第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 だからといってどうこうする訳もない。
 ここは浴場なので夕方とはいえ誰が来てもおかしくはないのだ。それでも多くの貴族が王都にある邸に個人の浴場を構えているので来るのは本当に珍しいことだ。
「――あー!」
「ん?」
 志向性をもった大声を聞いたのでそちらの方を脇目を振った。浴場の女子用の更衣室に繋がっている入口にはどこかで見かけた少年がいる。湯煙のせいではっきりとは見えない。
 ああうん、忘れていた。ここ混浴なんだ。城の広さの関係上、似た場所に増やすことができなかったからなんだ。野郎共は喜んでいるようだが、女性が使っている間は腕の立つ女性騎士が見張っているため実質的に混浴は滅多にない。
「先生!」
「……ああ、ハルか」
 ハルシオンも何気なく第二位貴族の子息だったな。記憶を除いて知ったことなのだが、今後会うこともめったにないだろうと思い、すっかり思考の端に圧縮保管していた。
 今の今まで全く地位のない私とは違い、礼節を小さい頃から習っているはずであるのに、この浴場を走っている。そんなことをしていると目に見えてくる未来の光景はやはり。
―ズルッ!……れ?
 はて、普通ならここでタイル(素材:石)にハルシオン(基本素材:CHON)がぶつかる音がするのだが、どういうわけか全くしない。お陰で擬音の方もアレで止まってしまった。
 ハルシオンがこけたであろう場所の方を見てみると、なるほど。ぶつかる場所に風を収束させ、クッションを作ったようだ。それのお陰でぶつかることはなかった。確かにアレは拙い魔法なので魔力の流れ等を肌で感じ、それを再現すれば難なく出来る魔法であるが、あそこまで発生速度を上げるとなるとかなりこけるか墜ちるかしたに違いない。体で学んだ技術か……
「ハルス、浴場で走ると転びますよ!」
「まだ転んでいません!」
「……まだ、なのですわね」
「あ゙」
 一応あの状態を転んでいないといえば転んでいないのだろうが、しかし転んだという事実は揺るぎがない。それにしても、アレは失言だったな。般若及び黒いオーラを放つ彼の姉がここに入ってきた。姉と限定できる理由は、私はハルシオンの記憶を覗いたからだ。
「全く、どうして貴方は近頃そんなにも落ち着きのないことばかりして一体誰の影響なのですの? ちょっと後でまたお話が必要ですわね、ハルス?」
 どうやらまともなお話のようで。あのように黒いオーラを背に乗せて"お話"という女性にろくに良い思い出がないために少し過敏に反応した我が身があほらしい。
 その落ち着きのなさの原因は全て私にあると思う。というより、私以外考えられない。あんなにも下らないけど使える魔法をまじめに考える魔法使いは私しか現存していない。
 余談だが、あのような私のオリジナル魔法を全て記し続けている書が実は存在している。ただそれは特殊な方法を持って保管されているので普通の人なら拝むことすら出来ない。
「貴方の言う先生という方にも会わせてくれませんし、全く、どこで育て、方……を…………?」
「――――よぉ」
 入ってきたその人は私の存在に気付くと固まった。それは私という異性が入っているためではなく、私がここにいるからであろう。
 ちなみに、この世界の男性は三日に一度ぐらいしか風呂に入らないので非常に臭い。日本では毎日体を洗っていたが、それは非常に良い文化であるというのが今更わかった。もちろん今もその習慣をつづけているので、私の風呂好きは割りと有名である。
 さらに付け加えると、この城を建てるとき浴場を男女で分けるほどの費用がなかったのでこの城の浴場は大概混浴である。昔から女性使用人と女性騎士がうるさかったので、使用人及び騎士用の浴場だけは分けた。もちろんそれは男性から反感を受けた。……どうでもいいことか。
「どうかしたか? ルージュ」
「――――キ」
 その後を聞く前に耳をふさぎ、自分の周りに急いで遮音の風障壁を張った。もちろん彼女が叫ぶことが目に見えていたからである。念のために浴室全体にも遮音の結界を張っておいたことは良かった。さもないとこの城にいる人がここに駆けつけてきてしまうと予測できたからだ。
 事後的なことになるが、彼女の周りに消音の結界を張ったほうが良かったのではないだろうか。
 触覚で感じていた振動がなくなってから手を離した。やはりハルシオンは途中まで直に聞いていたようだ。耳を押さえて悶えている。
「――な、何でいるのですか!」
「見てのとおりだ。あと布を引っ張っても無駄な努力にしかならないと思うぞ」
 ちゃんと隠れているのだから意味はない。これ以上隠すならそれこそ服を着てきたほうが良い。
 今現在第二次成長期真っただ中を迎えて急速に成熟して言っている彼女の体を包んでいるのは十分に大きい布切れ一枚、人によっては感涙極まる光景だろう。しかし私は生憎人に興味がない。性欲なんて欠片もあったらまだまともだったことだろうというほどない。
「み、耳が……」
「もう少し危機管理能力を付けさすべきか」
「あうー」
 どれほどの大声だったのかはわからないが、非常に高く大きな声であったのは予想がつく。
「ところで、いつまでそうしておくつもりだ?」
「なぜ、どうして、なぜ、ここにいるのですの!?」
 同じ事を二度言ったがそれはスルー。それにしても、そこまで恥ずかしがることはないだろうが。別にみられて減るものでも増えるものでもない。それに彼女の体は誰に見せても恥ずかしくない肢体であると保証できる。え? そんな話じゃない? ならどうして裸婦画が売れるんだよ。
 その上子をなそうと思うのなら見せなければならない。今更恥ずかしがるぐらいなら自分の邸の浴場を使えといいたくなる。
「なぜって、体を洗うため以外に何がある? どうしては三日ほど体を洗った覚えがないからだ」
「本当にどうしてこんなことに……もう」
 そうふてくされた顔をしても無情かつ気まぐれな神は何もしない。わかりきったことだ。
「そういうお前らこそどうしてこんなところにいるんだ? 邸に浴場ぐらいあっただろう?」
「あ、それは、その……」
「姉さまが魔法を暴発させて壊しちゃいました!」
「ああ、なるほど、自業自得か」
「ハールースゥ……」
「ひ、ひぃイ!!」
 ハルシオンは逆鱗に触れたようで。それにしても魔法の暴発か。そんなにも珍しいことではないが、また馬鹿をやらかそうとしたのだろう。今現在私が今言いたいことは一つだ。ハルシオン、いい加減自分の体ぐらい自分で洗え。
 ルージュはどういうわけか顔を赤らめつつも手際よくハルシオンを洗っていく。もしも幼い頃の私に母親がいたならあのような状況があったに違いない。
 しかし生憎私には親というものがいない。浮気性の義父に拾われた孤児だ。その人が研究中毒者(マッドサイエンティスト)である義母と結婚したのは割りと近頃のことである。そのために私には血縁というものがない。親の特徴を良くも悪くも引き継いでいない。
 その代わり……いや、この話はよそう。いつかはわかることだ。あることをかなえるために私は今ここにいるということだけ言っておこう。

 
 
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