法で姿を消し、風結界で足音や体温を消し、さらには存在式をいじくって雰囲気を極限まで薄くして移動した。どんな状態かというと、彼の青狸の不思議四次元ポケットから出てくる○ころ帽子をかぶったような状態だ。多分全ての探知魔法に引っかからない。それほどまでに隠れている。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 初めてこの城の正式な浴場に来たときから思っていることだが、ここの浴場は無意味と無駄に広い。どういうわけか温泉であることはプラス要素なのでこの場合は放置するとして、一度に50人入るとは思えない。たかだが貴族と王族と一部権力者のみしか使うことが出来ないというのに。昼間の私以外誰もいない温泉に浸かりながらまたしても思ってしまった。
 もちろんのことながら、ここのほかにもいくつか浴場がある。それらは入浴できる階級というのが決まっている。
 今現在使用しているここの場合は王族と特権階級の中でも上位に位置する者、貴族階級の第二位以上の者と私や陽光のような一部例外のみだ。その総数は明らかに100人に満たない。何せ将軍職についているもののみに与えられる第一位はたったの七家、実質的貴族の頂点である第二位はたったの五家しかいない。王族とあわせてもたったの十三家だ。
 確かに王族は傍系が広いのでそれなりの人数はいるのだが、直系王族の方は既に老王フェイタルとエリュシオン、そして彼女の妹しかいない。王族と名乗れるのは血族でも六親等までと決まっているのでそんなにも数はいない。
 とは言っても傍系は直系よりも数は多く、近頃不穏な空気をかぎつけた精霊共が私に泣きついてくるのが現状。そういうわけで一部話のわかる(決して脅して話をわからせたというわけではありません。穏やかに落ち着いて話し合った結果わかりあったというわけです。誰も魔法や式で脅すなんて物騒なことはしていません。それはもちろん灯りなどのために少しは魔法を使いましたが……)精霊に頼んで少しスパイの真似事をしてもらっている。割かし高位についている精霊だ。そうしないと知能がないからな。
 いやはや、それにしてもさすがは温泉。かなり癒されている。
「……はふぅ」
 これに日本酒があったなら最高なのにと思いつつ、誰かがここに来たのを感じた。

 
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