第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 音からしてやっとルージュが体を洗い終わったようだ。
 女性の風呂は長いとあるが、それは髪を洗う時間がないがいせいだろう。体を洗う方はそれほど長くはないはずだ。かくいう私は髪のケアを粗雑にやっているというのに艶やかな髪を保てていることで女性陣に刺されそうになったことが多いぐらい、女性は髪を大切にしている。
――カコーーン
 遠くで獅子脅しが鳴る。それはいい。それよりも。
「……どうして俺の隣に来る?」
「いえ、何となくですよ……どことなく父様に似ているからなんて言えるわけないです……」
「しっかりと口に出しているぞ」
「ふえぇ!」
 今までそんな間抜けなことをする人は見たことが、見たことが……該当者一名あり。まあ、それだけ少ないということだ。もちろんのことながら私は常に本心を語っていない。
 彼女の言う父様とは四年ほど前になくなったフェイト・ジ・ルード・ベルクロアだ。遠い国の出身で、旅をしていたらしい。ベルクロア家のものと結婚する前の名はフェイト・ルード、無双の剣士としてその名を世に轟かせていた人である。その割には双剣士だったりしていた。
 髪は白く、瞳は翠であったと書にはかかれている。瞳の部分だけは彼の息子、ハルシオンに受け継がれていた。それがまた問題なのだが、まあ■■が効いていることだし、今のところは問題ないか。
「姉さま、父様はこんな人だったのですか?」
「ええ、雰囲気はこんな感じでしたわ。側にいてくれるだけで落ち着かせてくれる人でした……」
 そういえば前に私が彼女の父に似ているといっていた。そんなにも似ているのだろうか。正直、彼女の父については本で読んだ程度だ。
 ところでどうしてハルシオンが私を観察するような目で見るのだろうか。人間に観察されるのは気持ちがいいものではない。
「――えいっ!」
「……何の真似だ?」
 仮の師弟関係とはいえ、いきなり抱き疲れるような関係になった覚えは一度たりともない。本当に意表をつく行動であったため、ついつい昔の癖が表に出そうになっていた。あんなものを使ったなら即刻暗殺者などが私の元に砂糖に群がる蟻のようにやってくる。
「甘えるだけですぅ」
「……貴様ら、後先考えて行動しろよ……」
「怒ってはいないのですね」
 今度会ったときは適当にギルドの任務をやらせるか。それも飛びっきり危険なものを。または新世界式精神の鍛え方を。
 新世界式精神の鍛え方の一例として体を鎖などで縛った挙句、魔力を封印し、魔力を使えなくして、洒落にならない上空(大体成層圏の辺りから)からロープなしで頭は下の向きで自由落下させる。もちろん空気摩擦で燃えないよう、空気抵抗で加速がなくならないようにし、地上すれすれ、あと5cmでトマトになるところで受け止めるという外道な方法だ。
 これが通用しない連中には五感を別の肉体――ホムンクルスの失敗作などに移した物をドラゴンなどに食わして、消化されていく感覚を味あわせる。今のところ私を殺しに来た連中以外にしかこんなことをしていない。そして何より全員廃人になっている。
 そんなにも怖いものなのか? とくに前者は。
「……失礼します」
「するな、バカ共」
「ふにゃ、癒されますー」
 もう一方にしがみついてきたルージュの肌が見る見るうちに艶を取り戻していく。って、お前は肌の艶が消えるような年ではまだないだろうが。もしもそうなら残りの人生が恐ろしいことになる。将来は皺くちゃのばぁ――
何か言いましたか?
「いや?」
 般若が降臨しました。どうしてこうも女性は逞しく育つのだろうか……
 利き腕を封じられたことが非常に腹立たしく、この肌の密着しているところが汗ばんで蒸れる感じが非常に気に食わない。
 今更なのだが、本当にこいつらはベルクロアの家に住んでいるのだよな? 生まれてからそこで徹底的な教育を受けてきたのだよな? 今心のそこから否定する意見がいくつも上がっている。
 あと、ハルシオンの方は後ろから首の辺りにしがみついているのでその表情が見えないが、ルージュの方は顔を赤らめつつも非常に心地良さそうな表情をしている。そろそろ近くにいる悪魔も逃げ出す何かの存在に気付いてもいいのではないだろうか。
 時間が流れていくのと同時に私のやり場のないストレスが積もり積もっていく。本当に、誰でもいいからどうにかしてくれ。あ、ただしケルファラルは論外。

"何故ですかぁ!!?"

 なんだか今妙な声が聞こえた気がしたが気のせいにしよう。どうやら非常に疲れているようだ。主に精神的に。
「――うあっ! 何その状況!!?」
 両手に拘束具という状況ですが何か?
「コウ、どうにかしろ……」
「いいなー、ルーもハルも、僕も――」
――――ォォォオオオ……
「ざ――戯言です!」
 思わず怒りがこもって力があふれ出してしまった。力を持つ人間にまず求められるのは感情の制御だ。もしも激情に身を任せると持っている力が暴走を始め、辺り一体に甚大な被害を与えるからだ。特に私の場合は一つ一つの力の量はそれほどではないのだが、種類とその効果の方がまずいため、尋常ではない感情の制御が求められている。
 右腕にある、ルージュの年に似合わぬ大きめらしい胸のやわらかな感触がうらやましいと思う男子が大勢いるような気がした。言って置くがこれは非常にうっとうしいぞ。何せ動きを阻害する上、暑苦しくてかなわない。そんなにもうらやましいと思うのなら、その怨念をもってしてこの状況をどうにかしてもらいたい。
 ところでだ。年頃の女性は非常に体に脂肪がつくのを嫌うくせして胸には脂肪がたくさんあっても気にしていない、むしろ喜んでいるのだが、何故に? あっても重いだけだろあれ。いつかは垂れるのにさ。
 そのまま氷属性の障壁を薄く張って上せずにただ待っていたら、二人ともほぼ同時に上せてくれた。まあアレだけ長い時間何の対処もせずに使っていたらのぼせるのも当然の理だ。それから先に何もせずにあがって行った陽光を見つけ出し、とりあえず殴っておいた。
………………
…………
……ちょ、役得だろといったヤツ、こっちに来い。新世界式精神修行其之五をくらわせるから。
 それと、念のために言っておくがルージュはあの間ずっと大きなタオルで体を巻いていたぞ。
「心が、痛い……」
「精霊にでも殴られたか?」
「…………」
 陽光の呟きに対し反応した。彼らは精神世界にいるため、感度の良い人は心が痛むことがあると本に書いてあった。ちなみに、今私たちは夕食を食べに食堂に向かっている。もちろん王侯貴族専用の食堂ではなく、一般兵士用の食堂だ。
 何王侯貴族用の食堂の堅苦しい雰囲気と妙に怪しげな空気が私も陽光も苦手なのだ。確かにそこで出される料理の数々は美味ではあるのだが、毒味の都合上少しばかり冷めている上、そういう空気が空気なのでおいしいとは感じられない。
 そういうところで食べるよりは、一般的な文官や兵士たちが食事を取るところで食べたほうがまだましである。何気なく将軍家の内三家、宮廷魔術師レイヴェリック、財務卿ネフィリムなどの姿を見かけるときがよくある。
 ま、使っている材料の質はそれほど悪くなく、料理の腕も七年前までいた人の文句と愚痴のお陰でかなり良くなっている。大概の国ではこういうところの料理はクソまずいのが相場だ。美味いところは軍隊が強いところなど、何かにつけて異常な国だ。
 ほら、今日もその辺にセイン将軍とカイエ将軍がケッセをしながら食事を取っている。
 てカイエ将軍、あんたはいつの間に帰ってきていたんだ。そんなにもたやすく終わるような仕事を回した覚えは生憎ないぞ。

 
 
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