第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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「――はい、終わりましたよ」
「耳に水が入ったですー……」
 ハルシオンは浴槽に飛び込もうとした。彼は本当に礼節を重んじることで有名なベルクロア家のものなのだろうか。私が関与したために妙なベクトルなったという割には早すぎる。
 まあ子どもであるとするならば何も間違っていないが、何を間違えても浴槽に飛び込むバカを私が放置するように見えるか? 見えたならすぐに遺書をしたため、棺桶屋に行くことをお勧めする。"バカは死ぬまで治らない"と良く言うだろう。
 そういうわけで対価を己の魔力とし、細く強靭な鎖を作り出す。近頃この技術がとある抑止力の投影に似てきたと思う。もちろん解析も出来る。洒落にならない魔力の回復量がほとんどのことを可能にしているからだろうか。その気になれば無限の■製すらも出来そうだ。いや天■鎖か?
 作り出した鎖は強靭ではあるが、細いためそんなにも荷重がかけられない。しかしそれに強化を施したら話が変わる。強靭さの限界まで強化した場合、この程度の細さでも限界重量が極端に上がる。
 当然のごとく強化を施した鎖を向こうの柱に投げ、手元で操作し、飛び込む直前のハルシオンの足に巻きつける。この場合操糸術ではなく操鎖術だ。これは鎖の音のために相手に悟られやすく且つそんなにも多くの鎖を持てないという欠点があるが、その分腕に巻きつけて装甲にしたり、物に巻きつけて引っ張ったり、相手の攻撃を防御したりすることができる。何分糸よりも太いなのでそれなりの強度が期待できるのだ。
「うひゃぁああ!!!? ――――アプシッ!?」
 生成した鎖は計10本、全ての鎖をうまく使いこないし、礼節のなっていないハルシオンを天井から逆さにぶら下げた。もちろん彼の体には鎖が巻きつき、見た目はさながら鎖の蓑虫だ。
 まあこんな虫がいたなら生理的に嫌悪感が出てすぐに消滅させる。さすがの私も虫は好きではない。食える虫は別だが、食えない虫などはどうしてもこう解体――もとい殺したくなる。
「きゅ〜……」
「どうして俺がこんなことをしたのか、その原因についてわかることがあれば言ってみろ」
「えっと……たぶん修行を怠ったからです。冗談です冗談ですよ先生だからこの落下運動を止めてください! なんだか下が局地的に寒いのですけど!!」
「安心しろ。お前の下は局地的に水風呂にしてある。熱いことはないぞ?」
 熱湯ではない分それは確かだ。もちろんこれも魔法の力を使っている。いや、本当に便利なのだが、そういえば人間はセ氏零下10度の水の中で何時間保てるのだろうか。少し前世では決してできない実験してみよう。都合よく魔法の力を使えば水が凍ることはないしな。
 ちょっと湯当たりしたため浴槽の縁に腰をかけ、体を冷している。その両手には鎖が握られている。それが今の私の現状だ。
「ええそうですね。良かったです……ってちっとも良くありませんよ! てか本当にまずいですって! 寒いのは苦手なのですから風邪ひきますよー!」
「そのときはレイヴェリックがいるさ。さ、おとなしく逝け」
「逝けのイの字が果てしなく違う気がーー!! ッア!?」
「――ん?」
 あ、もう鎖から手を離した。こうなったら自由落下運動のせいでしたの水風呂(水温:セ氏零下10度)に一直線だ。止めようと思ったなら止められるが正直面倒くさい。
 周囲の助けのない状況で彼が助かる方法は強化のせいで硬度はダイヤモンド以上という異常な鎖を引きちぎる以外ない。だがどう考えても私ほどの技量のない彼がそんなことをしている間に風呂の中に入ってしまう。ではどうするのかというと、障壁を薄く自分の周りにはるか、もしくは新たな地面、障壁を風呂の湯(?)の上に張るの二通り。
 どちらにせよ着地と同時に移動を開始しないと魔力量が足りないはずだ。
 ちなみにルージュは向こうでまだ髪を洗っている。もちろんこちらには完全防壁の結界を張っており、内部の様子が彼女に知れることはないだろう。
 ああ、助かる方法はもう一つあった。障壁を滑り台のように展開して逃げる方法。考えてみればこれが一番楽そうだ。何より移動しなくともいい。時間もまだ十分にあるのだからこれを取れば良い筈だ。ただそのことに玩具一号が気付くかどうか。
「まあ、そうだろうな……」
 嘆きたいまでに予想通りだった。
 つまるところ、ハルシオンは何もしなかったのだ。そういうわけで仕方がなく魔力の糸で引っ張っている。さすがは魔力、重力なんて何のその、地面とほぼ平行な形で彼の体を支えている。鎖の方はもちろん消した。
「お前はもう少しな…………」
「うひゃあ……」
 初の講義に使用した時間は五分程度でした。
 体の熱も程良く抜けたのでまた風呂に入る。
「先生、どうしましたか?」
「……なんでもない」
 ハルシオンも子どもだ。少しぐらい教会にいる孤児のような気質を持っていてもいいのではないだろうか。たとえ彼が■■■■■としても。いや、だからこそそうあるべきなのかもしれない。
「――あ、リヒト様」
「何だ?」
「今から体を洗うのですが、こちらを見ないでくださいね」
「ああ安心しろ。興味ない」
「……今とても女性としての何かが傷ついたのですが……ハッ! もしかして衆d「それはない」――ですよね」
 もちろん女性不信などでもない。そういうくだらないものよりもさらに非人道的なことだ。しかしそんなことを言ってもきっと信じられないので、あえて別のことを言ってごまかす。
「ルージュ、俺がそんなにも性欲があるように見えるか?」
「全く見えませんわ」
 即答かよ。いや、即答でなければおかしいのだがな。
「その上、俺がそちらを見るために移動する労力の対価が貴様ごときの裸体にあると自惚れているのか?」
「…………一人の女性として非常に傷つけられましたわ」
 意味がわからない。少なくとも私は彼女を傷つけてはいない。それに私にとって彼女が女であろうがなかろうが、それこそ人でなくとも関係ない。この世界にそれとして存在している。今ここにあり、利用価値も存在する。その事実だけで十分だ。
「先生、何か新しいことを教えてくれませんか?」
「過ぎたる力は己も滅ぼす。知的好奇心は神をも殺す」
「いえ、教訓などのそういうものではなくてですね……」
「己の力量に見合った行動が出来なければ周りも自分も不幸にする」
 結構このことは大事だ。私は彼の力量を詳しく知らない、というより知ろうとしていないので何を教えても問題ないのかがわからない。
 それに今行わせていることは基礎固めだ。これはかなり大事なので気を抜くと今後の鍛錬中に死ぬことになる。死ななくとも、二度と魔法も剣も使えなくなるのは確実だ。
「お前はまだ基礎固めが済んでいない。今はゆっくり体を作れ」
「……はぁい」
 かなり不満げだが、それが事実なので仕方がない。私はハルシオンの髪を梳いてやった。
 ところで、どうして私は男性用の浴場へ入ったらいけないことになっているのだろうか? それも数多の女性使用人および騎士追加で良識人たちに。それからその決定に対し、むさくるしい兵士たちが反感したのは何故だ?
 確かに私の体は男性というよりも女性に近いという自覚はあるが、こう見えても列記とした男性だ。世界にはその辺りのこと、わからない紳士(ヘンタイ) が多いのだろうか?

 
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