第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

<11>



「さ〜てと、何食べようかな」
 陽光が作れば文句が出ないのだがな。
「……ライ麦パンとロールキャベツ、それからコーンサラダ」
「あいよ!」
「うわ早っ」
 奥の方から了解の声が聞こえた。しばらく待てばすぐに来るだろう。
 実を言うとこちらの食堂の方がメニューは多彩である。何せこの国は別の国の人でも騎士になりたい人は過去の履歴の潔癖性を証明できれば騎士に慣れるという珍しい特徴を持っている。実力主義なので周りの国よりも給料が良くなりやすいのは当然のことであるのもまた多くの人が騎士登用試験を受ける理由の一つであろう。
 このようにどの国の人でも騎士に慣れるという特徴を持つ国は世界にほとんどない。確かにもしかしたら間者も入ってくるのかもしれないと思えば不安が多いが、その分のメリットはある。
 それからやはり追加でワインを頼んだ。結構指定したのだが、割とあったようだ。兵士用の食堂侮りがたし。ここの料理長、中々やるようだ。
「――ここ、良いか?」
「ん? ああかまわない」
 男女差別のない実力主義のため、異常に強い女性が多い。大体、軍の男女比率が三対一であること自体異常を極めている。確かある第六軍は女性オンリーだったな。もちろんそこの将軍も女性だったはずだ。まあこの世の中では力がないと生きていけないからな。あの程度の強さは当然といえば当然か。
「そういえばシュルスの月だっけ? そのときにお祭りがあるでしょ」
「……あああるな。どこぞの神の生誕祭だっだか」
「へー、そうなんだ。えっと、その時にさ……はて」
 頭に手をやり悩み始める陽光。どうやらまた忘れたようだ。彼にとって己のことは最もどうでも良いことだ。だからきっと今回も彼に関することに違いない。しかも限りなく起こってはならないようなこと。そういうことほど彼は忘れやすいからな。全く、困った欠点だ。
「……あ、思い出した?」
「俺に聞くな、アホ」
「……えっと」
「……思い出したのか?」
「…………また忘れちゃった。えへ」
 毎度の事ながら、あとでレイヴェリックか老王などに聞いたほうが確実に早い。私はさっさと食事を終えることにした。いつもどおり彼は二度と思い出しそうにない。
 手早く食事を終えた私は食器を所定の場所に戻し、使えそうな人を探す。こういう時無駄に広い城を壊したくなるのは何も私だけではないはずだ。だが残念ながらそれは許されない。後処理も面倒なので余りお勧めできない。
 ちなみに陽光は食堂に放置した。誰かの遊び道具になっているのかもしれないが、まあ問題なかろう。
「……あいつで良いか」
 導師ケルファラルを発見した。彼なら詳しく知っていそうだ。近々シュルスの月になるのでこの城にいることが多い。理由は、この国は彼の宗教の冬に関係する聖地を含んでいるのだから別にいてもいなくともおかしくはない。ただ、どうして貴様はいつもここにいるのかな?
(あそこではガードの甘い美女の数が少ないからですよ! もう少し大胆な服を着てくれれば――)
――毒電波カットォ!! 危うく"何か"に汚染されるところだった……
 余談。彼も一応は男だが、彼女と称しても良い。あの宗教の司祭らは基本的に性別をなくされるため男であるのか女であるのか区別されなくなる。神の従僕であるからだそうだが、その程度は認めてやっても良いのではないだろうか。
 また度重なる離婚や浮気をしない限り、結婚も認められているので別に同姓と結婚しても社会的には同性愛者にはならない。故に、意外とあの宗教内部には変態という名の紳士もしくは淑女が多い。
「…………ケル」
「や、久しぶりですねリヒト。
 て、あなたはまだ私のことをそちらの名前で呼ぶのですか?」
「それがお前の名前だからな」
「まあそうなのですがね……ああ、先に行っていてください。彼と少し談笑するだけですから」
 ケルファラルは自分の従者たちにそう説明した。その二人は私を睨んですぐにどこかに行った。
「それはそうと、知っていますか?」
「何を、が抜けている。それがないと応えられない」
「ヨーコ様以外の新たな使徒候補が現界したことですよ」
「……あああいつが忘れたのはこのことか。いや初耳、だ……現界・・したのか? 現れたのではなく?」
「ええ、そうです。あと、シュルスの月の祝賀会に別の国の使徒候補が来るそうですよ」
「――問題はそっちだな」
 陽光は自分がなんと呼ばれていてもかまわないので、もう変えずにいることにしたらしい。一応言っておくと陽光も使徒ではなく使徒候補である。面倒なので使徒と呼んでいるだけだ。候補であるので厳密には使徒ではないのだがな。
 それにしても、現界したのか。それはそれでまた問題がある。さて、どうするべきか。
「で、こちらに来る方は選定はしたのか?」
「それをするために出かけていたのですがね、どうにもわからなかったのですよ」
「……なぜだ?」
「魔法が効かなかったのですよ。その人」
「眼の方はどうだったんだ? お前の"視"はそれほどやわなものではないだろう?」
「……正直、吐きました」
 吐いた、となると陽光にあわせるべきではない。ケルファラルの眼はそれの本質と経緯を見る。今は慣れているので滅多なことでは吐くことはない。だが吐いたとなると陽光の場合は手に負えなくなる可能性があるということだ。
 先に■しておくべきか? 魔法が効かなかったのは魔法無効化体質でもあるのだろうが、それはそれでかなり珍しいものだ。殺すにしても厄介な能力の上位に位置づけられる。ただしその能力は相手も魔法が一つも使えない、回復魔法が一切効かないという欠点もあるので、できないというわけではない。
 また人が保有している場合は精霊に嫌われすぎているというために起こる現象なので基本的に保有者は虚弱体質だ。だが、魔法を伴った攻撃は全て無効化しやがるんだよなアレ。
「その上会えたのは一度きりですし、話もしてくれませんでした」
「……判断材料が少ない。ただ――怪しいな。使徒候補になるならどうしても選定の儀が必要だ。それが出来るのはラ・ヴィエル教の貴様ら四人だけだというのになぜ……ケルだからか?」
「まあここで悩んでいても仕方がありません。明日この国にその人が来るので見えるように手筈を打ちます。それでどうでしょうか?」
「ああ、頼む」
「了解しました」
 ラ・ヴィエル教の導師としては何かとまずいぐらいに一個人に加担しているが、まあそれは気にしないでほしい。それもこれも彼が知っている側の人であり、なおかつ呪眼(魔眼と解釈も可能。つまるところの血継魔法)を持っているからだ。私は明日に備えて装備を整えつつ、今日を終えた。
 追記補足1。ケルファラルの持っている血継魔法"グラムサイト"は視た対象の起源、歴史、本質などを容赦なく視抜くという能力を持つ。見たもの全てが対象なので普段は封印している。
 箇所は右目。特徴は瞳の部分に白い魔方陣が刻印されており、全体的に黒いこと。対価は五感、使えば使うほど五感が失われていく。今現在彼は触覚が危うく、味覚はほとんどないという状態。治療方法は存在しない。無効化が不可能という極めて珍しい魔法の一つ。

 
  ←Back / 目次 / Next→